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ルジェ

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「同い年なんだから家格とか気にせず仲良くしてやってほしい。」
そう言われて連れて行かれた先で出会ったあいつは何を考えているか分からない奴だった。



それはルジェが十歳の誕生日を迎えてしばらく経った後のことだった。
ある日突然第一王子のユースがやって来て、頼みごとがあると言ってきたのだ。
当然ハルク家は大騒ぎだった。まさか一介の男爵家に王族がわざわざやって来るなんて誰も思わないだろう。
できる限りの最上級のもてなしをして、一家全員が集まって、ようやく落ち着いて話を聞けるようになった頃、第一王子のユースは口を開いた。

「どうかハルク家のご子息のルジェに私の弟で第二王子、ウィンノル・アーツハティの『友人』になっていただけないかとお願いに来たのだ。」

何かしでかしてしまったのか、細々やってきた我々ハルク男爵もここまでかと恐れ慄いていると予想外のことを言われた。ただただ家族はポカンとするばかりだったし、何を言われたのかは分からない。だってハルク家が知らぬ間に何かとんでもないことをやらかしてしまったのだと、誰も彼もが思っていた。まさかそんなことを頼みに来るなんて。

「どうして、我が息子に……。」

「それは私の大切な婚約者のフィラルとの関係にある。」

そこでルジェは初めて目の前の第一王子の婚約者とハルク家が遠縁だということを知った。両親は知ってはいたが息子にも知らされないくらいの遠縁で、向こうは侯爵家。家格だって違う。

「ですが王子殿下。確かに私達はフィラル様の親戚といえども男爵家。法律上でも親類として扱われないほどの遠縁です。事実、我々もレヴィリア家とは今まで関わったこともありませんし、これからも決して無理に関わろうとも思っていませんでした。親戚筋に拘らず、うちよりももっと王子に相応しい家格のご子息がいらっしゃるのではないですか?」

弱気で心配性な父はその時は震えながらももちろんそう尋ねた。しかし、

「いや、王子であるからこそ限られた家の人間だけと付き合うことは、王子の教育上良くないと私は王である父から学んだ。王族は王族だからこそ様々な立場の人間と共にいるべきである、と。」

そして王子が言った。

「それにルジェには私から頼みたいこともあるのだ。フィラルの親類なら気兼ねなく聞けるし、私もフィラルも安心だ。」

そうして頼まれたのが『友人』。
始めは本当にたたの友人であったはずだった。もちろん打算的な目的もある。立場の低い男爵家と王子が懇意にすることで、「自分よりも立場の低い者と仲が良い優しい王子」だと周りは見る。王子としての心の広さや優しさもアピール出来る。
実際に友人として接している時は本当に同じ身分同士の友人のように仲が良かったし、周りからもそう思われた。何度か一緒に出たパーティーだって親しい友人として扱われていた。ただそこはかとない何かを感じながら、友人であり続けた。

それが変わったのはウィンノルが十四の誕生日を迎える少し前だ。

「もうすぐウィンノルが誕生日を迎える。……だからお前にひとつ頼みごとをしたい。」

神妙な顔をしたユースに呼び出されて言われた。
始めてハルク家に来た時、「頼み事がある」と言っていたのに、あれから何を頼まれることもなく、ただの友人としてしか勤めていないなとこちらも訝しく思っていた矢先のこと。

それが、ウィンノルを監視することだ。
もちろん「友人」を継続しながら。むしろ「友人」と言う名の監視と言っていい。
たかが男爵の子が第二王子を監視なんて失礼なことをしても良いのかと思ったが、ユースも、フィラルでさえ良いと言う。その理由は学園進学後に分かることとなる。

それは進学先に噂には聞いていたウィンノルの婚約者も進学するからだった。

「噂」と言うのはルジェはそれまで実際にアレンシカ本人には会ったことがないからである。
それは意図的にルジェと同じ社交の場に行かないようにされていたからでもあるし、ウィンノルがアレンシカを避けていたからでもある。
そんなに避けるのならばアレンシカは嫌な性格でもしているのかと思えば穏やかで品行方正。ユースとフィラルも気に入っていて何も問題がない。
ならば何故監視が必要なのか。

ウィンノルはあまりにも態度が悪い。
いや、対外的には態度は良い方だ。丁寧で物腰も良く、いつでもにこやかで王子然としている。しかし一度婚約者に会えば、全てが変わった。冷たい目でひとつも笑わず、粗雑な扱い。
だから自分が選ばれたと分かった。万が一第二王子が婚約者を大切にしない冷たい人間だと知られてしまったら、少なからず信用を無くす。その為に学園にいる間フォローをするのだと。
自分が少なからずレヴィリア家と遠縁だから、いつでも目が届き、いつでも言いくるめられ、いつでも無かったことに出来る。

それでも最初こそ相手は王族だし、万が一とんでもないことをしたら家が無くなってしまうと思い、おっかなびっくりながら丁寧に優秀に『友人』であろうと努めたが、ウィンノルのあまりな態度に、ユースから任命された大義名分を元にだんだんと敬意が無くなってしまった。






「あいつもな……もう少し素直になってくれたらいいんだがな。うちはうちで、アレを見るのは仕方ないことなんだから……。」

「もう少しアレンちゃんに積極性があれば、ウィンノルの心も溶けるかもしれないんだけど……アレンちゃんは引っ込み思案だからね……。」

そう言って心配そうな第一王子とフィラルの顔を横目で見て、内心で呆れるしかない。
第一王子もフィラルも所詮、身内に甘いのだ。
素直になれないくらいで、アレンシカ様が泣くのはいいのか。監視を始めた最初のほうはまだ無視や小さな嫌味だったそれも顔を合わせる度にどんどん酷くなっている。衆人環視の中罪のない人間を貶める。婚約者でなくても許されないそれを、ウィンノルは本来なら大切にしなければならない婚約者であるアレンシカ様にやっている。

それこそ、最初は王子に素気なくされる婚約者のはずの公爵子息に対していい気味だと思っていた嫉妬と羨望に狂った奴らでさえ、あまりの王子の態度に引き始めていることはとっくに把握していた。
さすがに王子の態度が悪すぎて、もし自分が婚約者になったとしても同じ態度を取るような冷たい人物なんではないかと思われている。狭い学園の中では、王子が婚約者に対してどういった態度をとるのか目にする機会は多い。
その上他のいろんな生徒と浮名を流しているのだ。自ずと求心力は下がっていく。
王子として、それ以前に人としてさえあり得ない態度なのだ。

きっとこれからも誰から注意されてもアレンシカ様への態度は止めないだろう。外面は良いから学年が上がって何も知らない新入生が入ってきたら騙されるかもしれない。だけどしばらく経てばきっとまたウィンノルは遠巻きに見られる。
そんな先のことも予想出来るのに、ウィンノルが徐々に信用を失いつつあることは報告をしない。それで王子の信用が失われようがこちらとして知ったことではない。

きっとこれは不敬で許されないことなのだろう。
任された仕事をせず、知られたら家もどうなるか分からない愚かな行動。
それでも分かっていてしない。

これはずっと見続けてきたルジェにとっての小さな反抗だった。
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