上 下
99 / 139
Oxygen

第九十六話 任務放棄

しおりを挟む


「……リトアニアに連絡は終わったのか?」
「貴様……ふざけた真似を。儂をナメるなぁぁ!!」



 様々な装飾の施される室内で、裸の女はベッドから此方を眺め石像のように固まっていた。
 連絡を終えたのか、リトアニアの会長は壁に掛けられた手斧を振りかざし真へと肉薄する。

 自らのアレを振り乱しながら斧を振り下ろすその様は正に滑稽。

 真はそろそろ熱エネルギー化してしまうヴァイズブラックエッジを手斧に向けそれを容易く斬り捨ててやった。
 所詮はなまくら、その使い手もポンコツと来ればその戦力差は言わずもがなである。

 柄から斬り飛ばされた手斧の刃は壁の絵画に突き刺さり、会長はあからさまに怯えの表情を見せていた。



「な、何が……何が望みだ貴様。か、金なら幾らでもある!」
「……ふ、そうか。じゃぁ今すぐ金貨を出して貰うとするか」

「金貨……幾つだ、待て、すぐに出す。今は持ち合わせが――こ、これで、後は何とかしよう」



 会長はデスクの引き出しから小さめの金庫を出し、直にそれを開け放ち真に向けて見せつけた。
 恐らく他にも財産を隠す金庫はあるのだろうが、別に真は強盗をするためにここに居る訳ではないのだ。
 これはあくまでついでである。

 真は会長が出した小さめの金庫に入る装飾品を指差し、ヴァイズブラックエッジの収束を解除した。


「その中から金貨を出してこっちに投げろ」
「き、金貨……何故そこまで金貨に拘るのだ、この装飾品を売り払えば白金貨にも十分届く」

「いいか、俺は金貨と言ったんだ。早くしろ、殺すぞ」
「わっ!分かった、待て、き、金貨……こ、これしかない。金貨はこれしかないんだ、装飾品は間違いなくAランク物だ。これで」



 消えゆく自分の命の灯火に必死で縋るリトアニアの会長。
 所詮金も権威も全ては力の下に成り立つ無様な幻影といった所か、真はその金貨を投げろと会長に指示して投げられたそれを片手で受け取った。
 そしてそんな光景を客観的に想像し、やはり力が全てだと言う持論に間違いはないのだと思い直さずには居られいでいた。



「助かる、丁度金欠でね。後はお楽しみの続きでもしてくれ、人生の最期にな」
「なっ、待て!どう言う事だ?本当にそんなもので見逃してくれるのか……」


 そんなもの。
 リトアニアの会長にとっては金貨一枚そんなものなのだろうが、そのたった一枚の金貨の為にどれだけ命を危険に晒す人間がいるか、それはこの会長の知る所ではないのだろう。 
 だが真にしてもそんな事を今更考えるつもりもない。


「……言ったろ?俺はあんたの召使に殺しを依頼された。あんたも死にたくなかったらリトアニアの裏切者を何とかする手立てを考える事だ、じゃあな――」



 真はそう言うと反発応力によって会長の真横を瞬時に通り過ぎ、その開かずの窓を新たに収束させたカーボナイズドエッジで斬り飛ばして屋敷を後にしたのだった。
 加速システムと重力操作によって瞬く間に遠くなるリトアニア会長、サモン=ベスターの屋敷。



 真は会長殺しを止めたのだった。
 と言うよりあの恐らくサトポンと言う名の老紳士をアニアリトと判断したその時からこれは決めていた事なのである。


 人一人を殺した所で大きな組織は消えたりしない。

 真の望む所として出来るならばリトアニアとアニアリトが互いに揉めて共倒れになるのが万々歳の理想といった所。

 だが恐らくあの程度の会長であればアニアリトの方が一歩上手であろう、真が殺らずとも直ぐにアニアリトによってあの会長は消されてしまうかもしれない。
 だがそれでもあの会長が裏切者以外のリトアニアの人間に何かしらを伝えて殺されれば、あのサトポンにも矛先は向く筈とそう考えての今の行動であった。


 おまけの金貨も手に入れ、情報も十分。
 この分ならリヴィバルのギルドに戻る必要もないだろう。
 真はそう考た所でカーボナイズドエッジの収束を解除させ、夜のファンデル王都に降り立った。


 邪魔な漆黒のフードをコートの役割に戻し、奪った金貨を一頻り見つめてポケットへと入れる。
 残りやるべき事はアニアリト残党の始末といった所か、そう考えていた刹那だった。
 背後に何かしらの気配を捉えて真は咄嗟に振り返る。

 だが時既に遅し。
 向けられたその銀閃は真の胸を数箇所捕らえていた。


(顔面に一本、両腕、胴に三つ……随分と早いお着きだな)


「……?」


 真に向けられたのは手投げ短刀。
 鍔が無く、持ち手もほぼ無いような細長い刃そのもの。
 その6本は同時に何の躊躇いもなく、一瞬で的確に真を狙っていた。
 だが目の前に現れたグレーの外套で全身を覆ったその者は、そんな真を見て多少の動揺を見せていたのだった。



「もう来たのか?やっぱりあの爺の差金か」
「…………何故仕事をしなかった」


 真の問いかけはスルリと流され、グレーのフードからふと囁かれる言葉。
 真は両腕に向け投げられた筈であったが、反射的に掴んでいたその投げ短刀を眼前のソイツに投げ返す。


 だが当たり前のように軽くも避けられる真の投げ返した短刀は暗闇に消え去った。
 それを見ながら真はメッシュアーマーにも巧い事突き刺さってくれたナイフを抜き取り地面に投げ捨てる。



「あんたらがどうせ殺ると思ったんでね……で、どうする。任務失敗は死刑執行か?いや、どっちにしろ殺す気だったんだろうが」


 思った通りに進む物事。
 真はこうなるだろう事を全て予測していた。

 リトアニア会長の暗殺依頼、そんな大事を起こした人間がすんなりと逃して貰える筈も無い。
 アニアリトはギルドに暗殺を依頼し、リトアニアの会長サモン=ベスターを殺させた後で口封じをする手筈であったのだ。


 それを解っていたからこそ真は会長にわざわざ助けを呼ぶ時間を与えたのだ。でなければ真が会長を生かしたと知れた時点であのサモン=ベスターは身内によって消されてしまうからである。
 恐らく既にあの会長はもうこの世にはいないだろう。どうでもいいがついでにあの女も。


 真が次にやるべきは今目の前に現れている奴等を消す事。つまりはアニアリトの残党始末である。
 情報を手に入れた今、後はあの会長が連絡を取ったリトアニアの連中とアニアリトで勝手に揉めてくれればそれでいいのである。
 身内の内部抗争による組織破壊、それこそが真の狙う所なのだ。そして少しでも戦力を削ぐ為にアニアリトの手練は真自身で始末する。


 そう、結局全ては力で解決させる事。
 その専売特許はアニアリトだけのものではなく、真の最も得意とする所なのだから。





「消えて貰う」
「そうかい、どっちが狩られる側か試してみろ」



 真がそう言い終わるより先にフードは素早くその身を消した。


(――上か)


 消えたように見えるのは対象がとてつもない速さで移動した証。
 そしてそれが最も顕著に見えるのは人間の視野が不得意とする上への移動である。

 真がバックステップで一歩下がると同時に目の前へ一筋の煌きが走る。
 直後フードの右足が地面に軽く突き刺さった。

 どうやら靴底に何かが仕込まれているようである。
 フードは初撃を躱された事を悔しく思うような間もなく第二撃の蹴りを真の鼻先目かげて繰り出した。

 真はそんなフードの二撃目も軽く身体を反らせ、最小の動きでそれを躱す。

 避ける動作は戦闘中に最も隙の出来る行為である事を真は痛い程知っている。攻撃は最大の防御と言うように逃げるという行為は裏を返せば自殺行為に等しい。

 つまり避けるのならばそれは最小の動作で無くてはならないのだ。
 真は嵐のような追撃を一つ一つ的確に見取りながら様子を伺っていた。
 暗殺がたった一人によって行われる訳は無いと踏んでいたからだ。そんな刹那、真は両脇から感じた気配に大きく後ろへ飛び退る。


 眼前を二本の銀閃が飛び交い、その直後に再びフードが一直線に靴底の刃を真へと向けて来ていた。
 靴底に仕込まれるのは半月型の刃。
 氷上の娯楽であるスケートのブレードを凶器にしたようなものだが、持つ者によってはとてつもない威力に様変わりするそれ。


 真が一旦距離を大きく取った所で、攻撃を止めたフードの下に同じような二人のフードの人間が集まっていた。
 先程隙を見て両脇から短刀を投げてくれた刺客の連中であろう、三人のフードは静かにただ真を見詰めているように見えたのだった。


(……さて、あと何人出てくるやら)


「こんな街中で随分と激しいな」


 真は視線を目の前の三人へ向けながら辺りの気配に気を配る。
 街中とは言えここはこの時間帯に人気の一つもない商業区、暗殺にはうってつけ……とまでは行かないが初撃で仕留めるなら十分の場所である。

 ただそれをし損なった三人の刺客は多少なりこれからの身の振りを考えているようにも見えた。


「手間取るぞ」
「生かしては置くまい」
「……一度退く」



 三人のフードが端的に、小さく交わした言葉を真は聞き逃しはしなかった。

 直後に散開する三人のフードの内、仕方なく一人に目をつけ真は加速システムによってその一人の後を追ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

流石に異世界でもこのチートはやばくない?

裏おきな
ファンタジー
片桐蓮《かたぎりれん》40歳独身駄目サラリーマンが趣味のリサイクルとレストアの資材集めに解体業者の資材置き場に行ったらまさかの異世界転移してしまった!そこに現れたのが守護神獣になっていた昔飼っていた犬のラクス。 異世界転移で手に入れた無限鍛冶 のチート能力で異世界を生きて行く事になった! この作品は約1年半前に初めて「なろう」で書いた物を加筆修正して上げていきます。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

処理中です...