5 / 24
1章
4
しおりを挟む
課題が終わらない。
いや、実際のところ終わらせようと思えば直ぐに終わるのだが、この時の僕は終わらせたくなかったのだと思う。
彼女と別れてもう二週間が経とうというところだった。
取る講義のどれもに大量の課題が課されるのは我が学部では今日が終われば明日が来るのと同じくらいに当たり前だった。幸いにも自分は今学んでいる分野には興味がある方だし、そこそこに勉強は出来るので周りよりは首尾よくこなしているのだか、それにしてもあの教授陣にいつ毒を一杯盛ってやろうかと考えたことは一度や二度ではない。
それでも今はその憎たらしい試練擬きですら手元から放したくなかった。藁どころか蕀にもすがる思いだった。何もしていないと、心のぽっかりと空いた隙間に彼女が居座る。何でもいい。とにかく型を埋めたかった。それができるのなら毒でも酸でも飲むだろう。
「進んでる?」
自習スペースで対面するように座る紗綾が僕に問いかけた。
「まあまあかな。」
「まあまあなんだ。」
つまらなさげに彼女は返した。
「どっちだったらよかった?」
「進んでたら教えて欲しかっただけだよ。」
紗綾と仲良くなったのは自分がふられて二三日した時のことだった。それまでは、顔見知りではあるけど自発的に声を掛け合うことはなかった。そんな僕らがなぜ二人きりで向き合いながら課題をし、小言を挟むようになったのか。
類は友を呼ぶだとか、同じ穴の狢と言うのはよく言ったものだ。簡単な話、紗綾も恋人に別れを告げられたのだ。それも、ちょうど僕と同じ日に。
僕がふられた次の日に大学の食堂で廉にその話をしていると、隣の席で紗綾が女友達に彼氏にふられた話をしているのが耳に入った。
「紗綾もふられたの?」
「そうなのよ、聞いてよ。」
そういって紗綾は僕たちのもとへやってきた。そこからはお互いふられた経緯や、相手をどう思っているかという話をした。いつの間にか三人で飲みに行く約束までした。
紗綾が付き合っていた男は同じ学部で一つ学年が上の優男だった。成績優秀なことで有名だったため、他学年との関わりのない自分も名前と顔くらいは知っていた。
紗綾は簡単に言えば浮気をされた。別れるときは「好きじゃなくなった」と言われたのだが、後日彼の家に私物を取りに行ったときに、知らない歯ブラシが洗面所に置いてあったらしい。
その話を居酒屋で聞いた僕は、彼女の計り知れない程に深くえぐられた傷に同情すると同時に、未だ捨てられず自室に残ったままの、あの子の歯ブラシを思いだし、自分にもそれだけの非情さがあれば少しは身を守れたのかもしれないと思い、未練がましく、その上で不謹慎な自分をまた嫌いになった。
「どこがわからないの?」
「ここなんだけど、読んでみて。」
彼女が僕の方にパソコンの画面を向けた。お世辞でもなんでもなく、困り顔を浮かべる紗綾は恐ろしく可愛かった。これだけの女性をふって、別の女を抱く彼女の元恋人が腹立たしいが、同時に男として羨ましくも思った。
いや、実際のところ終わらせようと思えば直ぐに終わるのだが、この時の僕は終わらせたくなかったのだと思う。
彼女と別れてもう二週間が経とうというところだった。
取る講義のどれもに大量の課題が課されるのは我が学部では今日が終われば明日が来るのと同じくらいに当たり前だった。幸いにも自分は今学んでいる分野には興味がある方だし、そこそこに勉強は出来るので周りよりは首尾よくこなしているのだか、それにしてもあの教授陣にいつ毒を一杯盛ってやろうかと考えたことは一度や二度ではない。
それでも今はその憎たらしい試練擬きですら手元から放したくなかった。藁どころか蕀にもすがる思いだった。何もしていないと、心のぽっかりと空いた隙間に彼女が居座る。何でもいい。とにかく型を埋めたかった。それができるのなら毒でも酸でも飲むだろう。
「進んでる?」
自習スペースで対面するように座る紗綾が僕に問いかけた。
「まあまあかな。」
「まあまあなんだ。」
つまらなさげに彼女は返した。
「どっちだったらよかった?」
「進んでたら教えて欲しかっただけだよ。」
紗綾と仲良くなったのは自分がふられて二三日した時のことだった。それまでは、顔見知りではあるけど自発的に声を掛け合うことはなかった。そんな僕らがなぜ二人きりで向き合いながら課題をし、小言を挟むようになったのか。
類は友を呼ぶだとか、同じ穴の狢と言うのはよく言ったものだ。簡単な話、紗綾も恋人に別れを告げられたのだ。それも、ちょうど僕と同じ日に。
僕がふられた次の日に大学の食堂で廉にその話をしていると、隣の席で紗綾が女友達に彼氏にふられた話をしているのが耳に入った。
「紗綾もふられたの?」
「そうなのよ、聞いてよ。」
そういって紗綾は僕たちのもとへやってきた。そこからはお互いふられた経緯や、相手をどう思っているかという話をした。いつの間にか三人で飲みに行く約束までした。
紗綾が付き合っていた男は同じ学部で一つ学年が上の優男だった。成績優秀なことで有名だったため、他学年との関わりのない自分も名前と顔くらいは知っていた。
紗綾は簡単に言えば浮気をされた。別れるときは「好きじゃなくなった」と言われたのだが、後日彼の家に私物を取りに行ったときに、知らない歯ブラシが洗面所に置いてあったらしい。
その話を居酒屋で聞いた僕は、彼女の計り知れない程に深くえぐられた傷に同情すると同時に、未だ捨てられず自室に残ったままの、あの子の歯ブラシを思いだし、自分にもそれだけの非情さがあれば少しは身を守れたのかもしれないと思い、未練がましく、その上で不謹慎な自分をまた嫌いになった。
「どこがわからないの?」
「ここなんだけど、読んでみて。」
彼女が僕の方にパソコンの画面を向けた。お世辞でもなんでもなく、困り顔を浮かべる紗綾は恐ろしく可愛かった。これだけの女性をふって、別の女を抱く彼女の元恋人が腹立たしいが、同時に男として羨ましくも思った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる