天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

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プリム

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「あー、なんって最悪でつまらない天啓なんでしょー。」
虹色に輝く神の心たる水晶で見たものは、自分が誰かにかしずく姿だった。



プリムにとって、今までの人生とはとてもつまらないものだった。
特に一番つまらないものは家だ。
家族には安らぎも笑いもなく、挨拶すらなく、ただ無意味に時間が過ぎて行くだけの空間。
父に怒られたこともなければ、母に頭を撫でられたことも一度もない。何も話したことがない。
二人いるはずの兄たちはどこかへ留学だかで何かをしていて見ていない。見かけても話したりなんてしないけど。

「奥様に全く似ていない。とぼけたアホな顔。その顔だけでとても仕える気にはなりません。」

由緒正しい執事の家系から来たという執事は、そのわりにグチグチと小言では収まらないつまらない嫌味を仕えているはずの相手にかけてくる。
毎日無作為につまらない毎日。何もない日々。
幼いプリムは何も思わない。つまらない。何も。

父と母がお互いに言葉を交している姿さえ一度も見たことがない。

否、一度だけあった。

それはいつもは寝付きが良く朝までぐっすりと眠ることが出来るプリムが、その日だけは珍しくいつまで経っても眠れない夜のことだった。
水を飲んでついでに果物のひとつふたつ摘んですっきりしようと調理場に向かう途中、書斎から大きな声が聞こえたのだ。

「僕だってあんたとは結婚なんてしたくなかった!」

プリムとは一度も話をしたことがない母親の今までで一番大きな声だった。
あまりに驚いて本当にそっと小さく書斎の扉を開いた。息を殺して覗くとそこには父と母がいた。二人並んでいるところなんて見たことがなかったのに。

「もういい加減あんたの顔を見るのも嫌!さっさとどっかに行ってよ!」

「お前こそあいつを連れてどこかに行ったらどうだ!ここは元々俺の家だ!」

今まで会話をすることもなく逆に向き合って怒鳴りあっている二人は新鮮ではあったものの、とめどなく悲しい気持ちがプリムの心に生まれた。

「賜った跡取りとスペアは育ったのだからあとは好きにしろ。用済みだ。」

しばらく言い合った後、父がそう言うと母は思い切り扉を開いて走り去ってしまった。
直前に察してとっさに隠れていてよかったとホッとしたが、悲しい気持ちは一緒に隠れることはなく、プリムを蝕んだ。

それからプリムが知ったことは衝撃のことばかりだった。
父が本当はずっと隣の領地の別の子爵家の女性と恋仲だったこと。母はずっとこの家に仕えていたあの嫌味たらしい執事と恋仲であったこと。
お互いに天啓で未来の配偶者として出てきて、天啓を知られた家によってお互いの家の発展の為に結婚をしたが、本当はお互いに好きな人と結婚したかったこと。

子どもなんていらなかった。欲しくなかった。本当に好きな人との間の子ではないのだから。ということ。

すべて、すべて今までの理由が分かってしまった。

しばらくして二人は家から消えた。
最後まで一言もなく、プリムは何も聞かされず、いなくなってしまった。
執事も消えていたから母はどこかで執事と暮らしているんだろうとは思う。
父は分からない。風の噂で独り身を貫いていた別の子爵家の女性が駆け落ちしたという話が聞こえたから、もしかしたらそれが父なのかもしれないとは思ったが。
別に無事を確認することも、これからの幸せを祈ることもしない。父という人間も母もという人間も知らないのだから。

幸いにも根回しをしていたんだろう父が家督を一番上の兄に譲っていたので、家としては潰れずに、プリムも住む家がなくなることもなく生きている。


メディカ・シーラ侯爵と初めて会ったのもちょうどその頃だった。
家がどうにも好きではなく、兄とも反りがいまいち合わず、毎日商店街に行っては買い食いをしていた。
突然真横に馬車が止まったかと思うと、窓から身を乗り出してとても驚いた顔で言ったのだ。

「貴方!もしかしてロゼッタという人の関係者じゃない?!」

「……おばあちゃんの名前らしいですけど、会ったことはないですー。」

聞けば父の母である祖母の旧来の友人らしく、生き写しのような姿のプリムを見かけて驚いたのだそうだ。
祖母はプリムが生まれる前にはすでに亡くなっていたし、あの両親では何も祖母のことを話さないので知らなかった。

「最後に会ったのは葬式だったから、蘇ったのかと驚いてしまったわ。それくらい、プリムちゃんはロゼッタに似ているの。」

メディカはそう言って微笑んだ。

ロゼッタは心優しく思慮もあり素晴らしい人だったのだそうだ。
まだメディカが幼い時に行儀見習いのメイドとして来たのが祖母だった。祖母の方が年上で仕える身でありながらその優しい人柄に惹かれたメディカは一番に懐いた。
結婚の為に退職した祖母を前に大層泣いて困らせて、辞めるからには友達になりましょうと永遠の友情を誓ったという。




「ロゼッタが生きていたら、そんなことにはならなかったでしょうね……。」

それからはメディカは友人の孫ということもあり親身になってくれる一番の味方だ。
別に同情されようと思った訳ではないが、メディカには何でも話せた。
家のことも、執事のことも、天啓のことさえも。


「本当にその執事は嫌な人ね。私の家だったらとっくに解雇してるもの。」

「あれが執事じゃないんですか?」

「違うわよ。今度私の家にいらっしゃいな。本物を見せてあげるわ。」

「うーん。でもお外で会う方が嬉しいです。ここはいいとこです。」

「私の家よりはカフェや集会所の方がいいのかしら。」

「家はいや。執事もいっぱいですもん。」

「そうねえ……執事が嫌いなのも無理ないわねえ……。」

「あんなのと一緒になるかもしれないのも、いやです。」

「誰かにかしずく姿、ですっけ……。確かに執事ねえ……。でもね、それはレアケースだから……プリムちゃんはそんなことする子じゃないでしょう?それに、とても大切な経験をするかもしれないわ。」

「……そりゃあ、おばさまとおばあちゃんみたいにすっごくいい人と会えればいいですけどー。やですーやっぱりやですー。せめて私が選びたいですー。」

「大丈夫よ……きっと素敵な人に出会えるわ。それに未来は確定じゃないもの。嫌なら蹴っちゃえばいいのよ。」

「えー?いいんです?」

「そうよ、別に誰かに仕えなくってもいいの。プリムちゃんはプリムちゃん。好きに選べばいいの。」

「……そうですかー。」




入学式の日、兄はひどく落ち着きのない様子だった。
寮住まいを決めたプリムが何かしてしまわないか、常に心配だったからだ。
特に第二王子とその婚約者が同学年にいるのは入学前からとっくに知っていたから、それはもう兄から再三注意されていた。

「くれぐれも、くれぐれも!王子や婚約者様にご迷惑はおかけするなよ!分かったな!もちろん他の貴族子息にもだ!」

あんまりにも言うから、気になって探したら王子の婚約者のアレンシカとは同じクラスで驚いた。
子どもの頃見た絵本に出てきた妖精に似ていてなんとなくじーっと目で追ってしまう。
そうして見ていると当然すぐに気づいた。
婚約者同士なのに一度も会話しているのを見たことが無い。アレンシカはチラチラと見ているのに王子は一度も見ない。それどころか王子は別の人間をしょっちゅう侍らしている。
思い合っていないのは一目瞭然だった。

「かわいそうですー。どうせ天啓に出てきたってだけで結婚しないとなんて。いやですねー。」

「……プリム、なんか何かしようとしてるの?」

あまりに見ていたからただ腐れ縁たちに注意された。
毎日のように通っている商店街の近くの商家の子たちだ。

「べっつにー。なんもですー。」

「……そう、それよりさ、キャンプのグループ決めなんだけど、」

「あー、あそこの人たちが二人だけらしいです。はい、行ってらっしゃいー。」

「え、」

「私もあぶれてしまったので、こちらに入れてくださいアレンシカ様。」

「えっえっ、」

初めて話すアレンシカ様は、緊張した。



キャンプでは失敗続きで、もう夜中しか時間がなく、眠い目をなんとかなんとか擦って起きて誰もかれもが寝静まった後に出た。
何も危ないことをするわけではない。少し拗らせて作るだけだ。
通じなかったら堂々と言えばいい。

これから来るひと時は楽しみなようでそうじゃない。
天啓から逸れた未来は手に入れたいようで手に入れたくはないようで。
もしかしたらきっと、アレンシカ様は泣くかもしれないから。でも天啓で決められたからってあんまりじゃないか。
だからせめて、思い切り泣けるようにしようと思った。


結果的には計画は失敗したけれど。
その前にエイリークにものすごく怒られたから。







ガタガタ揺れる馬車の中。音に合わせて足を振りながらプリムはご機嫌だった。
何せとっておきのピーチのムースを大切なお友達と食べることが出来たのだ。
あのムースは別格だった。今まで数多くのムースを食べて来たが、人生で一番の美味しさだった。だから五個も食べた。
あれを越えられるものは今後出るのだろうか。きっと出るだろう。お友達と一緒に食べたらどんなものでも美味しい。
今度は誘って一緒に商店街でも行こうか。最近は行けていないおばさま御用達のカフェも良い。紹介したいデザートがまだまだ沢山あるんだから。

「はあー……。」

「いい加減うるさいです。目の前でやめてください。楽しさ台無しです。」

楽しい楽しいプリムの機嫌とは裏腹に、目の前では頭を抱えてひどく落ち込む兄の姿。
ずっとずっと目の前でため息をつかれるとこちらとしても気分が悪くなるものだ。せっかく楽しい気分なのだから今すぐやめて欲しかった。

「こっちはお前のせいで計画が台無しだ……。」

「何がです?大成功です。」

「今日でいろんな貴族に挨拶する予定が全部なくなったんだぞ!お前が逃げるせいで!」

ヴィルギスは勢いにまかせて立ち上がると天井に頭をぶつけた。

「ぷっぷー!」

「くっ……。」

らしくもなく涙目になる兄は頭をさすりながらプリムを見ると大きくため息をついた。

「我が家は他の貴族との交流も少ない。俺も当主としてはまだ未熟だ…。お前の為には今日は多くの貴族との交流が持てるチャンスだったんだよ……。」

「なんです?」

「卒業後に行儀見習いとしてどこかの貴族に侍従に行く、約束しただろ。」

「あー。」

「今日挨拶をして、うまくいけば取り次いでもらえたのに……お前が逃げるから……。ああ、もうこうなったらもう一度メディカ様にお願いするしか……。」

「ふうん。」

「際限なく甘やかすからと断られてしまったが、本当にもうシーラ侯爵家しか……。今度お願いに伺わなくては……。」

「へえー。」

「おい、プリム。また他人事のように……。」

ヴィルギスはまた怒りがぶり返しそうだがプリムはどこ吹く風だ。

「だーっていつまでも、何を言ってるのかが分からなくって。」

「はあ?!お前のことなんだぞ!まさか約束を反故にするのか!」

「うーん?何でお兄様はそんなに怒るんです?私のお勤め先はもう決まってます。」

「はあ!?いつ!!」

「今日。」

訳がわからない。ヴィルギスがいなければお願いもできないのに。まさかプリムが一人で決められる訳もない。

「は!!誰が!まさかメディカ様か!」

「おばさまじゃないですー。おばさまはダメなんでしょー?」

「はあ?お前だけで決められないのに、じゃあどこに……!」

今日は多くの貴族もいたが、どの家もプリムだけで話が進められるような家はない。シーラ侯爵家なら可能性はあるが、すでに一度断られているのだ。

「いや……。」

ひとりだけいたじゃないか。プリムだけでも話を聞いてくれそうで、好意的で、ずっとプリムと交流をしていた貴族の人が。

「まさか……!」

ようやく思い至った答えを目を丸にして凝視してくる兄に、プリムはにっこり笑って言い放った。

「ほーんと、お兄様ったら一人じゃなんにも出来ないんだからー。」
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