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Fluorine

第百六話 女子会ストロヴェリ

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「まだ昼には早いんじゃないか?」
「それもそうなんだけどね。本当の目的はストロヴェリタルトよ、先着順でいくつ出るか分からないすっごい美味しいデザート。いつも食べれなくて……だから初めて開店で並んじゃった」

「それは楽しみだ、たまにはこう言うのもいいな。ただこんな格好だし、なんて言うか」
「ごめんねフレイ。私のせいで」

「いや、そうじゃないさ。いや止めよう……今日はそう言うのは無しだ」



 フレイとネイルはイルト地区にあるこじんまりとした、だが水色と白の外壁塗装が何ともお洒落な一件のレストランへと出向いていた。
 外壁と同色で統一された四人掛けの木製テーブルと椅子、所々にアクセントととして観葉植物が置かれたその店は正に女子達の隠れ家と言った所。

 いざと言う時の為に武装しているフレイはそんな店に少しの場違い感を覚えてしまうが、それでも中身はやはり女子であり、乙女心擽るそんな店内とこれから見られるであろうストロヴェリタルトに胸を焦がしていた。



「……うん。よし!そうだ、食べたら今日はそのままショッピング行きましょ?」
「ん?……あ、あぁ、そう、だな」

「あら、あんまり乗り気じゃないのねフレイ?でもほら彼を落とす為にはそれなりの格好も必要よ?」



 フレイはネイルが現実をせめて忘れようと無理をしているのではないかと思えていたが、彼を落とすと言うネイルからの一言でそんな脳裏に燻ぶる心配事は何処かへと吹き飛んでいた。


「かっ、彼ッ!?そ、それはシンのこ……事か。でもいや、シンはどんな格好が好きかいまいちその……分からないし」
「へぇ…………」

「なっ、なんだその目は」
「私は彼って言っただけよ?へぇ、やっぱりあのシンって言う人がフレイの想い人なんだ?土竜のフレイをここまで動揺させるなんてねっ。確かに少しミステリアスな所あるよね、彼」



 シン、最初の出会いはフレイにとって最悪にも等しいあの出来事があった場所。
 フレイ程ではないものの、あの土竜団数十人を相手に僅かな戸惑いも恐怖も見せないシン。

 まさかそんな事のあった日に一夜以上を共にして旅をするとはあの時のフレイには一欠片も想像していなかった事である。
 ただフレイは元来のお人好し、そんないつも通りの世話焼きが何時恋心と変わってしまったのか。

 フレイには解っていた。

 バジリスク討伐。
 あの日他のメンバーとパーティを組み、改めてシンとの居心地の良さを理解させられた。
 そしてギルド員ならば常に付き纏う筈の命の危険、死にたくないと不覚にも思ってしまったあの夜の死闘。


 そして、助けられた。シンによる、婚約の儀で。




「おーい、フレイー?」
「へっ!あ、え、あぁ、そうだな」

「ちょっと。今どこかに行ってたわよ?何想像してたの」
「あ、いや……その。大した事、じゃない。今思えば懐かしいなと」


 フレイは真との出会い、そして今ここに至るまでにあった様々な出来事を走馬灯のように脳内で再現していた。

 ザイールで重ねたたった数時間の身体は、今思い出すだけでもまた熱くなる。
 あの時はおかしな薬でも仕掛けられたのか、自分を抑える事が出来なかった。だがそれでも心までは支配されていない、あの時の気持ちだけは本物だったのだ。
 シンはどうだったのか、言葉ではああ言ってくれたが出来る事なら今度は正常な時にと思ってしまう。


――ただ正常であればとてもではないが……



「おーいってば!フレイー、フレイさーん!!」
「えはっ!?あ、あぁ。な、すまない、なんの話だったか……」

「何って、私は何も言ってないわよ。フレイが勝手に過去を思い出して妄想の世界に飛んで行っちゃったんじゃない。さては王都にいない間に何か進展があったわね?言いなさいよぉ」

「そ、それは……別に、その、大した」
「もしかしてもうキスしちゃった?」
「いや、だから……その」
「えっ!もしかしてもう付き合ってるとか!?」

「えと、付き合ってると言うか……その」
「え、え……もしかしてフレイ、彼と……」



 ふとネイルの視線とフレイの泳いでいた目が交差する。
 普段からそういった恋心には敏感であるネイル、フレイの目が一つの真実をネイルに導かせるのは容易だった。


「うそ……え、え、えぇぇぇっっ!!」
「お、おいネイル!ちょ、ちょっと目立つだろ。ほら、他にも客がいるから……」

「いや……いやよ!そんな返し聞きたくないー!」
「おいネイル」
「私はもうそこまで行ってるから、みたいな全然焦ってないから、みたいな余裕。いや、いやぁぁあ……」
「おーい、ネイル」
「そんな……男勝りなフレイが?私より先に……そんな、有り得ない」

「ネイ、ル?」


「私の方が可愛いと思ってたのに……それは確かにサニアに比べればあれかもだけど、でもそんな。王子様はギルド員の方が見つかるって事?あぁでもそんなギルド員じゃ安定とか無いし」
「ネイル、多分悪口を言っているぞ」

「あぁでも!あぁでも……」



 最早乙女の生易しい恋話からは脱線し、ネイルの溜まっていた感情はフレイの先を行った経験により漏れ無く発せられていた。
 彼女の本性と言った所か、普段は大人しく冷静沈着で小心者なネイル。だがその心はあのユーリよりも貪欲で虎視耽耽と自分に安定をもたらせてくれる強くて格好いい白馬の王子様が現れるのを待っている。

 
「ネイル、本音が酷いな。私は少しお前を守れる自信が無くなってきた」

「え!あ、ち、違うの。ううん、違わくはないけどえと……フレイはいいなぁって。好きな人とエッチしたんでしょ?私なんかあんなキモオヤジ……」
「エッ?!ばっ、バカ!ネイル、そんなはっきり……」

「はぁ……やっぱり、本当なんだ。そんなに恥ずかしがる事無いでしょう?女同士なんだから本音で話さないと。あぁあ、先越されたんだぁ、私」



 ネイルは慌てふためくフレイを見てそれが真実なんだと完全に理解してしまった。
 女として女らしく、汐らしくやって来た自分。 
 生臭い男達が集まる場所で毎日を必死に生き、そこで堅実に稼いだ確かな報酬を全て自分の美に注ぎ込んだのは何の為か。
 確かにオシャレをして、可愛くなる自分に気持ちが昂ぶる、そうしてまた一日を楽しく過ごせるのは事実だが、でもそこに一人位は理想の男性が振り向く事を夢見ても良いではないかと思う。

 のに。
 それがオシャレに無頓着な血と汗に生きる女騎士の方が先に理想の相手と結ばれるとは。

 ネイルはがっくりと肩を落とし、そしてフレイを改めて眺める。


「な、なんだ……」
「やっぱり、胸……なのかな」
「はっ!?」


 そんな事を呟いたネイルであるが、彼女もそこまで悲観的になる程小さいわけではない。
 トップ人気のサニア程ではないかもしれないが、あのユーリよりはよっぽど大きいし形にも自信があったのだ。

 ただどんなに形が良くてもそれは服を着てしまえば分かることの無い秘密の花園、確実にその存在を主張する大きさの前には無力以外の何物でもない。
 ネイルは思わず自分のそれにそっと触れながら深い溜息をついていた。



「はぁ……大きさだけじゃないと思うんだけどな。男の人って」
「何かそんな話題は前にもあった気がするがな……ネイル、こんなの戦いでは邪魔以外の何物でもないんだぞ?」


 そんなフレイの励まし、だがネイルの視界に入るのは完全にそのテーブルに居場所を見付けたフレイの物むね。
 説得力の欠片も感じない憎らしきそれは、まるでネイルを嘲笑うかのようにフレイの放つ言葉と共にいじらしくも揺れていた。






――カラァァン
 と、そんな刹那に店内で乾いた音を響かせるアンティークの鈴。店内に新たな客が入る合図はだが、直後に運ばれる目的の物に掻き消されていた。



「お待たせしました、ストロヴェリタルトお二つですっ!」

「これは……」
「ぅわぁぁ、すごい……」


 程よく焼かれた小麦色の菓子生地、その土台は紅一色で埋め尽くされ花型の焼菓子と相まって正に情熱の華。

「これ全部ストロヴェリ?」
「はいっ、ストロヴェリの実をこれとばかりに使った自信作です!」

 どうやら調理兼ウェイトレスを担っているであろう女店員は満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうに2つのストロヴェリタルトをテーブルに並べた。

「ストロヴェリの実をこんなに……幾ら高いデザートとは言ってもこれは赤字じゃないのか?」
「よね、ストロヴェリの実は確か一房で銀貨一枚よ。そこから採れる実が五粒ぐらいの筈だからこれ」

「ふふ……お詳しいんですね、秘密のルートがあるんです。だから限定、今日はこれでオシマイです。あくまで看板メニューなのでよかったら一緒に雫葡萄のジュースもどうですか?美味しいですよ?」






――「うん、じゃあ僕もそれを貰おうかな」


 突如入り込むそんな声。
 客層が殆ど女性であるこの店内では異質とも思えるそんな若くも確かに男を感じさせる声。


「え、えと……あ、お待ち合わせの方、ですか。あ、えと、じゃあ雫葡萄を3つ、でいいでしょうか?」
「うん、頼むよ。これで足りるかな?」


 おかしな仮面を付け、突如フレイとネイルの席に近づいた人間はウェイトレスにジャラリと数枚の金貨を手渡した。

「えっ、え、こ、こんなに……えと、ストロヴェリタルト2つと雫葡萄のジュースが3ですからえと……銀貨」
「あぁ、足りるならそれで。金貨は余ってるからさ、使い道もそんなに無いしね」

「うそ……凄い」

「え、でも……良いんですか、これ、でも」
「ああ、いいから気にしないで。それより早めに頼むね」


 金貨を惜しげなく渡す黒髪の仮面。
 声からして少年だろうか、身長もそこまである訳でもない。
 だがその場にいた誰もがその黒髪の仮面に釘付けとなっていた。


「はっ、はい!直ぐに!」



 ウェイトレスはそんな黒髪仮面の少年から渡された金貨を大事そうに抱えながら調理場へと駆けて行った。



「一体……」
「久しぶりだね、お姉さん。僕の事覚えているかな?」


 少年は仮面を取り去り、そう言ってフレイを見る。

「ひっ!?」
「……お前は」


 少年、幼さ残る顔立ち、だが左眼は黒紫色に染まり周囲の血管が浮き出しているその様は最早その目が見えているかを疑う程、異様だった。
 先程まで大盤振舞をするその黒髪少年に白馬の王子様を連想していたネイルもそれには言葉を失う。


「そちらのお姉さんは始めして……ん、何処かで見た事があるような」

「お前、こんな所に何の用だ。それにその目は……」
「え……フレイ、この子、知り合い?」


「あぁ、この目ね。ちょっと気持ち悪いから仮面で隠してたんだけど……すごく便利でね、勇者のフラグを回収しに来たって訳さ。あ、フラグって言っても分からないか……まぁ、運命みたいな物かな?」
「勇者……え、どう言う事?」


「ファンデル王国お抱えの異世界勇者らしい……で、その勇者がこんな所に何の用だ?食事なら他の席で頼む。ここは二人で満席だ」
「ふふ、そう言わないで仲良くしようよ。フレイ……さん!」


 ふとフレイに飛び込む異様な左眼。
 脳裏を駆け巡る様々な情報と感情、焼けそうになる思考回路は次の瞬間既にその理性を手放していた。


「はぅ!?ぅあ……飛翔スワン、君……好き、よ」
「えっ、フレイ!?ちょっと……な、何、え?」

「ふふ……イイね。ふふふ、飛翔君。堪らないなぁ、クラスの女子にもやってやりたかったよ」
「ちょっと、あんた何したのよ……」


 突如聞いた事も無い声色を放つフレイにネイルは異常を感じていた。
 この気持ち悪い目をしたおかしな少年がフレイに何かした、そう考えようと少年を視界に入れた直後には既にネイルの意識も深い闇へと堕ちていたのだった。
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