15 / 24
2章
4
しおりを挟む
「なんか、ごめんね。」
冷めたカフェラテを一口飲んで、紗綾はそんな言葉を投げ掛けた。
「謝るなよ。僕の事心配して連れ出してくれたんだろ?」
紗綾は特に頷きもしない。相当負い目を感じているらしい。
「君って本当に優しいんだね。」
「なんだよ、急に。」
そう返すと一瞬の沈黙が生まれた。
いつの間にか西日の位置は低くなり、東の空は暗くなっている。もうすぐ今開講されている講義も終わり、門の前は電車を急ぐ学生で埋め尽くされる。カフェ内の席は疎らに埋められ、彼ら彼女らの話し声がBGMと調和する。私ね、と言う紗綾が投げた一単語から主旋律が奏でられ始める。彼女の声が綺麗かと言われれば、あまりよくわからない。だがとても落ち着く声だ。
「次の彼氏にはお風呂上がりの髪の毛を乾かして欲しいんだ。」
何を言い出すのだろうか。意外すぎる言葉に僕は目を見開いた。
「君は彼女のお風呂上がりの髪拭いたことある?」
僕は数度縦に首を振った。シャワーを浴びたあの子の姿を思い出す。濡れた髪、湿った頬がいつもより色気を増させる。それをバスタオルでわしゃわしゃと拭く。雨の中を散歩してきた子犬のような笑みを浮かべる。ドライヤーで乾かしてやる。日向に眠る子猫のような微笑みをくれる。出来上がり、僕がシャワーを浴びに行こうとすると少し寂しそうな顔をする。一連の流れの愛しさに、僕はつい彼女を抱き締める。
「だよね。私もそうしてほしくてさ、彼に言ったのよ。髪を乾かしてって。すると彼はさ、そのくらい自分でやれよ、だって。」
「きっと女の子の髪を乾かす楽しさを知らないんだよ。」
僕は笑ってそう返した。かもね、と紗綾も笑った。
「それに、女の子の髪って綺麗で、傷つけたくないんだよ。僕も、これでいいのかなっていつも不安だったよ。」
僕は一応紗綾の元カレの肩をもった。実際そう思っていた自分もいたし、紗綾がまだ彼の事を愛している以上、その想い人の否定をするのは気が引ける。だが、紗綾はこれを否定した。
「それはね、違うんだよ。そんな事は気にしないの。どんな歪な形でもいい。ちゃんと愛している事を示して欲しいの。髪を傷つけたくないならそう言って欲しい。そしたら、私が彼に髪の毛の乾かし方くらい教えるのに。」
愛の証明。紗綾が欲しかったのはそういうものらしい。
「もちろん、自分勝手だってわかってる。でもね、ある意味そうゆうのを見せてほしくて付き合ってるって部分もあるんだよ。別に結婚をして、子供が居て、その子を育てるために一緒にいるわけじゃないでしょ。一般的にはさ、家族でもない他人とこんなに密度ある時間を過ごすってゆうのは長い人生の中で本当に僅かな期間なわけで、そうゆう時期だからこそ歯の浮くような恋愛をしてみたいものじゃない。」
結局ね、と言い彼女は続ける。
「最後の方はね、彼が私に好きって言ってくれたのはセックスをしているときだけだったの。」
夕暮れのカフェ、回りには他の学生や外からの客が居るなかで、セックスという単語はあまりにも似つかわしくなかった。それでも僕は彼女の語りに耳を傾ける。
「もっと言って欲しかったの。好きとか、可愛いとか、愛してるとか。」
紗綾の声が震える。
「もっと見せて欲しかったの。私に向ける愛の形を。」
彼女の肩も震え出す。
「だからつい甘え過ぎちゃった。すると彼は浮気したの。」
きっと彼女の別れ話は良くあることだ。ありふれた、それこそドラマなんかで見るベタな展開。それでも、当事者を目にするとここまで心が痛むとは。
「正直に言うとね、私は君の元カノさんが羨ましい。」
紗綾が僕の目を見つめる。今度は僕も逃げない。真摯に話を聴いてくれた、僕を励まそうとしている紗綾の一挙手一投足に心を向ける。
「君は彼女の心の病から逃げず、愛をもって向き合った。その愛を色々な形に昇華した。手料理であったり、対話であったり、セックスであったり。別れる時も彼女の事を想い続け、その一ヶ月後の今でも、君の愛が止むことはない。きっとあの子にとって、君は誇るべき元カレだ。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
僕は紗綾に微笑みを向けた。きっと僕らは似た者同士だ。愛する他者からの愛が僕らの生きている事の証明。そんな彼女の言葉だからこそ、僕の死んだ心がうかばれる。
「感謝してね。」
「もちろん。」
「じゃあさ、カフェラテ冷めちゃったから新の買って。」
ふざけるな、と僕は笑った。彼女も笑った。いつの間にか授業が終わるチャイムがなっていたようで、門の前には人だかりができている。
こみあった電車が嫌いな紗綾の為に、結局僕はカフェラテを買わされた。
冷めたカフェラテを一口飲んで、紗綾はそんな言葉を投げ掛けた。
「謝るなよ。僕の事心配して連れ出してくれたんだろ?」
紗綾は特に頷きもしない。相当負い目を感じているらしい。
「君って本当に優しいんだね。」
「なんだよ、急に。」
そう返すと一瞬の沈黙が生まれた。
いつの間にか西日の位置は低くなり、東の空は暗くなっている。もうすぐ今開講されている講義も終わり、門の前は電車を急ぐ学生で埋め尽くされる。カフェ内の席は疎らに埋められ、彼ら彼女らの話し声がBGMと調和する。私ね、と言う紗綾が投げた一単語から主旋律が奏でられ始める。彼女の声が綺麗かと言われれば、あまりよくわからない。だがとても落ち着く声だ。
「次の彼氏にはお風呂上がりの髪の毛を乾かして欲しいんだ。」
何を言い出すのだろうか。意外すぎる言葉に僕は目を見開いた。
「君は彼女のお風呂上がりの髪拭いたことある?」
僕は数度縦に首を振った。シャワーを浴びたあの子の姿を思い出す。濡れた髪、湿った頬がいつもより色気を増させる。それをバスタオルでわしゃわしゃと拭く。雨の中を散歩してきた子犬のような笑みを浮かべる。ドライヤーで乾かしてやる。日向に眠る子猫のような微笑みをくれる。出来上がり、僕がシャワーを浴びに行こうとすると少し寂しそうな顔をする。一連の流れの愛しさに、僕はつい彼女を抱き締める。
「だよね。私もそうしてほしくてさ、彼に言ったのよ。髪を乾かしてって。すると彼はさ、そのくらい自分でやれよ、だって。」
「きっと女の子の髪を乾かす楽しさを知らないんだよ。」
僕は笑ってそう返した。かもね、と紗綾も笑った。
「それに、女の子の髪って綺麗で、傷つけたくないんだよ。僕も、これでいいのかなっていつも不安だったよ。」
僕は一応紗綾の元カレの肩をもった。実際そう思っていた自分もいたし、紗綾がまだ彼の事を愛している以上、その想い人の否定をするのは気が引ける。だが、紗綾はこれを否定した。
「それはね、違うんだよ。そんな事は気にしないの。どんな歪な形でもいい。ちゃんと愛している事を示して欲しいの。髪を傷つけたくないならそう言って欲しい。そしたら、私が彼に髪の毛の乾かし方くらい教えるのに。」
愛の証明。紗綾が欲しかったのはそういうものらしい。
「もちろん、自分勝手だってわかってる。でもね、ある意味そうゆうのを見せてほしくて付き合ってるって部分もあるんだよ。別に結婚をして、子供が居て、その子を育てるために一緒にいるわけじゃないでしょ。一般的にはさ、家族でもない他人とこんなに密度ある時間を過ごすってゆうのは長い人生の中で本当に僅かな期間なわけで、そうゆう時期だからこそ歯の浮くような恋愛をしてみたいものじゃない。」
結局ね、と言い彼女は続ける。
「最後の方はね、彼が私に好きって言ってくれたのはセックスをしているときだけだったの。」
夕暮れのカフェ、回りには他の学生や外からの客が居るなかで、セックスという単語はあまりにも似つかわしくなかった。それでも僕は彼女の語りに耳を傾ける。
「もっと言って欲しかったの。好きとか、可愛いとか、愛してるとか。」
紗綾の声が震える。
「もっと見せて欲しかったの。私に向ける愛の形を。」
彼女の肩も震え出す。
「だからつい甘え過ぎちゃった。すると彼は浮気したの。」
きっと彼女の別れ話は良くあることだ。ありふれた、それこそドラマなんかで見るベタな展開。それでも、当事者を目にするとここまで心が痛むとは。
「正直に言うとね、私は君の元カノさんが羨ましい。」
紗綾が僕の目を見つめる。今度は僕も逃げない。真摯に話を聴いてくれた、僕を励まそうとしている紗綾の一挙手一投足に心を向ける。
「君は彼女の心の病から逃げず、愛をもって向き合った。その愛を色々な形に昇華した。手料理であったり、対話であったり、セックスであったり。別れる時も彼女の事を想い続け、その一ヶ月後の今でも、君の愛が止むことはない。きっとあの子にとって、君は誇るべき元カレだ。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
僕は紗綾に微笑みを向けた。きっと僕らは似た者同士だ。愛する他者からの愛が僕らの生きている事の証明。そんな彼女の言葉だからこそ、僕の死んだ心がうかばれる。
「感謝してね。」
「もちろん。」
「じゃあさ、カフェラテ冷めちゃったから新の買って。」
ふざけるな、と僕は笑った。彼女も笑った。いつの間にか授業が終わるチャイムがなっていたようで、門の前には人だかりができている。
こみあった電車が嫌いな紗綾の為に、結局僕はカフェラテを買わされた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説


【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる