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傷だらけのエルフと迷いの森

30話 傷だらけのエルフと正義の男・上

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黒い実が実りだしていた。
 

「全く、皆なんでしっかり付いて来ないんだよ」


 少年はブツブツと呟きながら一人茂みをショートソードでベシベシと切り落とし進む。


「お前の方が迷ったんだろ」

「なんだとぉ! ってなんでお前等は付いてきてんだよ。そっちのエルフは折角可愛いのに愛想無いし、変なもんを頭に巻いた男はいるし、こんなパーティで森を彷徨うなんて最悪だ。誰も見たくないよこんな物語」

「少し黙れよアバレムーチョ、よく喋る男は格好悪いぜ」

「メルリジョバーンだ! 横棒しか合ってないじゃないか」



 此方はメルリジョバーン率いる? 赤バンダナのゼオ、そして#天鵞絨_ビロード_#色のフードで全身を覆ったレオンハルト騎士団の一人であるエルフのリーファだった。


 エルフのリーファと魔導士マキナは、レオンハルト騎士団に今回たまたま勧誘を受けた冒険者達だ。
 と言ってもリーファに関しては誰かとまともに協力するつもりはない。自分が真実の泉水を手に入れられればそれでいいのだ。

 ここでこうして結果的に戦力の高いパーティから逸れてしまった事はリーファにとって痛手ではあるが、一人先頭を歩く男はそれなりに腕に自信があるようだし、ゼオも囮ぐらいにはなるだろうと考えていた。


 そんな時森からガサゴソと黒いゴブリンが一体顔を出す。


「うぉ、メルマガジェオーエヌ! 敵だ」
「なんだその詐欺商材を売りそうな名前は! 馬鹿にしてんのか? くそ、さっきからちょこまかと雑魚ばかり、キリがないよ!」


 そう文句をつけながら輝くショートソードを大振りに振る。
 黒ゴブリンはその剣先を躱そうと一歩下がるが、更にショートソードから放たれる光の波動にその身体を分断された。


「さっすがだな、強すぎるぜお前」
「ふん、あったりまえだろう。僕はもうすぐAランク冒険者になるんだ、ギルド初の最年少記録更新さ。と言うかお前も少しは戦えよ、冒険者の風上にも置けないな」

「何言ってんだ、俺は今日なったばかりのDだかFランクだかの冒険者だぞ。それに俺は弱ぇんだよ!」

「Eだろっ、なんで間を抜かすんだよ。偉そうに言うな!」

「ぷ」

「「?」」


 ゼオとメルリジョバーンのアホすぎるやり取りにいい加減リーファは我慢が限界だったようだ。
 つい吹き出してしまったのを誤魔化そうと咳き込む。


「くっそ、なんで僕がこんな陰険パーティで、全然見所がないよ。早く皆と合流しないと……今頃僕が居なくてみんな泣いて心配してる。いや、彼女たちの実力じゃもしかしてあのゴブリン達にあんなことやこんな……はっ、僕だってまだやってないのに!!」


 メルリジョバーンは何を想像したのか、頭を掻きむしってその場を右往左往した。


「馬鹿、ここまで来て今更だろ。多分もう深部だ、水を持ち帰って見せてやった方が喜ぶんじゃねぇのか普通? そんでキャー、オションベンジョバー様ぁ! とかなるかもしれんだろ?」

「お前ぶっ殺されたいのか!! いやでも……それもそうか、そうだ、よしそれで行こう」

「馬鹿だろお前」


 メルリジョバーンはゼオの言葉を真に受け、一頻り何かを考えた後気持ちを切り替えたのか「よし!」と気合を入れて茂みを颯爽と歩き出した。


「お、おい……なんか来んぞジョバーン」
「馬鹿、略してんじゃ、ねーよ……な、なんだこいつ」


 木々をゴリゴリと薙ぎ倒しながら此方に近づく巨大な体躯。醜悪な顔に黄色い肌の化物は、その手に切り株程の太さはあるだろう棍棒を持ちながら獰猛な牙を見せて此方に向かっていた。


「そんな、こいつは……オーク、ジェネラル」
「なんだって!? ジェネラル? そんなもん、ギルドの情報には無かった」


 リーファは眼前に現れたその忌々しき化物を見据え、フードを取り去った。

 それは紛う事なき、妹の仇。
 少々鍛錬を積んだ所でリーファ一人では敵う事のない相手。だが妹はそんな自分を庇って――


 リーファの足は自然と竦んでいた。
 それは過去のトラウマか、身体はこのオークと相対する事を拒んで聞かなかった。


「む、無理だろ……ジェネラルなんて、災害級じゃないか。なんでギルドは情報を持って」


 その時メルリジョバーンはまさかと、ある真実に気付いた。

 魔物の危険度クラスAは最早災害級、国が騎士団を集めてギルドと討伐隊を組むレベルだ。

 だがギルドで幻惑の森に災害級が出るという情報はない。それは国がこの幻惑の森に調達したい何かが多くあるから。
 
 災害級が出るとなれば自然とギルドから資源を買い取る国側も報酬の支払いを上げなければならない上、参加する人員も激減する。

 今回の帝国試験も主催は国だった。
 
 国はこの事態を隠し、必要な素材、資源が集まるまでこの情報を隠匿しようしているのだと。


「おい、そんなにやべえのかよこいつ」
「バッ、馬鹿! やべえなんてもんじゃねぇ、勝てない。間違いなく! 逃げるぞ、逃げるんだ!! 早くっ!!」

「無駄だ……逃げても」


 メルリジョバーンはすぐ様逃亡の判断を下した。 
 それは自分の力量を把握しているからこそ、恐怖だけではない、的確な判断も上級の冒険者には必要な能力なのだ。

 だがリーファはその場に呆然と立ち竦み「無駄だ」と呟いた。


「逃げても直ぐに気付いて追いつかれる、こいつは。一度獲物を捉えたら、持ち帰るまで」


 オークはゴブリンよりその繁殖能力が高い。
 捕まれば恐らく下っ端のオーク達の苗床は必須だろう。その上、下手に手を出せば怒り狂って高位魔法まで使い出す。

 それがオークの頂点、将軍ジェネラルの証。


「じ、じゃあどうすんだよ! くそ、こうなりゃ一か八か僕の必殺技しか」
「止めろ、下手に手を出すな。一つだけ方法は、ある」



 メルリジョバーンはエルフの言葉に、絶句した。



「囮、だって……」
「そうだ。誰かが囮になれば犠牲は一人で済む」



 リーファは当時、人族達にされた苦い記憶を思い起こし「誰かが囮になれ」と口にした。

 かつて囮にされた事、そのせいで自分と妹はオークの餌食になり自分の未熟さ故に妹をむざむざ犠牲にする事になった。


 だが他に方法はない。
 そして今回囮になるのは、自分じゃない。

 必要ならばこの二人の脚の腱を切って囮にする。
 自分は何としても真実の泉水を手に入れなければならないのだ。



 リーファの敵意はオークでは無く、二人の人族へと向けられていた。

 メルリジョバーンも直ぐにリーファの意図する事に気付き、のっそりと徐々に近づくオークを背にショートソードをリーファに向けて構えた。



「何だよ、んなら早く逃げろ 。俺がこいつを引きつける」

「は?」
「お、お前馬鹿かよ! 初心者Eランクが勝てる相手じゃねぇし、囮にもならねぇよ! てかお前弱いんだろうが」


 メルリジョバーンが唾を吐きながらゼオに喚く。
 リーファに関しては意味が分からないと言った表情で口を開けていた。


 それはそうであろう。
 勝てない相手に一人向かう、それはつまり死と同意。

 勝てない化物を相手取るより、身近な人間を倒して自分が生きながらえる。それがこの場における得策の筈だ。


「BURAGuuAAA!!」


 とうとう化物が此方の位置を把握し、咆哮する。

 選択は二択。
 一人死ぬか、三人死ぬか、だ。

 
「おい、来ちまったぞ。早く逃げろ!! ジョビーン、お前は男だろ。男は女の子を守るのが正義だ」

「何、言って」

「はぁ!? お、お前はど、どうすんだよ! 死ぬ気かよ」
「それしかないんだろ、早くいけ!! それに俺は死なねぇ。正義は俺にあるからな」


 「何言ってんだこの馬鹿は」と捨て台詞を吐きながらもメルリジョバーンは直ぐに決断を下した。
 事態は一刻の猶予も許されない。
 メルリジョバーンはエルフを呼びつけその場から走る。

 生い茂る木々を掻き分け、遂に黄色い肌の巨大な化物がゼオの姿をその赤い目で捉え、再度咆哮した。


「BURUUGyaaaau!!」

 

 一人残されたゼオの背筋に戦慄が走る。


「ままじかよ、怖えぇぇ。逃げりゃぁよかったぜおい」













 森をひたすらに駆けるが、リーファの頭はまるで回転していなかった。
 ただ反射的に、その場の流れでそうしてしまった。
 
 これでよかったのだと思う。
 元々そうするつもりだったのだ、何も起こらず目的地に着ければそれはそれでよかった。

 ただ何か起こってしまった。
 その時は味方を犠牲にして、自分は目的を達成する。
 どんな事をしてでも妹の為ならなんとも思わない、正義等クソ食らえだ。

 そう思いこの数年生きてきた、忘れはしないあの時の事を。


 なのに、なのにこの気持ちは一体何なのか。


「お、おい! 止まんなよ。僕は女子に優しくするつもりだが、お前みたいな愛想のない奴まで優しくするほどお人好しじゃないぞ。どっかの馬鹿みたいにな。早くしねぇとあんな奴一人じゃ長く持たねぇ、ジェネラルなんてクラスAでも一人じゃ無理だ、しょうがないんだ」


「しょうがない……しょうがない、か。それで簡単に、私達を」

「は、何言ってんだよあんた。兎に角逃げねぇなら勝手にしろよ! 僕はこの判断で間違ってるとは思わない。上に行く人間は皆そうやって犠牲の上に成り立ってるんだからな」


 そういうとメルリジョバーンは森を走っていった。再びリーファを振り返ることはない。

 少し遠くで奴の咆哮が響く。


 今頃あの赤バンダナはどうしているだろうか。
 過去の私の様に恐怖に打ちのめされて震えているだろうか。

 それとももう、生きてはいないのか。

 だとすれば戻るだけ無駄。
 自分までここで犬死にする必要はない。

 リーファは一歩もと来た道へ振り返ってはまた逃げようと振り返る。


 自分は妹を見つけなければならない。
 でも本当に妹は生きているのだろうか、もし手遅れなら自分が生きている意味はあるのだろうか。

 今まで考えないようにしていたその思いがリーファの脳裏をよぎる。


 戻って犬死か。
 逃げて希望に縋るのか。

 
 その時、妹のメルティが自分の前に立ち犠牲になったその場面がフラッシュバックした。

 妹は最後まで笑顔だった。

 無理に笑ったのだとずっと思っていた。

 だが違う、怖かったかもしれない、それでも最後に誰かを守れた事が、自分の正義を貫けた事が、嬉しかったのだろう。

 赤バンダナの顔が妹のメルティとダブって見えた。



「ごめん、ね、メルティ。姉さんは先にあっちの世界で待ってるから」


 リーファは覚悟を決めた。

 正義。

 自分の貫きたい正しさは誰かを見捨てて得る未来なんかじゃない。

 あの時の人間と自分が同じになってどうするのか。

 リーファはもと来た道へ、今もあの忌わしき化物の咆哮響く場所へと走ったのだった。
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