31 / 48
31 言いたくないです
しおりを挟む四ッ橋先生は私の反応に目を丸くしつつも、続けてスマホを操作して私に見せる。
『もうすぐ移動時間です。周りが若葉さんに寄って来ています』
耳を押さえたまま周りを見れば、確かに周囲の男性たちが、こちらの様子を窺っているっぽかった。
もちろんその男性たちの周りには、それ以上の人数の女性たちがいる。
その塊がじわじわこっちにずれてきてて、埋め固められそうだ。このままこうしてたらあの人波を突破しなくちゃいけなくなる?
私は慌てて立ち上がろうとしたが、まだ回復してきってなくてうまく力が入らない。
四ッ橋先生は自分の腕に私を掴ませ、ドアを指し示す。私は頷いて、支えにさせてもらった。
受付と言うか、今は受付対応が終わっているので、クローク対応のみのそこでコートを受け取る。
スタッフの人からかかるおめでとうございますの言葉に、またぶわぶわと顔に血が上っていく。四ッ橋先生は微笑んで目礼していた。
下まで降りようかと思ったけれど、フロントやラウンジなんて絶対人がいる。
窓際にソファーセットがあるのに気付いて誘ってみる。
「よ、四ッ橋先生、あっちで少し話しをしましょう」
ソファーに腰を落ち着けて気合を入れる。
「あ、あのっ。本当に、四ッ橋先生とは、お、お付き合いできないんです」
四ッ橋先生は悲しそうに眉根を下げた。そしてスマホをタップする。
『せめて、さん付けでお願いします』
えっ、そっち!?
『今日のお見合いと何が違うんですか。喋らない僕じゃどうして駄目なんですか』
ああ~、もう! 私の優秀すぎる自動アテレコ機能~~~っ!!
私は顔を両手でおおう。
「文字でもっ、四ッ橋せっ、四ッ橋さんの声が聴こえてくるんです! もう私、恥ずかしくて恥ずかしくてどうしたらいいのか……っ!
こんなんじゃとてもお付き合いなんてできません!!」
なんでこんな恥ずかしいこと言わせるのよっ! 穴を掘ってでも入りたいぃぃぃー! ここから走り去ってしまいたいぃぃぃー!!
…………あれ?
私の呼吸が恥ずかしさのあまり過剰になって、そして今やっと落ち着いたんだけど、リアクションが返ってきていない。息を整えるのに、結構な時間を使ってると思うんだよね。
そろそろと顔を上げれば、四ッ橋さんが手の甲で口をおおい、顔を真っ赤にしていた。
バチッと視線が合うと、ハッと体を震わせて、猛然とスマホを操作しだした。
『aqwsedfrtgyhujikolpazsxdcvfgbnhjmk』
なっ、なに!? スマホから変な音出た! なにがしたいの、焦りすぎじゃないです?
四ッ橋さんが指をスライドさせる。
『qawセdrftgyfuジコにはがめん上部から下に2本指で……』
なにやらうにんうにんと音が変化して、聞き取れるようになる。
音の速さを調節したんだねってこれ、パイさんの声だー! 使ってるスマホ一緒だわ。
『選択項目の読み上げ テキストの……』
男パイさんに代わったー!
四ッ橋さんは顔の赤みも引かないまま、スマホを操作し続ける。
そして。
『これでどうでしょうか』
おおおー、たまに違和感あるけどさすがパイさん。
『僕も正直言うとあなたと同じなのです。
あなたを前にすると舞い上がってしまって、自分が何を言っているのか、わからなくなってしまいます』
変な誤解はやめてくたさい、私は舞い上がってないし!
『一緒に慣れていって欲しい』
「そ、そんなの、どうやってですか」
『この状態から、始めてくれませんか』
こ、この状態……。男パイさん声の四ッ橋さんと……、お友達からってこと?
「む、無理です! だって連絡も取り合えないじゃないですか!?」
四ッ橋さんが顔を赤らめながらも、ふわっとさも嬉しそうに笑った。
生イケメンを見慣れてる私でも、その笑顔はなかなかに凶悪だ。
『連絡取れればいいんですね?
僕と同じメーカーのなら、既に読み上げ機能が付いていますし、もしなくても、読み上げアプリを入れるのはどうでしょう』
あまりのことに口がパクパクしてしまう。
なんだその、言質取ったぞ的な発言は。
四ッ橋さんは、そんな私の委細構わずたたみかけてきた。
『ネックなのは僕の声だけですよね。僕自身が嫌いだと言うのならば仕方ありませんが、嫌われてはいないと思うんです』
うぉい。イケメンだからって調子に乗るものじゃないですよ。いや調子乗ってもいいだけのイケメンレベルは持ってるけど、そういう問題ではなくてですね。
た、確かに嫌いとは違うかもしれないけれども、でもですね……っ。
『お友達の承認も得られましたし、僕は若葉さんが』
四ッ橋さんが慌ててスマホの電源ボタンを連打し、ヴイン……と震えてあたふたしている。あれは再起動になったかな。
四ッ橋さんは顔を真っ赤にして、
スマホを必死にフリックする。
『入力を間違えました。機械音声では言いたくないです』
そ、そうですか。
『ずるいと思います』
――ずるいです。そうやって僕を翻弄して……あなたはずるい人だ――
今朝の夢のあれがフラッシュバックする。
「な、なにがですか!?」
声が裏返り語尾が強くなってしまう。
リアルでこの人に、ずるいなんて言われる謂れはないと思うのですよ!
『機械音声にしたら、若葉さんは全然平気そうじゃないですか。僕ばかりでずるいです』
そんなこと言われても冷静に考えると赤ら顔って、酔っ払いと変わらないことに気づいたんです。
でもそう赤面しながら恨めしい顔で見られると、やっぱりちょっとこっちにも伝播する。
二人でじわじわ顔を赤くしていると、ぶわっと喧噪が流れてきた。
ハッとしてそっちに顔を向ければ、会場のドアが開き、春希が出てくるところだった。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説




淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる