ASMR!~精神安定剤が触診してくるっ!

keino

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31 言いたくないです

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 四ッ橋先生は私の反応に目を丸くしつつも、続けてスマホを操作して私に見せる。

『もうすぐ移動時間です。周りが若葉さんに寄って来ています』

 耳を押さえたまま周りを見れば、確かに周囲の男性たちが、こちらの様子を窺っているっぽかった。
 もちろんその男性たちの周りには、それ以上の人数の女性たちがいる。
 その塊がじわじわこっちにずれてきてて、埋め固められそうだ。このままこうしてたらあの人波を突破しなくちゃいけなくなる?

 私は慌てて立ち上がろうとしたが、まだ回復してきってなくてうまく力が入らない。
 四ッ橋先生は自分の腕に私を掴ませ、ドアを指し示す。私は頷いて、支えにさせてもらった。

 受付と言うか、今は受付対応が終わっているので、クローク対応のみのそこでコートを受け取る。
 スタッフの人からかかるおめでとうございますの言葉に、またぶわぶわと顔に血が上っていく。四ッ橋先生は微笑んで目礼していた。
 下まで降りようかと思ったけれど、フロントやラウンジなんて絶対人がいる。
 窓際にソファーセットがあるのに気付いて誘ってみる。

「よ、四ッ橋先生、あっちで少し話しをしましょう」

 ソファーに腰を落ち着けて気合を入れる。

「あ、あのっ。本当に、四ッ橋先生とは、お、お付き合いできないんです」

 四ッ橋先生は悲しそうに眉根を下げた。そしてスマホをタップする。

『せめて、さん付けでお願いします』

 えっ、そっち!?

『今日のお見合いと何が違うんですか。喋らない僕じゃどうして駄目なんですか』

 ああ~、もう! 私の優秀すぎる自動アテレコ機能~~~っ!!
 私は顔を両手でおおう。

「文字でもっ、四ッ橋せっ、四ッ橋さんの声が聴こえてくるんです! もう私、恥ずかしくて恥ずかしくてどうしたらいいのか……っ!
 こんなんじゃとてもお付き合いなんてできません!!」

 なんでこんな恥ずかしいこと言わせるのよっ! 穴を掘ってでも入りたいぃぃぃー! ここから走り去ってしまいたいぃぃぃー!!

 …………あれ?
 私の呼吸が恥ずかしさのあまり過剰になって、そして今やっと落ち着いたんだけど、リアクションが返ってきていない。息を整えるのに、結構な時間を使ってると思うんだよね。
 そろそろと顔を上げれば、四ッ橋さんが手の甲で口をおおい、顔を真っ赤にしていた。
 バチッと視線が合うと、ハッと体を震わせて、猛然とスマホを操作しだした。

『aqwsedfrtgyhujikolpazsxdcvfgbnhjmk』

 なっ、なに!? スマホから変な音出た! なにがしたいの、焦りすぎじゃないです?
 四ッ橋さんが指をスライドさせる。

『qawセdrftgyfuジコにはがめん上部から下に2本指で……』

 なにやらうにんうにんと音が変化して、聞き取れるようになる。
 音の速さを調節したんだねってこれ、パイさんの声だー! 使ってるスマホ一緒だわ。

『選択項目の読み上げ テキストの……』

 男パイさんに代わったー!
 四ッ橋さんは顔の赤みも引かないまま、スマホを操作し続ける。
 そして。

『これでどうでしょうか』

 おおおー、たまに違和感あるけどさすがパイさん。

『僕も正直言うとあなたと同じなのです。
 あなたを前にすると舞い上がってしまって、自分が何を言っているのか、わからなくなってしまいます』

 変な誤解はやめてくたさい、私は舞い上がってないし!

『一緒に慣れていって欲しい』

「そ、そんなの、どうやってですか」

『この状態から、始めてくれませんか』

 こ、この状態……。男パイさん声の四ッ橋さんと……、お友達からってこと?

「む、無理です! だって連絡も取り合えないじゃないですか!?」

 四ッ橋さんが顔を赤らめながらも、ふわっとさも嬉しそうに笑った。
 生イケメンを見慣れてる私でも、その笑顔はなかなかに凶悪だ。

『連絡取れればいいんですね?
 僕と同じメーカーのなら、既に読み上げ機能が付いていますし、もしなくても、読み上げアプリを入れるのはどうでしょう』

 あまりのことに口がパクパクしてしまう。
 なんだその、言質取ったぞ的な発言は。
 四ッ橋さんは、そんな私の委細構わずたたみかけてきた。

『ネックなのは僕の声だけですよね。僕自身が嫌いだと言うのならば仕方ありませんが、嫌われてはいないと思うんです』

 うぉい。イケメンだからって調子に乗るものじゃないですよ。いや調子乗ってもいいだけのイケメンレベルは持ってるけど、そういう問題ではなくてですね。
 た、確かに嫌いとは違うかもしれないけれども、でもですね……っ。

『お友達の承認も得られましたし、僕は若葉さんが』

 四ッ橋さんが慌ててスマホの電源ボタンを連打し、ヴイン……と震えてあたふたしている。あれは再起動になったかな。
 四ッ橋さんは顔を真っ赤にして、
 スマホを必死にフリックする。

『入力を間違えました。機械音声では言いたくないです』

 そ、そうですか。

『ずるいと思います』

 ――ずるいです。そうやって僕を翻弄して……あなたはずるい人だ――

 今朝の夢のあれキスがフラッシュバックする。

「な、なにがですか!?」

 声が裏返り語尾が強くなってしまう。
 リアルでこの人に、ずるいなんて言われる謂れはないと思うのですよ!

『機械音声にしたら、若葉さんは全然平気そうじゃないですか。僕ばかりでずるいです』

 そんなこと言われても冷静に考えると赤ら顔って、酔っ払いと変わらないことに気づいたんです。
 でもそう赤面しながら恨めしい顔で見られると、やっぱりちょっとこっちにも伝播する。
 二人でじわじわ顔を赤くしていると、ぶわっと喧噪が流れてきた。
 ハッとしてそっちに顔を向ければ、会場のドアが開き、春希が出てくるところだった。

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