君は煙のように消えない

七星恋

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3章

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 バイト帰りにコンビニに寄る。理由は二つ。一つは疲れた体に煙を入れてやるため。もう一つは晩御飯を買うため。正直のところバイト終わりの自炊というのはやる気がでず、そういう時はコンビニ飯で済ましてしまうのがたいがいだ。
 コンビニの外にあるベンチに腰掛け、手でライターの火を覆い、煙草に火をつける。一回で先が赤く灯る時はなんだか気持ちが良い。十二月の冷えた空気と共に煙草の煙を肺いっぱいに吸い込み、大量の白い息を吐き出す。辛口の煙が鼻腔を突き破る。実際のところは血液が一酸化炭素に犯されているだけなのだが、頭がフワッとする感じになり、なんだか心なしかスッキリとした気分になる。流石に外は寒いのだが、これだけはやめられない。バイト終わりの僕を癒してくれるのは今や煙草の煙と冬の冷めた温もりだけだ。そんなことを思いながら黄昏ていると、いつの間にか日は根本に差し掛かる。
 煙草の火を消し、店内に入る。外とは真逆で、明るく、物にあふれ、何より暖かい。籠を手に取り適当な商品を入れていく。飲み物や食べ物、菓子類に一瞥をくれてやる。パッと見て品定めし、大量の視覚的情報の海から選び出す。そんな大量消費社会の営みと言うものは、なんだか恋に似ている気がする。恋も結局直感や、そこから得られると予測される効用で相手を選ぶ。恋にも結局リスクが潜む。恋も結局いつかはなくなる消耗品で、きっとだいたいひんというのは次から次に出てくる。では愛というものはどうだろうか。そんな不毛な議論をこれ以上続けるほど、僕の心は暇じゃない。
 カップ麺とおにぎり、ビールを籠に入れてレジに並ぶ。僕は特段お酒に強いわけではない。むしろ弱い方なのだが、なんだか今日は飲みたい気分なのだ。恋の決めても、結局のところその時の気分だ。愛の決めては、もしかすると揺るがない真理かもしれない。
 薄汚いワンルームの自宅に着くなり、僕はエアコンのリモコンに手をかける。流石に寒くなってきて、隙間風万歳のボロアパートでは空調なしでは生きていけないと体が叫んだ。電気ケトルで湯を沸かしている間におにぎりを頬張る。スマホをさわりながら待っていると「カチ」っという音が狭い部屋に鳴り響く。プラスチックの器に湯を注ぎ、待つこと三分、本日のメインディッシュの出来上がりだ。缶ビールのプルタブを文字通り引っ張り、心地良い音を鳴らす。
 今はこんな生活だが、別れる以前はよく自炊をしていた。正確には、彼女と付き合っている間は、であって、さらにそれ以前は今と大して変わらぬ生活を送っていたのだが。
 美味しいものを食べるのが好き。そんな彼女を喜ばせる事が僕は好きだった。自炊を本格的に始めたのはそのお陰だ。彼女と一緒に過ごした時間、あの時僕と包丁は良きビジネスパートナーだった。
 あの日から、包丁は僕に刃を向けた。もっと分かりやすく言えば包丁を持つのが怖くなった。その鋭利な刃がいつ僕の柔らかい動脈を横に断つのか。そんな恐怖が僕に包丁を握らせなかった。
 僕が自炊をしなくなったのは面倒からではない。性格には怖さからだ。自分に内在する、自己に向けられた狂気。その根元であるネガティブ思考。そういったある種の危険因子を抑制するべく働く恐怖心こそが僕の正気を保ってきた。僕は失恋一つで命をも失いかねない。でも、自分でその生涯に幕をおろしてやれるほど勇敢な愚者にはなれないようだ。
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