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<フリーター探索編> ~ジーナはどこへ消えた?~

第七十一話:ジーナさん、姿を消す

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 ワーグナー城、東端ひがしはしの庭園をひとり歩く。

 緑豊かな庭園には、赤、黄、橙などカラフルな色彩の花が咲く。
 ところどころに植えられた樹木じゅもくにはリンゴに似たカタチの果物が実る。
 熟した赤い実は瑞々みずみずしくて美味うまそう。
 楽園のような光景は質朴しつぼくとした感じのワーグナー城内では別世界だ。

 庭園の奥。
 温泉のあたりで、ポチャンと水が跳ねる音がする。ただし、人影は見えない。

 なんだろう? 木の枝でも湯に落ちたかな? 
 まあいいや、ジーナ・ワーグナーとエル姫に会うのが先だ。

 庭園の中央には、真黒いつたで覆われた黒檀こくたんの塔がそびえる。
 六階建ての塔からは神々こうごうしさと禍々まがまがしさが入りまじる不思議な印象を受ける。

 俺は、重々しい扉をノックし、黒檀こくたんの塔に入る。

 塔の一階は直径十五メートルほどの円形の部屋。
 殺風景さっぷうけいな部屋は、中央に石造りの螺旋らせん階段があるのみ。

「ジーナ、エル。いるかー?」
「わらわは三階におるのじゃ。階段で上がってきてくれなのじゃ!」

 エル姫の声は階段をつたって上階から聞こえてくる。

「わかった! ジーナも一緒か?」

 ジーナもすぐに返答してくるかと思ったが、妙にがあく。

 もう一度問いかけようとしたとき、「リューキさまっ! わたしもいるのじゃ……わ」とジーナの声が聞こえる。

 ん? 「のじゃ、わ」だと? 
 ジーナにエル姫の口癖くちぐせが移ったのかな?

 螺旋らせん階段を時計回りに二回周り、塔の三階に至る。

 木板の窓が開け放たれた三階は明るい。が、大きなテーブルの上には未整理の巻物や古文書のたぐいが積み上げられていて雑然ざつぜんとしている。
 白磁はくじの塔から持ち出したエル姫の荷物はまだ整理中のようだ。
 
 エル姫ことエルメンルート・ホラント姫は窓際に立っている。
 窓から入る風に彼女の長い黒髪が流れた。

「エル、お土産を持ってきたよ。ところでジーナはどこにいるんだ?」
「ジーナは四階の片付けをしておるのじゃ」

「あいつにも土産があるし、相談したいこともある。ちょっと呼んでくるよ」
「ダメなのじゃ! イケないのじゃ! 四階はわらわの私室プライベートスペースなのじゃ。リューキはわらわの夫とはいえ、女子の私室プライベートスペースに入ってはいけないのじゃ! わらわがジーナを呼んでくるゆえ、リューキはここで待っててくれなのじゃ!」 

 エル姫が螺旋らせん階段を駆け上がる。
 妙にバタバタしている気もするが、まあいいや。

 収納袋を開け、ふたりに頼まれていたお土産をテーブルの上に並べる。

 エル姫には書物。
 神紙しんしの使い手である彼女が特に欲しがった「紙」関連の本を十冊ほど並べる。
 「紙を科学する」、「紙の基礎知識」、「古紙のリサイクル」、「パピルス 偉大なる発明」なんてタイトルに、エル姫は喜ぶこと間違いない。

 ジーナには当然スイーツ。
 ふんわりホイップドーナツ、生乳仕立てのふんわりクリーム、ふわとろチーズのどら焼きなどの「ふんわり系スイーツ」を十個ほど本の脇に並べる。

 スイーツを一度に渡しちゃうとお子様のように一気に食べちゃうから、少しずつ渡すつもりだ。はは。

 ほほを優しくなでる風に心地よさを感じながら、ふたりが降りてくるのを待つ。

 上階でガサゴソする物音が数分続いたのち、パタパタと足音を鳴らせながら金髪美人のジーナが螺旋らせん階段を降りてくる。

 ただしエル姫はおらず、彼女ひとりだけ。

 そしてなぜか、ジーナはサングラスをかけていた。

「ジーナ、そのサングラスはなんだ?」
「この黒眼鏡サングラスはエルちゃんにもらった神器しんきなのじゃ、わ」

「ふーん。で、エルは降りてこないのか?」
「エルちゃんは四階で荷物を片付けておるぞよ、ですわ!」

「そーなんだ。てか、ジーナはエルのしゃべり方の影響を受けすぎじゃないか? 話し方がおかしいぞ」
「エルちゃんとひと晩じゅうお話ししてたら、口調くちょうが移ってしもうたのじゃ……わ!? わお、お、おーっ! これはスゴイのじゃ!!」

 黒眼鏡サングラスをかけたジーナ・ワーグナーが興奮する。

 お土産の並べられたテーブルに駆け寄り、「をガバッとつかみとる。スイーツには見向きもしない。

 なんで? いや……なるほど、そういうことか。

「こういう書物が欲しかったのじゃ! リューキよ、わらわは嬉しいのじゃ! お礼にホッペにチューしてあげるのじゃ!」
「うん、ありがとう。けど、ホッペにチューより教えて欲しいことがあるんだ」

「なんじゃ!? 何でも聞いてくれなのじゃ!」
「ホンモノのジーナはどこだ? ジーナなら本よりもスイーツを選ぶはずだからね。エルは本に興奮して演技ジーナのふりを忘れちゃってるぞ」

「は!? あああーーーーーッ! やってしもうたのじゃあーーッ!!」

 ジーナ・ワーグナーに化けていたエル姫が、床にぺたりと座り込む。
 彼女が腰を落とした拍子ひょうしに、黒眼鏡サングラスがポトリと落ちる。

 あらわになった目の色は、ジーナの青色ではなくエル姫の黒色だった。

 ジーナとエル姫は、ワーグナーの一族で従妹同士。
 髪、肌、目の色は違うが、ワーグナーの血の影響で身体の造りは瓜二つ。
 髪や肌の色は化粧メイクできても、目の色はごまかせなかったようだ。
 どうやら魔界にはカラコンはないらしい。

◇◇◇ 

 黒檀こくたんの塔、三階。

 エル姫は口を閉ざしたまま正座している。
 
「エル。いつまで黙ってるつもりだ? ジーナはどこにいるんだ?」
「……」

「エル、話してくれ。ここまでエルが強情になるってことは、単なるかくれんぼじゃないんだろ? なんだか不安になってきたよ。なにがあったんだよ?」
「……」

 エル姫はかたくなにだんまりを続ける。
 硬い石畳に正座して足が痛いはずなのに姿勢を崩さない。

 てか、俺が正座しろと命令したわけではないんだけどね。

「エルの声はジーナそっくりだったけど、あれも神器しんき御業みわざってやつか?」
「あれは違うのじゃ! あっ……」

 しまった! といった感じでエル姫が慌てて口を閉じる。

 彼女は神器しんきの研究者でもある。
 話題が神器しんきに及んだことで、つい反応してしまったようだ。

神器しんきを使ったんじゃないのか? どうやってジーナの声をマネたんだ?」
「それは、その、なんじゃろなあ? あはははー」

 俺の追求に、エル姫は笑ってごまかそうとする。 
 どうしても説明したくないようだ。
 
 急に窓から強い風が入りはじめる。
 つむじ風が発生し、テーブルの上に散らばっていた紙片が数枚巻き込まれる。

 同時に、ケラケラと笑い声が聞こえた気がした。
 
「デボネア! いたずらは止めぬか!」
  
 勢いよく立ち上がったエル姫が、宙を舞う紙片をつかみとる。
 
 つむじ風が霧がかったようにボンヤリと白くにじみはじめ、ひとの姿を形作り、妖精じみた顔立ちの美少女になった。

「エル姫はん! 観念かんねんしーや! リューキはんはボーっとしとるようで勘はするどいで。うちが風を使ってあんさんの声を変えたっても無駄やったな。ほな、さっさとジーナはんを探しにいこーや!」
「ダメじゃ! ジーナと約束したのじゃ! もう少し待つのじゃ!」

「約束ーっ? もう二時間も過ぎとるやないかー。あんさん、ジーナはんに何かあったらどないするつもりや?」

 全身真っ白な美少女がエル姫をまくし立てる。

 天女てんにょ羽衣はごろものような衣装を着たスレンダーな少女は、俺を知っているようだ。
 
 てか、エル姫は「デボネア」って呼んでたよな?
 デボネアって白磁はくじの塔で会った風の精霊シルフのデボネアしかいないよな?

「デボネア……お前、ちょっと見ない間に大きくなったな」

 久しぶりに親類の子に会うおじさんのように言ってしまう。

 でもまあ、俺が知っているデボネアは人形サイズの小妖精フェアリー
 目の前のデボネアは完全にヒトのサイズだから驚いても仕方ないだろう。

「リューキはん! 会いたかったでえ。ほな、これからよろしくなー!」
「よろしく、って。なにがよろしくなんだ?」

「なに言うてんねん! うちが、あんさんに精霊の祝福(ブレス)を与えてあげよーいうてんのさ。さっさとジーナはんを連れ帰って、そんでもって一緒に精霊界に行こうやないかー!」

 デボネアが上機嫌で答える。

 言ってる意味はよく分からないが、なにやら問題が発生しているのは分かった。

 守護龍ドラゴンヴァスケルは眠り、女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが不在のいま、俺は新たなトラブルを乗り越えることができるのだろうか。

 畜生ちくしょうーー!
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