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48 泣きそう
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広い舞台の上に、ぽつんとグランドピアノが乗っかっていた。
淡いスポットライトに照らされて、その人はピアノを弾き始める。
私は遠い客席で、ただ一人それを聴いていた。
深く暗い海の底で、まるで眠っているかのような心地よさで聴き惚れた。
ピアノ演奏はだんだんと激しくなっていき、深海から引き上げられ、潮流にもまれて荒波へ投げ出されたような感覚に陥る。
苦しい。圧しつぶされる。
音が責め立ててくる。くらくらする。音に酔う。
全身をからめとり、かき乱してくる。苦しいのに気持ちいい。体がふるえる。
それはピアノの音だけのはずなのに、私に追いすがり、訴えかけるようだった。
それにすべてを任せればいいのだとわかっているのに、私はこわくて、私のすべてをなげうてなかった。
間違いなくあれは、私をしあわせにしてくれると確信しているのに、それがこわかった。
重くて重くて、私は目を開けた。
________ ___ __ _
次の日の夜、言われた時間に合うよう22時過ぎに家を出た。家から道を一つ曲がると、そのコンビニが車道の向こうに見えるんだけど、こちらの路地に車が一台停まっていた。
私がそちらに歩いて行くあいだ、ちっとも走り出さないので気持ち悪く見えたけど、まさかと気付けば案の定四ッ橋さんだった。
気付いてても確信はできなかったから、ウィーンって窓が開いて、男パイさんに「若葉さん」って呼び掛けられるのビビったよ。はぁ~、バクバクしたぁ。
こわいからずっと車と反対側の端歩いてたし、変質者かもとビビってたのは内緒です。
と言いますか、車がまた違ったんだよ。勘違いしても仕方ないと思う!
『怖がらせてすみません。家族の車なんですけど、全然乗らないので、バッテリー管理で走行を頼まれました』
苦虫を噛みながら四ッ橋さんはスマホに打ち込み、男パイさんを喋らせる。
え、あ、そうなんですねぇ。いえいえ、送ってもらう身、私は全然かまいませんとも。正直バッテリー管理で走行ってなんですかって感じですし。なんて考えつつ、曖昧に笑っておく。
え? 車種? 知らないよそんなもの。考えちゃいけないやつだよ。エンブレムが強そうなやつだよ。
そんなことより怖がってたのバレてた方が恥ずかしくてヤバい。
その日はまっすぐ送ってもらい、前日と同じで店のワンブロック手前の道に停まって、出勤の15分前まで少しだけお話しした。
その日も生声は聞かなかった。プレゼントしたチョコレートは美味しかったらしい。
だよねだよね! 春希に泥と言われようが、有名ショコラトリーの市販品だからね。
春希はコーヒー大丈夫なのにビターチョコがダメなのは、たぶんあれだよね、スイカに塩の原理だよね。うん、適当言ってる自覚はある。
その次の日、今度はビビらないもう大丈夫と意気込んで行くも、車が停まってなかった。
私が早かったのか、四ッ橋さんが遅いのか。何か連絡があったかもしれないとスマホを出そうとしたとき、コンビニ前の通りを車が走っていった。
そのライトに当てられて、昨日車が停まっていたらへん、アーチ型の車止めに座っている人が浮かび上がった。
長い脚を投げ出し、軽く上を見上げている。一枚の絵みたいだ。私もつられてそちらを見る。
本当なら無数の星が見えるはずの空は、ビルに遮られて狭くて明るくて、私には一つも見えなかった。
彼は、何を見ているのだろう。
無数に車は通りすぎていく。その人を浮かび上がらせては、また影に沈む。
――あの動画さながらに。
やばい。泣きそう。
嬉しいのか悲しいのかわからない。
クリスマスの深夜0時にアップされた、あの狂おしいほどの愛の歌、Liebesliedが頭の中に鳴り響く。
ああそうか。春希が言ってた、考えておかないとってこういうことだったのかな。
彼がどうのじゃないんだ。私がなにを思ってどうしたいかなんだ。
心臓が早鐘を打ち、指先から感覚が遠くなっていく。
突っ立っていたら、ふとその人がこちらを見た。すぐにこちらに駆けて来る。
『こんばんは、若葉さん』
「こ、こんばんは」
『車だと若葉さんと話せないので、徒歩にしてみました』
「そうですか」
『車の方が良いですか? 明日は戻しましょうか?』
「いいえ、大丈夫です」
そっかー、そういう理由があったんですね、なるほど。
店から交通費も出てるし、私も徒歩の方が気兼ねしなくていいです。
『どうかしました?』
「え?」
特にどうもしません。私は首を傾げるも、四ッ橋さんは眉尻を下げてスマホを猛フリックする。
『泣きそうに見えます』
「え、あ……、大丈夫ですっ。――寒いから、そう見えるだけですよ」
寒いと目がしぱしぱするし、鼻の頭赤くなったりしますよね。それですそれ。
にへらっと笑ったら、手がにゅっと頭上に伸びてきて、反射的に首を竦める。
でもいつまでたってもそんな感触はこなくて、そっと目を開けて見上げたら、ふわっと頬っぺたを軽く撫でられた? いえ、その手が動いた風を感じただけ?
とにかくそれだけでその手は離れていった。表情はどことなくむっつりとしている。
それに気づかないふりして並び、今度のご飯になにがいいかとか、当たり障りのない会話をして駅まで歩く。
また自然に手を取られて、自分の腕に私の手を乗せる。指先のしびれがとけてくみたいだ。
普段は寒くて足早に歩く道が、初めて歩く道みたいに感じられた。
地下鉄の窓に、電灯を通り過ぎるごと浮かび上がる四ッ橋さんに気づいて、また泣きそうになった。
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