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<フリーター帰省編②> ~消えた金貨を探せ~

第六十一話:フリーター、力を欲する

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 南国の太陽の下。
 プエルト・ガレラ近海。

 俺とヴァスケルは白鳥号スワンボートに乗って、権藤ごんどうのクルーザーを追いかけている。

「あはははー! たのしーねー!!」

 あねさんヴァスケルはご満悦まんえつ
 足こぎボートが面白くてしょうがないらしい。

 本来、白鳥号スワンボートはふたりでペダルをこいで進む乗り物だが、俺の出番はない。
 むしろヴァスケルがすんごい勢いでペダルをこぐので、俺が手出ししたら邪魔になる感じだ。
 おっと、出すのは手じゃなくて足だったな。
 まあどっちでもいいか。はは。

 ズボボボボーっと、足こぎボートにあるまじき音を立てて白鳥スワンは進む。
 クラッシュデニムのショートパンツからのびる美脚びきゃくは疲れ知らずだ。

 いわく、「水鳥みずとり優雅ゆうがに浮いているように見えて、実は水面下では必死に水掻みずかきをしている」らしいが、俺たちの白鳥号スワンボートは見た目からして優雅ではない。

 どこの公園の大噴水だよってくらい大きな水しぶきを上げている。

「リューキ! ボートってのはイイねー! あたい、ひとつ欲しくなったよ!」
「今回は土産みやげが多いから魔界に持って帰れないけど、いつか手に入れるか」
「ほんとうかい! 約束だよ!」
「ああ。モジャ……タナカさんに手配を頼んでおくよ」

 あねさんヴァスケルのテンションが上がる。

 白鳥号スワンボートの船足はさらに速まり、クルーザーの船尾が徐々に大きくなる。

 クルーザーと足こぎボートが、沿岸を帆走ほそうするヨットの間を追いかけっこする。

 ヨットに乗る白人のあんちゃんねえちゃんが驚愕きょうがくの表情を浮かべる。
 ハリウッドのパニック映画に出てくるような「OH! NO!」ってな感じだ。
 てか、外人さんは本当に両手で頭を抱えたり口をOの字にしたりするんだね。

 俺はにこやかに手を振ったが、ヨットの乗客はお返ししてくれなかった。残念。

「あん!? ゴンドーは沖に向かうみたいだね。逃がしゃしないよ!!」

 大型クルーザーは右に急旋回して沿岸から離れていく。

 白鳥号スワンボートは船体をミシミシきしませながら追跡する。

 沖に出ると波が大きくなり、小型の足こぎボートは翻弄ほんろうされる。

「リューキ! 海に落っこちないように気をつけな!」

 ザブンザブンと白鳥号スワンボートは揺れる。

 俺は懸命にイスにしがみつく。
 全身ずぶぬれで、口のなかは塩っ辛い。

「ヴァスケル! あと少しで追いつく! がんば……れ……」
「ん!? どうしたんだい? 頭でもぶつけたのかい?」

 急に黙り込んだ俺を怪訝けげんに思ったのだろう。
 全身びしょれのヴァスケルが上半身をこちらに向ける。
 
 だが、それはイケナイ行動だった。


……こんな状況で妄想ターイム! 生命いのちの危機と煩悩ぼんのうさんと、どっちが大事なんだい? いやー、仕方ないっすよ! 妄想はときと場所を選びませんから。じゃあ仕方ないね。おっと、これじゃあなにがなんだか分からないな。では問題です。ナニが妄想スイッチをオンにしたのでしょうか? 答え:「濡れた白いTシャツ」です。オー・マイ・ゴッド! 俺としたことが、どうして気づかなかったのか。「海と白T女子」なんて、混ぜるな危険級の組み合わせではないか! 定番の水鉄砲なんか必要ない! ゆさゆさ揺れるちち。うおおーっ! くくくっ……えいえい! 煩悩ぼんのう退散たいさーん! 『リューキは濡れた白Tから逃げだした。だが、まわりこまれてしまった』 てか、なんのナレーションだよ。だからいまはそんなときじゃあ……


「……爆透けるヴァスケル。いや、ヴァスケル。何度も言わせないでくれ。俺はお前の美しい肌をほかの男には見られたくないんだ」
「はあ!? ナニ言ってんだい! ここには、あたいたちしかいないじゃないか!」
「うん、そうだね。けどさ、せめてジャケットのボタンを留めてくれないかな?」
「しょうがないねえ……ほら、これでいいだろ? じゃあ、さっさとゴンドーを捕まえに行くよ!」

 濡れた白Tがジャケットで封印される。
 サヨウナラ、おっぱ……

 名残なごり惜しいというかモッタイナイというか、複雑な心境を押し殺す。
 畜生ガッデム!!
 それもこれもすべて権藤ごんどうが悪いんだ!
 
 小遣い稼ぎで金貨をコッソリ売った後ろめたい過去を棚に上げて、俺はすべての罪を権藤ごんどうに押し付けた。

 ガギンッ!

 間近で炸裂音がする。
 見ると、白鳥スワンの首に穴が開いている。
 白鳥さんのすました顔が痛々いたいたしい。

 クルーザーが方向転換し、こちらに向かってくる。
 デッキの上には銃を持った男が数人。
 周囲に船影がない沖合に出たからだろうか、権藤ごんどうは本性をあらわしたようだ。

「あたいに歯向はむかおうってのかい! 上等だよ!!」

 あねさんヴァスケルが啖呵たんかを切る。
 
「リューキ! あたいが盾になってやるから、ジーナの衣装に着替えな!」
「いま着替えるのか? なんでだよ?」
「そのほうが安全だからだよ! さっさとおしよ!!」

 あねさんヴァスケルにかされる。
 ヴァスケルは狭いボートのなかで立ち上がり、権藤ごんどうのクルーザーに背を向ける。
 そのまま俺に覆いかぶさるようにして、銃撃から俺を守ってくれる。

 ボスッ、ボスッと鈍い音がする。
 ヴァスケルの背中で銃弾が跳ねる音だ。

「ヴァスケル! 大丈夫か!?」
「くすぐったいくらいさ! そんなことはいいから早く着替えておくれよ!」

 バギンッ!!

 着弾音とともに、白鳥号スワンボートの屋根に大きな穴が開く。
 ボート内をプラスチックの破片が飛び散り、俺はひたいを切ってしまう。
 傷口は深くないが、血がポタポタと垂れる。

畜生ちくしょおーーーっ! よくもあたいのリューキをりやがったなあ!!」

 あねさんヴァスケルが俺の決めゼリフで叫ぶ。

 いやいや、俺、生きてるから……
 
「ヴァスケル。大丈夫、ただのカスリ傷だから」
「まったく、さっさと着替えないからケガするんだよ!! ……もう、リューキひとりの身体からだじゃないんだからね」

 叱責しっせきののち、ヴァスケルはさとすように優しく言う。

 てか、俺ひとりの身体からだじゃないって言い方は、まるで俺がか弱い存在みたいじゃないか。
 まあ、自分の身もろくにまもれないような弱小勢力の領主ロードだけどね。

 ジーナに貰った衣装に着替え終わる。
 相変わらず、ちっとも強くなった気がしない。
 なのに、ヴァスケルは俺の盾役たてやくをやめてしまう。

 途端に、銃弾がボスッと俺の腹に当たる。
 めちゃめちゃ痛い。
「ぐわー、俺、死んじゃうのかあ!!」と、心のなかで叫びながら腹を見るが、傷ひとつない。
 足もとに先っちょの潰れた銃弾が転がっている。

「ヴァスケル。俺って撃たれたよな? 痛いけど、血は出てないし、腹に穴もあいてない」
「はん!? 衣装を作ってくれたジーナに感謝するんだね!」
「マジか!? このシャツは防弾チョッキみたいなもんなのか?」

 ジーナに貰ったベージュ色のシャツをしげしげと眺める。
 えりがふわふわと波打つシャツは中世のヨーロッパ風。
 一見いっけんコスプレ扱いされそうな代物しろものだが、俺の生命いのちを救ってくれた優れモノ。
 もしかしたら魔界でも俺の生命いのちまもってくれてたのか?
 ぜんぜん気づかなかった……ジーナ、ありがとう!
 お土産みやげは期待しててくれ! 
 
 ボスッ、ボスッと連続して着弾する。
 やはりケガはないが、被弾した胸と太腿ふとももはとんでもなく痛い。
 痛む腿をさすってかがんだ瞬間、頭上ギリギリを銃弾が抜けていく。

「ヴァスケル。衣装に覆われていない頭や手もジーナの衣装が護ってくれるのか?」
「あん!? そんなことあるわけないだろ? タマを避けるか、マントに全身くるまるんだね!」

 オー・マイ・ゴッド!
 世の中そこまで甘くなかった。
 
 銃弾を目視で避ける動体視力も反射神経もない俺は、ミノムシのように全身をマントでくるむことにした。

 はは。俺、戦闘意欲ゼロだな。
 どうか笑ってくれ。
 てか、領主ロードになってから、俺はまもられてばかりだな。
 なんだか情けない。

「いいかげんアッタマきた! ちょいと待ってな。やつらにお灸をすえてやる!」

 ヴァスケルは身体からだをボワっと白光させ、堕天使だてんしモードに姿を変化チェンジさせる。俺が声をかける間もなく、白鳥号スワンボートから飛び立っていく。

 クルーザーに突撃するヴァスケルをマントの隙間から眺めながら、自分でも戦うすべが欲しいと俺は強く思った。
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