君は煙のように消えない

七星恋

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2章

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 ところでさ、と先生が話の切り口を変える言葉をなげかける。
「お前は恋愛とはなにやと思う。」
 突然の質問に僕は戸惑いを隠せない。
「中学生みたいな質問しないでくださいよ。」
残りのコーヒーをぐいっと飲み干すと、先生はお代わり入れてくれようと、先ほどまで僕が口をつけていたカップに手を伸ばした。ありがたくご厚意に預かった。
 コーヒーをカップに注ぎながら先生が続ける。
「大事な話や。論文書くときにも言葉の定義付けは必須やろ。」
 カップを僕の目の前に置く。表面はふらふらと揺れる。
「例えばそのカップは何をするためのものや?」
 この質問の意図が読めないが、何かを飲むための物です、と答えた。
「本当にそれが正しいか?」
「正しいも何も、そうゆうものじゃないですか。」
「確かにお前にとってはそうかもしれん。でもそれが誰にとってもそうなんか?」
 そう言われると必ずしもそうであるとは僕には言い切れなかった。確かに言葉の通じぬ赤子にとっては、僕たちの常識は通用しない。
「もっと言えばや。」
こうなると先生の講義は止まらない。と言うより、止める人間も、理由も存在しない。
「物の用途とか、存在意義、そういうのを所有するのはその物の形じゃなくて名前やねん。」
 ますます意味がわからない僕の顔は、まさしく豆鉄砲を食らった鳩そのものだろう。
「つまりやな、お前がそれをカップと言う名前が付いてるものやと認識してるから、お前はそれをカップとして使用するねん。」
ここまできてもまだピンとこない。
「例えばここに一つの台があるとする。そこで俺が、これは机ですと言えば、お前はこれを机として利用するやろうし、これは椅子ですと言えばお前は堂々とここに座るやろう。」
なるほど、確かにそうかもしれない。
「これが名前、もっといえば言葉の持つ力や。人や物、事情ってゆうのは言葉を与えられて初めて認識される。まあかなり哲学的な話やけどな。」
「よくわかりました。でもそれがどうして最初の質問と結び付くのですか?」
 一呼吸おき、コーヒーで喉を潤した先生が腕を組み直す。
「要するにやな、名前と意味は本来同時に現れる。だから物と名前、意義の構造を成すことができる。これに意味付けが間に合えへんと、その名前はあって無いに等しいねん。つまり、恋愛とは何か、に答えられへんってゆうのはな、恋愛に迷ってるやつにとって出口が無い状態や。恋愛が悩みの種でありながら、その存在を確認できてないってことやからな。」
 ここまで聴いてやっと全容を理解した。否、全てではないのだろうが。
「せやからもう一回聴こう。恋愛とは何や。」
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