君は煙のように消えない

七星恋

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 僕はとある私立大学のとある文系学部に在籍している。この「とある文系学部」というのが色々な部分で特殊なのだ。
 まず学生数が少ない。普通、私立の大学なら学部における一学年の学生数は500を越えたりするものだが、うちの学部は百数十人しかいない。だから、基本的に学部内で会う人間とゆうのはほとんどが顔見知りになる。
 もうひとつ、出る課題の量が異常なのだ。他の学部を知らないが、毎週のように英語で書かれた学術論文を読まされ、次の週の頭でその記述に関する小テストを行う授業なんか、この大学では僕たち以外にしている者はいないだろう。基本的に学内の自習スペースには知り合いの誰かがいる。学校が完全に閉門する夜の十時まで残ることも珍しくない。
 そうゆう学部なだけに、同じ学部内での僕らの結束は強い。毎週のように現れる課題と言う名の宿敵を倒すために共闘する僕らはもはや大戦を切り抜けてきた戦友みたいなものだ。
 そうゆう間柄だから、仲間内での噂と言うのはすぐに広がる。誰が誰と付き合っただの、別れただの。僕も例にも漏れずそうだった。彼女と付き合い始めたときは一週間で知れ渡り、別れたときは三日で周知された。
 煙草を始めたことも直ぐに拡散された。SNSでシェアをするかのように、僕のどうでも良い個人情報は瞬く間に仲間内の隅から隅へと行き渡った。
「どうよ、煙草。」
「うーん。悪くない。」
「だろ?」
学校での自習時間の休憩がてらに一緒に喫煙所に行くのが僕と廉の日常の一コマに追加された。
「でもね、ちょっと高すぎるよ。」
一箱五百円のケースを見ながら僕は呟いた。
「昔はもっと安かったらしいけどね。」
 煙草を始めた理由を話したのは廉にだけだ。他の連れには「なんとなく」で通している。まあ、彼ら彼女らにもなんとなく察しはついていたかも知れないが。
「知らなかったよ。」
「何を?昔は安かったってこと?」
「そうじゃなくて、」
煙を一吸いし、おもいっきり肺にいれ、それをゆっくり吐き出して宙に浮かんで消えていくのを見送って僕は言った。
「恋をするのと同じくらい、恋を止めるのにも金がかかるってこと。」
意図しなかった言葉に吸いかけの煙が変なところに引っ掛かったのか、彼は噎せた。
「変なこと言うなよ。そんな回りくどいことするのはお前くらいだよ。」
廉は笑いながら、また筒を口に運ぶ。
「でもさ、」
今度は真面目な顔になった。
「ずっと続けてきた何かを止めるのって、何かを新しく始めるよりも勇気がいる時があるだろ。たぶん、今のお前はそうゆう状況なんだ。」
「なるほどねえ。」
「いや、わかるのかよ。」
 何かを始めるのには勇気がいる。失敗や恥をかくと言う可能性は常に付きまとうから。でも、何かを好きと言う感情はそんなものを屁とも思わないもので、恋に関してもそれは同じだ。そしてそこには大きなきっかけなんて無くてもいい。好きだったり、興味だったり、それだけで始めるのには十分すぎる理由なのだ。
 でも、なにかを止めると言う行為はそうじゃない。止めるためには、強制的ではないかぎり、外的なきっかけと内的なきっかけが必要で、今回に関しては彼女が僕を好きでなくなったと言うのが外的な要因だろう。でも、僕の内にはその要因がない。だから煙草を始めた。とことん彼女が嫌いな僕になる。そうすればそれだけで僕の内にある「きっかけ」と言うやつは満たされる。
 煙草を吸い終えた僕らは少しだけ話して喫煙所を後にする。
「あー、ハグしてえなぁ。」
「あー、キスしてえ。」
「わかる。」
こんな中学生みたいな会話も僕たちの日課になった。
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