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第九十話 国の犬

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 迫る老人勢の迫力に思わず後退るレヴィーナ。
 必死に池を這い、老人群の中へと逃げ込んだ老婆の姿が真とレヴィーナを更に悪者へと向かわせる。


「どうする、逃げるか?」


 いつの間にか背中合わせになって中心へと追い詰められていた真とレヴィーナ。
 真は背中越しにそう尋ねては見たものの、此方の話を聞く気も無いこの老人達が相手では逃げる以外の選択肢等見当たらないだろうと感じていた。

 全員殺してしまうといった選択肢を取ってはそもそも此処に来た意味すら無くなってしまうし、仮に半数殺して殺意を削ぎ、残りの人間から情報を得ると言う方法を取ったとしてそれをする程自分達は何かの情報が欲しかっただろうかと言う話になる。

 それはもちろん否であろう。
 ここへ来た目的等大した物ではない。
 ちょっとした気まぐれとレヴィーナの無鉄砲な行動による小さな切っ掛け。

 リトアニア商会の情報を得るのは王都でいいと思っていた真にとってこの集落にそこまで固執する理由はない。ましてやその王都と思しき場所もここより先に見えていたのだ。
 真はこれ以上面倒事に巻き込まれる前に此処を離脱しようと、レヴィーナを腕に抱えて上空へ飛ぶ算段を脳裏に描いていた。



「待て!待ってくれ!私達は旅の者だ、皆一旦落ち着いてくれ。本当に私達は何も危害等加えていないし、加えるつもりもない!」


「国の犬を殺すのじゃ!」
「今こそ復讐の時!」
「逃がすな、二才の兵など恐るるに足らず」


「レヴィーナ、もういい。面倒だから離脱するぞ」
「離脱と言ってもシン、どうやって――――」



 レヴィーナが老人達を必死に説得しようと試みていたのはやはり上へ戻る手段を考えていなかった為か。
 だがそんなレヴィーナに呆れる暇も無く、次の瞬間にはそこにいる全ての人間が大穴の上空から落ちてきたであろう人間それに絶句する事となった。


 激しい爆発音と衝撃は耳をつんざき、立ちこめる砂塵は視界を遮ったがやがて目の前に歪な形で存在を顕にしたそれ。
 明らかに元人間であったその肉塊に皆視線を注ぎ、数秒後に事態を脳が理解した老人達は喉から息を漏らして腰を抜かしていた。



「……ろ、ロ、イ。ロイ……そん、な。ロイ!!」


 そんな中一人の老人が今や確実に生の灯火を消したそれによろよろと歩み寄る。
 落ちてきたその人間に心当たりがあるのか、老人は身体を震わせながら膝を崩していた。



「――っと、こんな所に隠れていたとはな。全く、国のゴミが」
「へ、この穴ごと埋めちまえば手間も省けるってもんじゃねーか?」

「それもそーだな。って……ん?何だおい、若い女がいるじゃねーか!」



 そんな刹那、上空から舞い降りてきた二人の男達。
 リヴィバル王国の国境で見た門兵の様な、砂色のローブを纏うその男達は集落に降り立つなり野蛮な笑みを浮かべながら辺りの老人達を見回していた。


「まさかゴミ捨て場にこんな上等な女がいるたぁ……もしかして他にも居るんじゃ」
「へへ、そりゃあいいな。調査がてら楽しませて貰おーぜ」



「く……いっ、犬共が!よくもロイを……許さん。許さんぞぉぉ!!」
「おぉ?何だ国の法に逆らうゴミが」



 先程上空から落ちてきた人間をロイと呼んで絶望していた老人は、手に持つ斧を握り締め鬼の形相で降り立って来たその野蛮な男達へと刃を渾身の力で振り下ろす。
 だが斧の重量に負けているのだろう、老人はそれをまともに振る事も叶わず反撃に転じた男の拳をその身に受け昏倒した。


「ジイさんっ!」
「ハハハ、国に歯向かう老いぼれが。必死だな」

「この鬼畜共!」
「儂らが何をしたと言うのじゃ」
「国の犬がっ」


「ぎゃぁぎゃあうるせぇんだよ、ゴミ。お前ら老いぼれは何の役にも立たねぇと国が判断してんだ。いつまで生きやがる」



 腰が引けつつも必死で二人の男達に食って掛かる老人勢。
 真とレヴィーナは目まぐるしく進むそんな状況にただ唖然とするばかりだった。


「貴様等!国の兵かっ、国民に一体何をしているッ」

「……あぁん?」



 だがそんな状況を遂に見兼ねたか、顔を僅かに紅潮させたレヴィーナは二人の傍若無人な男達にそう言い放った。
 二人の男の視線が老人達からレヴィーナへと注がれる。数人の老人達も何か異様な物でも見る様な目を向けていた。



「……何だあの女、頭がおかしいのか?」
「おいおい……まさかここのジジババがヤッてこの穴で育ったって訳じゃねーだろうな」

「ギャハハ、そりゃ笑えねぇ冗談だな。まあいい、取り敢えず全員始末して国に報告だ。俺達もこれで昇進したりしてな」
「んじゃま、一気に片付けるかね。火風の舞ファイアサウンド!」


 男の一人は握り締めた片手を掲げ、老人の存在をも巻き込んで木造家屋へ火炎の渦を撃ち放つ。
 それはいつかに見た炎弾の様な物ではなく、正に火炎放射と名付けるのが相応しい程の威力。
 数人の老人はその熱風と炎の奔流に巻き込まれ瞬く間にそのボロ衣を燃やされる。それを必死に周りの老人が消火しようと慌てふためくが、背後の家屋は容赦なくたちまち木炭への末路を辿っていた。


「何をしているんだッ、止めろ貴様等!」
「――ぅおっ!?」

「何だコイツ!」


 真はいい加減見慣れて来た魔力マナとやらの力を呆然と眺めながら、暴走する男達とされるがままの老人勢、その関係性を考えていた。
 だがレヴィーナはいい加減この状況に業を煮やしたか、敵を無抵抗な老人に魔力を向ける二人の男と定め自らの剣を抜いていた。

 レヴィーナの剣閃はそこまで本気のものとは思えないがそれでも鋭く火炎を撃ち放つ男へ向けられる。
 男は咄嗟の事態に魔力の放出を止めてギリギリの所でそんなレヴィーナの剣を躱した。
 レヴィーナが手加減していたと言うのもあるが、それでも男の動きは俊敏であった。それだけでなかなかの手練と判る程に。



「貴様等……何のつもりか知らないがこれ以上の放縦は見過ごせないぞ!」
「何だ女、国の法に背く気か?」

「剣なんか生意気に振りやがって……まぁいい、どっちにしろ楽しむつもりだったんだ。てめぇからやってやらぁ!」
「国の法だと……?老君を甚振る法などあってなる物かッ」



 襲いかかる男達にレヴィーナの剣が再度閃く。
 鋭く、速い。
 だがレヴィーナは男の身体に刃を入れる事は無く、剣の腹を当てるように振り抜いていた。

 峰打ちと言った所だろう。
 だが男にはそれでも十分だった様で、レヴィーナの剣撃を受けた男はそのまま白目を向きその場へ昏倒した。


「隙ありィァァッ――――プグゥ」


 一人に剣の腹を叩き込んでいたレヴィーナの背後。
 もう一人の男は最初からそれを狙っていた様に身体を半回転させながら、レヴィーナの首後ろを狙った手刀を振り下ろす所であった。
 しかしそれがレヴィーナに届く事は無い。

 合金製ブーツの反発応力によって加速された瞬発的な移動により、更にその男の背後を取っていた真の手刀が男の頚椎に叩き込まれていた。
 レヴィーナを背後から狙った男はおかしな音を上げながら、砂の地に頭から突っ込み滑べり転がりながらそのまま動かなくなっていた。


「借りを返されてしまったな」
「……いや、必要無かっただろ?」


 レヴィーナは恐らく背後の男にも気付いていた。元より真の出る幕等無かったのだが、ついでしゃばったのは反射的な行動だった。
 戦闘と脳が判断するなり身体が自然と動いてしまう自分。真はいつか自分が理性を失い、思考とは無関係に動いてしまうのではないかとの不安に駆られ、そんな気持を掻き消す様に足元へ転がる男の首を踏み下ろしていた。


「っ!?シン、そこまでする必要は無いだろうに……」


 レヴィーナの発言に真はまたかと溜息を付く。
 シグエーに続き、レヴィーナもまた然り。
 しかも今回は殺してなどいない。ただ二度と一人で動き出せないように身体を封じただけに過ぎないのだ、なのにそこまで責められては此方としてもいい加減敵わない。


「コイツらは恐らくこの国の兵士で間違いないだろう。逃がしては面倒な事になる」
「……まぁ、それは確かにそうだな。しかし一体なんだと言うのだこれは」



 レヴィーナは渋々と言った表情ではあったが、一応真の言い分に納得したのか男達と集落を見回しそう呟く。


 しかし真には少しだが今この状況が読めつつあったのだ。
 中から出れない隠れし大穴、そこに住み着く老人達と外部侵入者へのその態度。
 そして国の犬と言う発言に老人をゴミ呼ばわりし、法を翳してそれを排除しようとする兵士達。


 ここはそう。
 恐らく国に何のメリットも無いと判断された人間、つまりは老人ゴミの隠れ蓑なのだろうと真はかつて地球国連で制定された定齢安住制度――蔑称、定年死罪法を思い起こしていたのだった。
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