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7 あれは俺が落とす

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「ルナ……?」

 俺の呟きは、教室のざわめきに掻き消される。
 もう顔なんて全然覚えてないが、雰囲気がルナに似ている気がする。バイオレットブルーの瞳に釘付けになる。
 ドクンとあの時の心臓の昂りがぶり返し、俺はパシンと手のひらで口元をおおった。

「あれ、香坂君だよね?」

「なんか雰囲気変わった?」

「ウソでしょ? まさかTSしたとか言わないよね?」

「ただのイメチェンだってば。だって、ねえ?」

「はあ? オメガとかふざけんなし」

 女共がヒソヒソと騒ぎ始めたのが耳に入ってくる。
 近くの友人たちが俺に寄ってきて囁く。
 本当に、香坂がTSしたのか?
 たしかにTSしたら面白いとは思ったが、まさか、そんなの。

「香坂、新年度講聴会からずっと休んでただろ? あやしいって言ってたオレ大正解じゃん!」

「ありゃオメガ確定っしょ、へぇ~オメガって雰囲気全然変わるんだな」

「今までの香坂知らなかったら、ただのそういう雰囲気持ってる男性にしか見えないんだな、オメガって」

「いやいや、遅れてきたミドスクデビューかも。香坂ならワンチャンあるよ」

「ありゃ元知っててもアリだな。ヤれないまでも、エントリーしてくんないかな?」

 entryだと? VCSの知人登録機能だったか。
 成人後に来る、JEBからのカップリング打診の遺伝子相性だが、このentryをしておいた相手から優先的に審査してもらえる機能だ。
 打診があった時は、JEBの指定する期間内に一度、その相手とセックスをするか、気分が乗らなければ献精センターで献精をしなければならない。
 ちなみに指定期間とは相手の排卵期なわけだが、JEBから相手を指定されるだけで、やることはいつもの国民義務の週2回献精と変わらないと言えば変わらない。
 俺は誰ともentryを交わした事はない。最近はentryの反対の、ブラックリストばかり増やしている気がする。

「なあ、龍玖とオメガって最強じゃね? 声掛けてみろよ! そんで、オレ達に紹介してくれよ~」

「マジで香坂なのかな? 本人じゃなくて、香坂と双子の妹かもしれないじゃん~」

 うるさい、黙っててくれ。
 紹介どころかentryだってさせる訳ないだろう。
 香坂だろうが誰だろうが関係ない。
 あれは俺が落とす。
 だが、言葉ではやんわりと、

「オメガは初めてだ。香坂でも落としてみせるよ。
 ――TSじゃなくても落とすけどな」

 ぼそりと呟き、不敵な笑みが浮かぶ。
 キリッと前を見つめていた奴が、すっくと立ち上がり口を開いた。薄く色付いたあの唇に触れたらどんな心地なんだろうか。

「相手を探す気はない。今までと変わらない態度で接してくれればいいから」

 ヤジに耐え切れず凛々しく発言したわりには、瞳の奥に怯えが見える気がする。
 男子からはピーピー口笛が飛び、女子からは驚愕と、少しの安堵の溜息が漏れた。
 驚愕はオメガが決定付けられた事、安堵は独り身宣言に対してだろうな。
 香坂の言葉を聞き、俺は笑みを深くする。

 本当に香坂だった。
 男だった時より髪も肌も更に色素が抜け、唇や目元は血色が透けるように赤みが増した。瞳までそうなのか、アイスブルーだったのがバイオレットブルーになっている。華奢さが増して、より中性的に見える。

 あいつはどうやって鳴くんだろう。
 あの時の、アバタールナみたいに、俺を好きなのに恥ずかしがって嫌がるのだろうか。
 恥ずかしがりながら俺に溺れていって、ひんひん鳴くのだろうか。そうして最後は俺にすがりつきながら果てるんだ。
 そうして俺は、俺に溺れ切ったあいつの体を散々に甘やかしてそれから――腰に血が流れ込みはじめているのに気付き、慌てて妄想を振り払った。
 だけど顔の緩みが止められない。口元にやっている手が外せないほどにニヤついてしまっている。
 あーヤバイ抜きたい。あいつを犯す妄想で今抜きたい。溜まりに溜まった1週間分が俺を突き上げてくる。

 実は香坂が今日まで休んでいた事に気付いていなかった。
 けれど正直、あの精神状態で香坂に会わずに済んでありがたかったな。
 臆面なく相思相愛オンリーワンを探していると言い切った香坂を前にしたら、何を言い出してしまうか自分でもわからないから。

 その休んでいた理由がまさかのTSとは。
 男の時にはあんなに鬱陶しく、俺を1週間も腹立たせ不能にした奴だったのに、オメガとなると途端になんて心を浮き立たせる存在になるんだろう。
 香坂なら他の女共のように、俺に媚びたりはしないはずだ。
 早く香坂と話すチャンスが来ないか待ち遠しかった。


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