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41 暫定恋人
しおりを挟む「こんなの、もらえません!」
私は両手と首をぶんぶん振る。そりゃもう全力で振った。
四ッ橋さんは苦笑すると、落ち着いてケースを閉じ、スマホを二本指でなぞった。1タップもない。
また入力済みぃ!? 私が拒否るの想定内!?
『貸すだけです』
ほわっ? 貸すだけ、とは?
『この関係すらも解消したくなったら、返してください』
呆然と突っ立って、四ッ橋さんの顔を見ているしかできない私に、四ッ橋さんはにっこりと笑う。
『もしその時が来たら、若葉さんの方で処分してもらって構わないんですけど、若葉さんはそういうのは嫌いなのでしょう?』
だから返してくださいと、男パイさんが読み上げる。
ただの詭弁なのではないでしょうか?
『お試し期間中は、いつも付けていてほしいんです。心配なんです。本当は、僕は、指輪が嬉しいんですけど……』
男パイさんのたまに狂う抑揚が、私の調子をも更に狂わせるけど、そんなものじゃごまかされない。もっと聞き捨てならない単語を聞いたぞ。
「お試し、期間中……?」
うええ? そういうこと? そういう括りになるの? お試し期間中って……、暫定、恋人ってこと?
ぶわぶわと顔に血が上ってくる。
がんばるとは決めたけど、お友達から始めましょう的なものじゃなかったっけ?
あれ? 私だけの妄想? そんな会話を会場でしなかったっけ? あれぇ?
四ッ橋さんの顔も耳も、手まで真っ赤に染まった。その長い指が、またスマホをなぞる。
『他の何と比べてもいいですけど、今は僕が、恋人候補一位のはずです』
こっ! ここここ恋人!!
ダンっと背中が壁につく。そういう話だったっけ!? 私たち、致命的な食い違いが生じていないかな!?
『だから、着けてください』
「むっムリですよっ、着けられません……っ」
四ッ橋さんがそっと近付き、そっと私をその腕に囲う。
「……若葉さん」
うひぃぃぃぃぃっっっ!?
「着けてくれませんか?」
ずっ、ずるいぃぃぃっ! 生声反対~~~っ!
「ふあっ! こ! 声! は、反則っ、です……っ」
「だってもう、これを渡したら帰りますから」
ふっと頭上で笑われて、膝ががくがくする。
こ! ここ、外ぉっ、駅前ぇっ!
「デザインが気に入りませんでした? 違うのがいいですか?」
膝が砕けそうなのを察したのか、肩と腰に腕を回されてきゅっと抱きしめられる。
「若葉さんの都合がいい日に、一緒に別のものを探しに行きましょう」
違うの、そういうことじゃなくて!
もう声にならずに、四ッ橋さんのコートの胸元を掴んで首を振ることしかできない。
なにこれなにこれなんで!
耳からゾクゾクが止まらない。前よりひどくなってる気がする。
くずれおちないよう必死になっていると、後頭部に手をやられ、グッと抱き締められる。
もう、わかった! わかりましたからぁ! 落ち着いて話し合いましょう!
がんばって伝えようとするも、蚊の鳴くような声しか出ない。
それでも伝わったのか、頭の後ろに当てられた手の力がふっと弱まった。
でも私の生まれたてのバンビ状態は治まってないので、腰はしっかりと支えられたままだ。
「……すみません、調子に乗りました」
ホントだよ! これはDV案件だと思うわ!
コートに頭をこすりつけるみたいになったけど、その言葉にコクコク高速首肯する。
放してっ。
あぁ、でも放されるとこんな外でへたり込むことにぃっ。
落ち着こうと息を整えようとすると、四ッ橋さんのにおいがまざまざと感じられて、余計パニックに陥る。
完全に変態だ。貧血になりそう。
どれだけそうやっていたかわからない。
私はようやく立ち直ると、四ッ橋さんの胸をそっと押して離れる。
もう顔も見れない。すんっと鼻が小さく鳴った。
『送っていきます』
え。いいよ。むしろやめて。落ち着かないから。話し合いは後日ということで。
『その状態の若葉さんを、一人で電車に乗せられません』
誰がしたと思ってんのよ。
「……大丈夫です。どこかで落ち着いてからバイト行きますから」
私からのクリスマスプレゼントは渡す気がなくなった。
あげたらお返しに、さっきのを完全に押し付けられそうだ。
私は今ここで、はっきりと自覚した。
自分は実は、押しに弱いと。
そんなことないと思ってたんだけどなぁ。
今までキャッチやナンパや、アンケート、お祈り、インタビュー、その他もろもろのものから押し切られたことはない。
友達や知人でも、自分が本当に嫌なこと、困ることははっきり断ってきた方だと思う。
……え? もしかして、心から嫌だとは思ってないとか?
いやいやいやいや! アクセサリーはマジで受け取れない!
あれ!? なんかおかしくない? 論点ずれてる? アクセのことじゃなくて、私は……。
ぐるぐる混乱していたら、ガッと手を握られた。
『落ち着いてからってどういうことですか。すぐにバイトではない? だから一人でどこかで時間をつぶすと?』
「え? ええ、まぁ……、そうです」
手を放そうよ。私の手を握りつつ、スマホをいじりつつ、器用な人だなぁ。私もスマホリング付けようかな。
『いけません。この時間にこのような場所で若葉さんを一人にできません!』
いやいやいやいや、あなたといる方が落ち着かないのですよ。
『送ります。バイトは何時からですか』
私の返事を聞かず、四ッ橋さんは歩き出した。手を握られたままなので、つられて歩き出す。
四ッ橋さんはハッと立ち止まると、ちらりと私の方を振り返った。そして耳を赤くさせながら眉間にしわを寄せ、私のスヌードを頬っぺたまで引き上げた。
なんだそれ。むしろ熱いんだけど、誰かさんが規約違反したせいで。
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