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3章
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「どうすればいい、って言われてもなあ。」
つい心の声が口から漏れる。
紗綾の気持ちは痛いほどに理解できる。都合が良いとわかっていながら着いていくという行動も、その日切りになるかも知れないと予測できながらも流れにその身を預け抱かれることも。いつでも僕らにとって大事なのは今現在における充足感であり、その後に待つ未来でもなく、その未来から見た過去でもないのだ。それ故過ちを繰り返し、その都度傷つく。
「紗綾はさ、どうしたいわけなの?」
数秒の沈黙が流れる。もはや僕らの耳に店内の喧騒は届かない。
「そうだね。やっぱり一番はよりを戻せるといいかなと思うよ。もしも別れる前、いやそれよりももっと前かな、お互いが心の底から愛しているって言えて、その言葉をお互いが信じられたあの時と同じくらいの仲に戻れるなら。でもねそれは無理だって知ってるんだ。」
一度割れたグラスをもう一度引っ付けても、それはもはや元のグラスとは物が違う。引っ付けるために使った何かが介在し、亀裂の入った場所には、目には見えないかもしれないが、微少な傷が残る。それはきっと人間関係に至ってもそうだ。一度失った信頼を取り戻すことはできない。放たれた言葉にオフレコーディングの文字はない。経験上僕らはそれをよく理解しているから、自分の言動に強い責任を抱くことができる。たぶんそれを最小限の言葉に纏めたものが社会性というやつなのだろう。
「私は彼の事が今も好きだよ。でもあの時と同じように言えるかはわからない。それに彼がもし、私に好きだよなんて言ったとしても、私がその言葉をそのまま信じれるとは到底思えない。いや、いつかは思える日が来るかも知れないよ。でも相当時間はかかるよね。」
お互いの手元のビールはまだ半分ほどずつしか減っていなかったが、雰囲気のせいか二、三軒目に来たような気分だ。
「じゃあよりを戻す気はないんだね。」
紗綾は小さく頷いた。ジョッキグラスを両手で包み、結露してでた水滴が彼女の細い指に滴る。
「そうならさあ、やっぱりもう新しい出会い探すしかないんじゃないか?」
ビールを一口飲み、枝豆に手を伸ばしながらそんな軽口を叩いた。
「新しい出会いって行ってもさ、大学内で会う人と言えば学科内の知り合いばっかしだし、サークルなんてのも入ってないし、バイト先は塾だから自分より5つも年下だし、いったいどこにあるわけよ。」
「そんなもん探しゃどこにだってあるだろうに。」
ついつい言葉が荒くなったのは紗綾に腹を立てからではない。同じ事で自分も悩んでいたからだ。
誰かと別れた悲しみを埋めるのに最も手っ取り早く効果的なのは新しい出会いを見つけること。そんなことは今時小学生でもわかるだろう。ただそれがある種の人間にとっては難しくもあることを知るのはちょうど僕らくらいの年齢になってからだ。そしてこの「ある種」ってゆうのは僕らのようなある環境に依存し、外に出ることに嫌けがさし、いつしか有りもしない内と外という概念で境界策定してしまった人間だ。
結局のところ僕らは似た者同士であることを忘れていた。それは置かれている状況だけの話ではなく、内的な本質までもがである。
そんな事をぼんやりと考えているときに廉と話していたある馬鹿げたアイデアを思い出した。いや、僕が馬鹿げたと思っているだけで、世間一般の皆々様からすれば意外と当たり前の事なのかもしれない。紗綾が何かを行っているがいまいち耳に入ってこない。今はそれどころではない。これを紗綾に伝えるか否か迅速に決定するための脳内会議にかけなければならない。ひねり出した枝豆を口に運び、アルコールで押し込むほんの数秒で行われた議会の結果、若干票の差で賛成派が押しきった。
「なあ、」
まだ何かを話していた紗綾の文脈を立ちきる。
「マッチングアプリ始めないか?」
つい心の声が口から漏れる。
紗綾の気持ちは痛いほどに理解できる。都合が良いとわかっていながら着いていくという行動も、その日切りになるかも知れないと予測できながらも流れにその身を預け抱かれることも。いつでも僕らにとって大事なのは今現在における充足感であり、その後に待つ未来でもなく、その未来から見た過去でもないのだ。それ故過ちを繰り返し、その都度傷つく。
「紗綾はさ、どうしたいわけなの?」
数秒の沈黙が流れる。もはや僕らの耳に店内の喧騒は届かない。
「そうだね。やっぱり一番はよりを戻せるといいかなと思うよ。もしも別れる前、いやそれよりももっと前かな、お互いが心の底から愛しているって言えて、その言葉をお互いが信じられたあの時と同じくらいの仲に戻れるなら。でもねそれは無理だって知ってるんだ。」
一度割れたグラスをもう一度引っ付けても、それはもはや元のグラスとは物が違う。引っ付けるために使った何かが介在し、亀裂の入った場所には、目には見えないかもしれないが、微少な傷が残る。それはきっと人間関係に至ってもそうだ。一度失った信頼を取り戻すことはできない。放たれた言葉にオフレコーディングの文字はない。経験上僕らはそれをよく理解しているから、自分の言動に強い責任を抱くことができる。たぶんそれを最小限の言葉に纏めたものが社会性というやつなのだろう。
「私は彼の事が今も好きだよ。でもあの時と同じように言えるかはわからない。それに彼がもし、私に好きだよなんて言ったとしても、私がその言葉をそのまま信じれるとは到底思えない。いや、いつかは思える日が来るかも知れないよ。でも相当時間はかかるよね。」
お互いの手元のビールはまだ半分ほどずつしか減っていなかったが、雰囲気のせいか二、三軒目に来たような気分だ。
「じゃあよりを戻す気はないんだね。」
紗綾は小さく頷いた。ジョッキグラスを両手で包み、結露してでた水滴が彼女の細い指に滴る。
「そうならさあ、やっぱりもう新しい出会い探すしかないんじゃないか?」
ビールを一口飲み、枝豆に手を伸ばしながらそんな軽口を叩いた。
「新しい出会いって行ってもさ、大学内で会う人と言えば学科内の知り合いばっかしだし、サークルなんてのも入ってないし、バイト先は塾だから自分より5つも年下だし、いったいどこにあるわけよ。」
「そんなもん探しゃどこにだってあるだろうに。」
ついつい言葉が荒くなったのは紗綾に腹を立てからではない。同じ事で自分も悩んでいたからだ。
誰かと別れた悲しみを埋めるのに最も手っ取り早く効果的なのは新しい出会いを見つけること。そんなことは今時小学生でもわかるだろう。ただそれがある種の人間にとっては難しくもあることを知るのはちょうど僕らくらいの年齢になってからだ。そしてこの「ある種」ってゆうのは僕らのようなある環境に依存し、外に出ることに嫌けがさし、いつしか有りもしない内と外という概念で境界策定してしまった人間だ。
結局のところ僕らは似た者同士であることを忘れていた。それは置かれている状況だけの話ではなく、内的な本質までもがである。
そんな事をぼんやりと考えているときに廉と話していたある馬鹿げたアイデアを思い出した。いや、僕が馬鹿げたと思っているだけで、世間一般の皆々様からすれば意外と当たり前の事なのかもしれない。紗綾が何かを行っているがいまいち耳に入ってこない。今はそれどころではない。これを紗綾に伝えるか否か迅速に決定するための脳内会議にかけなければならない。ひねり出した枝豆を口に運び、アルコールで押し込むほんの数秒で行われた議会の結果、若干票の差で賛成派が押しきった。
「なあ、」
まだ何かを話していた紗綾の文脈を立ちきる。
「マッチングアプリ始めないか?」
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