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14 あ、フラグ
しおりを挟むその日のバイトは上がらせてもらえた。そんなにひどい顔色だったのかな。少し凹む。メンタル豆腐ですか。
レストランとフォローしあえるからわりと融通が利く。そういう気兼ねが少なくて済むのも、ここが超優良バイト先な理由の一つだ。
何より早退できたのは今日が平日なのが大きい。休日前だったら多少の貧血くらいじゃ帰りたいなんてとても言えない。
気が付いたら家の湯船に沈んでいた。
『やばい まともな記憶がない』
お風呂のふたの上にタオルを敷いて、防水ケースに入ったスマホに開かれたトークSNS。そして春希に送られたメッセージ。
ピッと、驚いた姿勢のネコに「!?」マークのスタンプが送られてきた。
今日、朝までバイトだったはずでは?という意味だと思う。
『早退した』
『何があったの 大丈夫?』
『(マイク)(クラブ)エンカ』
マイクの絵文字はバイト先のこと、トランプのクラブマークの絵文字は、クローバーこと四ッ橋先生のことで、つまり『バイト先で四ッ橋先生と遭遇した』である。
草が飛び交って転げまわっているシュールなネコのスタンプが来た。他人事だと思ってぇ~。
お返しにネコのキャラが真っ白に燃え尽きてるスタンプを貼る。私のネコキャラの方は、基本モフカワさ重視である。
『バイト先割れたのね』
『連絡する約束もした、、、』
ビックリ顔のネコスタンプと、ドンマイ!と小憎らしい表情をしたネコのスタンプが来る。
私はたまらず通話ボタンをタップした。
「もうどうしよう! 無理なんだってば! あの声と話すとか無理なんだってば~!」
『なんでそんな約束しちゃったの。いつも通り、仕事中ですからスマイルで乗り切れなかったの?』
「あの声に言われたら勝てないんだよ私はぁっ!」
『あっはは! 惚れすぎ~逆切れやめて~』
「私が好きなのはダスグリのdaiですー!」
春希はひとしきり笑う。
『それで? どんな感じだったの?』
「……お、お友達から?」
『ぶっっっ! ちょ! そんなこと口に出して言う~!?』
「いや! 言ってない、言ってないよ! そんな感じだっただけ!」
なぜだか焦って訂正する。別に四ッ橋先生にどんなイメージが付こうが私には関係ないんだけど。
『え、なんなの、向こうも恋愛初心者とか言うオチ?』
「そんなこと私に聞かれてもわかんないよ」
ブクブクブクとお湯に沈んでいく。
ASMRが使えなくなった今の私にとって、癒しはお風呂しかない。
最近聞いてるのは、クラシックやアニメ、海外映画の音楽ばかりだ。邦楽でも洋楽でも、普通のアーティストの曲は聞けずに、イメージがすでに固定されているものしか手が出せない。
ああもう、このまま湯船で眠れたら幸せなのに。……永眠しちゃうからやりませんが。
『あれは? いつもみたいにイメージぶっ壊れるやつ。顔見れたんでしょう?』
「それが……」
『もしかして顔情報小出しが効いた?』
「効いてた……」
『おおー、それでそれで?』
春希がわくわくしているのが手に取るように伝わってくる。
あー、あの声にイメージ通りのイケ顔乗ってるとか反則だぁ……。
「……イケメンだった……」
『へーー! いいじゃんいいじゃん! 若葉のイケメンって判断が難しいのよね。そんなのユー! お友達から始めちゃいなよぅ!』
「もー! 勝手なこと言わないでー!」
『別に付き合えって言ってるんじゃないじゃん。誰もが最初はお友達からなんだぞ? 良かったらそこから進めばいいだけっつーか、もしそうなるんだったら始まっちゃってると言うか?』
春希が浮かれっぷりのあまり、口調まで変わっちゃってなんだか悔しい。
「なにそれ意味不。草生やしながら言われても説得力ないし」
『逆にチャンスじゃんー、ほら練習だと思ってさ』
「もういいんですー、私はdaiに一生を捧げるんですぅ~」
『あ、フラグ』
「は?」
『今の! フラグ立った気がする』
「へ?」
恋愛フラグどころかまともに会話すらできる気がしないのに、フラグなんて立つわけないじゃん。
そもそもあの声の持ち主と恋愛する気はない。
『とにかく約束したなら連絡しなきゃだねぇ』
「あーーー、思い出させないでー」
『頑張って! 応援してる!』
「応援ねぇ?」
『協力できるとこはする』
んあー、代わりに断ってほしいなー。
『そうねー、うーん……通訳? とかご入用です?』
「あーね、マジ必要です」
でも通訳より代弁者がいい。
『もう交換日記(笑)から始めなよ』
たぶん、四ッ橋先生と喋れない私に最大限配慮した提案なんだとは思う。
思うし、言った本人も我慢してるんだろうけど、草が生い茂ってるのが見える見える。なんだこの可視化能力。もっと使える能力降ってこいっ。
「電話番号しか知らないんだってば。交換日記以前からハードル高すぎですよ!」
『あれなんだっけ? 認証確認とかで電話番号にメール送られてくるやつ。それでトークSNSのID送れば」
「あれ個人でも送信できるの? 知らなかった!」
『うんうん、頑張れー』
「ありがと、それならまだ頑張れそう……」
『また詳しく教えてよ』
「うん。努力するけど面白い話なんてなにもないよ? 期待しないでね」
『期待以外ないんですけど』
「どういう期待なのかあえて聞きませんけど、春希の期待通りにはならないからね!」
またぶはっと春希がさも堪えられないと言った風に笑う。
なんだよもー。
『楽しみにしてるわ。あー私もその先生に会ってみたいわ。都立病院の方、消化器科だったっけ? 行ってみようかなぁ~』
「たまのカゼくらいしかまともに病気しない人が何言ってるのさ」
『そこが問題なんだよね、行く理由が見当たらない』
「もう、バカにしてー。
遅くにありがと、明日もバイトなのにごめんね」
『いいよー、じゃあ次のバイト休みに会おー』
「了ー解、ありがとう、おやすみぃ」
『おやすみ、頑張ってねー』
「うぇ~い……」
『見事なテン下げうぇ~いどうもー』
そりゃテンションも下がるよ、こんなの私の埒外だもの。
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