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Helium

第七話 裸足の戦闘

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 いつの間にか、まさか寝てしまったとでも言うのか。
 
 気付けば申し訳程度に取り付けられた窓辺から日が差し込む。
 何の警戒もなしに布団に寝転び、昔の記憶の回想に意識を流してしまった。今や睡眠など要らない身体になった自分ではあるが、色々な事が重なり疲れていたのか。


 腰に重さを感じるのは恐らくカプセルマシンと違い、ただの布団では体も回復しないからだろう。それも仕方ないかと思い真はデバイスで時刻を確認しようとした。

 最後にデバイスで見た時刻は森を抜ける際、日本時刻で18時となっていた筈だ。
 此方では夕陽が出ていたので都合よくも大体この星の時刻帯と一致する事になる。

 日が出ている事から昼前かと推測をたてながら枕元に無造作に投げたデバイスをまさぐるが、その存在は確認できなかった。


「……ない、昨日たしか」


 一人事の様に呟きながら昨夜の記憶を脳内から引き摺り出す。
 布団から降りると加速システムを利用する為に履いていた合金製ブーツも無くなっていた。

 慌てて脳内で携帯端末デバイスの位置を捕捉する。

「物取りか」


 迂闊だった。
 鍵が部屋についていない事等を考えながら意識を飛ばしてしまった事が悔やまれる。

 だが、犯人の追従は可能だ。
 携帯端末デバイスにはPS衛星が搭載しており、真の脳内にはあるデータチップが埋め込まれている。
 データチップの中には様々な戦闘術知識が入力されており、当然デバイスが発する電波の受信も行える。
 他にも言語知識のデータ等も必要ならば埋め込めたが実動部隊である真にこれはない。
 デバイス自体を体内に埋め込む人間もいたが、真は拒否しデータチップのみを代わりに埋め込んだと言う事になる。

 今となれば体に埋め込むべきだったかとも思うが、若干の体の動きに変化が伴う事を真は嫌った。


「仕方ない、裸足で行くか」


 久しく感じていなかった足から伝わる素材の感覚と体のあまりの軽さにこれもまたいいかと呑気に部屋を出たのだった。













 可笑しな事に宿には人が誰も居ず、街にもあまり人気はない。
 裸足で地面の砂を感じながら脳内で把握する場所へと歩みを進める。

 やがて街の横を流れる川の上流付近に三メートルはある洞穴が見えた。
 洞窟ともいえるそこの入り口には、二人の人相の悪そうな男がまるで何かを見張るかの様に立ち、辺りにはスコップやら一輪車やらが転がっている。

 脳内に受信するデバイスの位置はもう少し奥の様だが、とりあえず真はその男達の元へ歩み寄る。


「何だてめぇ?」
「いつの間に仕事を抜け出しやがったっ、おらっ、こっちで働け!」


 皮の胸当てにウエスタンブーツの様な物を履いた男に突如肩を捕み押され、真は反射的にその腕を取って男を背に乗せると同時に腰を跳ね上げそのまま腕を捻り男を地面に投げ飛ばしていた。


「ぐぶっ!」

 一瞬やってしまったと言う感情が脳を支配する。地球での体に染み込んだ戦闘訓練はこう言った事に過剰に反応してしまう。

「あ」
「て、てめぇっ!」

 呆然とするのも束の間、もう一人の男が真を組伏せようと距離を詰めてくるが真はその姿を冷静に観察し、その男の手が届くより一寸早く横に身を躱して男に足をかける。


「ずぶぁっ」


 奇妙な音を漏らしながら地面に前のめりになって盛大に転ぶ男。
 倒れた男達に一言謝罪を述べながら真は口を開いた。


「悪い。ちょっと探し物をしてて、その、この先にあるみたいなんだが入っていいか?」


 真の言葉は明らかにその状況には場違いな物だった。
 二人の男達はゆっくりと立ち上がりながら真をねめつける。


「てめぇは一体……」
「そ、そういや見ねえ顔だ。おいスタン、こいつあの冒険者じゃねーのか?」

「な!代頭が昨日言ってたあれか!って事は反抗に来たと見なしていいんだよな?」
「だな。お前は代頭に報告してこい!」


 最初に投げ飛ばした男がそう言うと、もう一人の男は真を一瞥し洞窟の中へと走り去っていった。

「さっきは油断したぜ。魔力使いだって聞いてたがどうやら肉弾戦も行けるらしいな。今度は容赦しねぇ、冒険者風情が、てめぇも労働者にしてやるよ!」


 何の話だか全くついて行けない真であったが相手が明らかに敵対心を持って此方へ襲いかかろうとしている事だけは分かった。

 人間相手の戦闘は久し振りだなと呑気に思い出を回想しながら男の動きを視界に入れる。

 真の脳内にはありとあらゆる戦闘術、それは打撃によるものから関節技、戦場で武器を持つ相手にも対する事が出来る軍隊格闘技から凡人には知る事の無いような暗殺術までデータとして組み込まれている。
 だがあくまでデータはデータであり、それはシナプスに干渉してその技自体を知識として真の脳に送り込むだけである。
 普通の人間であればそれをまともに扱う事など出来はしない。
 それはその人間の持つ体自体がその知識に及びつかないからだ。

 だが真は違う。
 類い希なる才覚と恵まれた運動神経と柔軟さ、そしてそれを訓練から完全に自分の物としていた。
 それが出来る人間であるからこその選ばれし戦闘部隊だったのだ。


「らあっ!」
「ふっ」


 男の振りかぶる拳の軌道は真にとって止まって見える程度の速度だった。
 動きに無駄が多く、打撃とも言えないお粗末な暴力。
 真は首だけでそれを躱し、瞬時に息を吐いて力を抜き、最速距離で鳩尾に拳を捻り込ませる時にのみ力を込める。

「――っぷ」


 男が嘔吐物を撒き散らしながらその場に倒れそうになるのを避けて、真はそのまま洞窟内へと足を踏み入れた。
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