16 / 48
16 恋愛魔王が強い
しおりを挟むあのエンカウントから数日後の、都内某所カラオケ店。うちの店ではない。うちの店高いもん。せめて大人数じゃないと行けない。
この店の平日昼間フリータイム、なんと朝8時から夜20時まで一人ワンコインだ。安い! アルコール飲み放題つけてもイチキュッパである。価格破壊ここに極まれり。
別に今、怒られているわけではないのだが、気分は正座したいところである。
春希がテーブルに片肘をついて私を眺め、片手はカクテルグラスを揺らしている。
室内は明るくも暗くもしていないのだけれど、それがなにか雰囲気を醸し出していて、私に対する圧力が増している気がする。
「それで? 初回以来スタンプしか返してないと。それってほぼほぼ無視では」
「いぃやぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!」
私は正面のテーブルに突っ伏した。
「私に謝ったって仕方ないでしょうが」
「だって無理。あれは無理なんだよぉぉぉおお!」
「そのうち電話かかってきても知らないよ?」
「ううううう……」
とりあえず現実逃避に、大人気アーティストのドームライブを本人歌唱で流してみる。
いいなぁ、こんな大会場を埋められるアーティスト好きになってみたいなぁ。それでライブに行ってみんなで盛り上がりたいなぁ。会場中でおんなじフリをして、おんなじ言葉を叫ぶんだ。フゥーッ!
付き合いで行ったライブや学園祭、海水浴や街なかで遭遇したゲリラライブは、私じゃメジャー曲しか知らないアーティストだったからか、いまいち乗り切れなかった。なんか恥ずかしさもあるしね。
ダスグリならドームだろうがスタジアムだろうが埋められると思うんだけど、いかんせん顔出ししてないから仕方がない。
ダスグリのライブなんて夢のまた夢、まずはまともに本人達が出ているPVすら夢とか、ファンになんのいじめなの。でも好き。むしろだから好き。
現実逃避に合いの手で叫んだ私を、春希が冷めた目で見てくる。
ううう、心が痛いよぉ。
にゅっと手のひらが差し出される。なんだ?
首を傾げれば、ニッコリかわいい笑顔で「スマホ見せて?」と言われた。
まぁ初めから春希にアドバイスもらうつもりで来てるからね。私よりよっぽど恋愛経験豊富だし。
「…………こんなの脈ありです、追ってくれと言ってるようなもんじゃないの」
冗談でしょ!? どこが!?
これでも私頑張ってるんだけど!?
すっごい頭をひねってひねって当たり障りのないスタンプ返してるんだけど!?
ほら、甘い系とかかわいい系は一切使ってないよ! もっとよく見てっ、私の意を汲んでぇっ。
「これは悪手ですよ若葉さん。本気で嫌がってないんじゃないのと思われても仕方ないわ。むしろ相手を本気にさせる高等テクニックなのではなかろうか?」
ふむ? とどこかの教授よろしく首を捻ったあと、ええ? ウソ、若葉サンわざと? あざと系でしたの? とニヤニヤヒソヒソ奥様の井戸端会議風に言われる。
「違っ、本当にあの声は無理で……っ!」
「ええー、それって嫌とは違うと思うな~」
耐え切れず私は再びテーブルに突っ伏した。
もうオーバーキルだからやめてぇっ。
「そりゃそうだよね、小学生の頃からずっと好きだったアーティストそっくりのイケボに、好みのイケ顔ついてて更にはお医者様でしょう?
そんなのにグイグイ来られたら恋愛偏差値高い私だってグラつくもの」
ここで春希は一旦溜めた。降ってこない声に恐る恐る顔を上げると、ニッコリと魔性の笑顔で私を追い詰める。
「恋愛偏差値ゼロの若葉は恥ずかしいんだよねぇ?」
ひぃぃぃぃぃ! やめてーっっ!
恋愛魔王が強すぎる!!
「なーんて、いじめるのはここまでにして、本当に若葉が良いなら、通訳、もしくはお断りメッセ入れてあげよっか?」
バッと顔を上げる。
えっ、本当に? いいの?
――でもでも本当に、それでいいの、私?
困惑する私に春希がケロッと次の言葉を続ける。
「但し、私と婚活パーティー参加してね?」
「へ?」
突然のことにぽかんとする。
今まで何度も、時間が合えば合コンは参加している。確かに声フェチこじらせてるけど、別に男性が苦手でもないし特にコミュ障でもないので、サークルの延長みたいなものだ。
連絡先交換して連絡しあってみたり、ご飯に行ってみたりしたものの、なんとなく合わないとか疲れるとか感じて結局お付き合いまで発展しなかった。大学での出会いもそうだ。ナンパはお断りしてるけど。
春希も私に参加強制してくることもないし、「彼氏一度は作ってみるべき」とは言うものの、紹介とかで押し付けられたこともない。
「それがね、出してみたら受かっちゃったんだよぉ、医・者・コ・ン」
「イシャコン?」
なんぞそれ?
マザコンの親戚? オケコンとかコンサートのコン? あっ、コンテストのコン? 受かったとか言ってるし。
イシャ……医者、慰謝料、イシャキイモコンテスト……は無理やり感あるな。
「セレブリティーな婚活パーティーよっ」
春希がビシィッと斜め上を指差し見つめながら、高らかに宣言した。
うえええ? つい目を指先の向こうにやるが、もちろんそこにはスピーカーくらいしかない。
セレブが集まる婚活パーティー?
どんなものか多少の興味はあるけど、そんなちっぽけな好奇心を吹っ飛ばす、春希のポージング付き宣言が、めんどくささを予感させた。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?
すず。
恋愛
体調を崩してしまった私
社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね)
診察室にいた医師は2つ年上の
幼馴染だった!?
診察室に居た医師(鈴音と幼馴染)
内科医 28歳 桐生慶太(けいた)
※お話に出てくるものは全て空想です
現実世界とは何も関係ないです
※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる