君は煙のように消えない

七星恋

文字の大きさ
上 下
21 / 24
3章

1

しおりを挟む
 突然だか、僕はカフェでアルバイトをしている。カフェといっても特段お洒落なわけでも、レトロで味のあるわけでもない、ごく普通のチェーン店だ。ここで働き始めたのはちょうど彼女と別れる一ヶ月ほど前の話で、前職はスーパーの品だしとレジうちだった。スーパーの店員をやめた理由としてはただ仕事に飽きたこと、カフェの店員を始めたのは美味しいコーヒーをただで飲めると思ったからだ。勤務初日に賄いどころか社割すら効かないことを知り、1ヶ月でルーティーンワークに飽きた。もっとお洒落な場所で働いていれば彼女にふられずにすんだのではという事を幾度か考えたが、きっと結果は同じだっただろう。
 課題に怯える十一月末を乗り越え、ついに今年も最終月が訪れた。師が走るほどに忙しいという月だが、僕ら学生は誰かの師ではないので特段いつもと変わりはない。そんなわけで廉の助言にあやかり、今月はいつもより多めにシフトを組んでみた。ちょうど夏休みでためまくった貯金も切り崩すものが無くなっていたところだったこともある。
 今日は十八時からの勤務で、二十二時に閉店。勤務時間はたかだか四時間だが、この短い間で翌日のモーニングの準備から後片付け、廃棄の管理をスタッフ二人で行う。接客もこなしながらなので面倒ではあるが、幸い自分は仕事覚えは早い方なのでとっくに慣れた。慣れるまでが早いから飽きるのも早いのかもしれない。
 この時間帯は店長もおらず、なんだかんだでだべりながら作業ができる。たまたま一緒に入っていた同僚Aとモーニングの仕込みをしながら適当な話をする。別に同僚Aは彼でも彼女でもいい。年上でも年下でもいい。僕はただ職場での関係をそれ以上のものにしたくない。だから彼及び彼女らはみな一様に同僚Aだし、同僚Aにとっての僕もまた同僚Aだ。
「最近冷えてきましたね。」
沈黙を破るはじめの一言は大概が天気の話しだ。
「もう十二月ですもんね。」
同僚Aが答える。当たり障りのない答えが僕らの関係に適当だ。
「もうすぐクリスマスですね。」
続けて同僚Aが言う。
「そうですねえ。」
「誰か一緒に過ごす人は居るのですか?」
 この人に彼女の話をしたことがあったか否かは覚えていない。そんな事はどうでもいいほどに僕らの関係はいかにも消費社会チックだ。利害のために必要だから共に居る。僕と同僚Aがこの狭いカウンターで共存するのに「彼女」の話の有無は重要でない。
「特に居ないですよ。」
微笑みを加えて僕は返す。できれば「最近までいたのですが」と付け加えて強がって見たかったが、これもまた不要だ。
「そうなんですね。意外です。モテそうなのに。」
同僚Aもまた微笑みと共に返す。これはきっと微笑みを加えたというより、微笑みに加えたという感じだろう。
「そちらはどうなんですか?」
「自分も特には。誰かいい人居ませんかねえ。」
「同感です。」
 ちょうど話しの切れ目で客が来た。「いらっしゃいませ」といいレジに向かう。 
 作業をして、話して、「いらっしゃいませ」の空虚な繰り返し。クリスマスの予定もない僕はそれでも我慢して働いてみる。クリスマスの予定がないことを忘れるために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

処理中です...