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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~
第四十七話:フリーター、白磁の塔を脱出する
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白磁の塔は崩壊寸前。
屋上にいる俺たちは、脱出する算段を練っていた。
「あたいはリューキと姫さんを連れてく。天馬には、エリカと残りを任せる」
「ヒッ? ヒヒヒーンッ!?」
主人との再会を喜ぶ天馬シルヴァーナに、守護龍ヴァスケルが宣言する。
さすがのムチャぶりに天馬もおずおずと異議をとなえた、ように見えた。
だって、俺は馬の言葉が分かんないからね。
けど、さすがに天馬一頭にエリカとゴブリン四人を乗せるのは無理だと思う。
「ヴァスケル様。お言葉を返すようですが、それではシルヴァーナが潰れてしまいます。シルヴァーナには私と姫様が乗りますので、ゴブリン族のミイロ殿たちはヴァスケル様にお願いできませんか?」
「おや? しばらく会わないうちに、エリカは偉くなったもんだねえ? あたいに意見するなんて」
「そうではありません。私が言いたいのは、天馬にはふたりが精々だと……」
守護龍ヴァスケルと女騎士エリカ・ヤンセンの話し合いが続く。
てか、俺たちが籠る白磁の塔は倒壊しつつある状態。
そんなことを言い争っている場合ではないのだが……
突如出現した龍に恐怖を感じたのか、塔を囲む黒鎧の兵は固まったまま。
とはいえ、いつまでもおとなしくしているとも思えない。
「てめえら! なに、ボーっとしてやがる! さっさと動きやがれ!」
いち早く正気を取り戻した淫魔ブブナが叫ぶ。
敵ながら肝の座った奴。たいしたもんだ。
とことん信用できない奴だけどさ。
「おで、置いでかれるんがな? 我が領主とお別れかあ!」
「大丈夫だあ、おでも一緒だあ!」
「いんや、おでもいるだあ!」
「うんにゃ、おでもだあ。四人いれば、寂しくなんがないさあ!」
ミイロたちが肩を組んで励ましあう。
横で見ていて、とてもせつない気持ちになる。
いやいや、そんなことはない。
早とちりするんじゃない。
誰も置き去りにするなんて言ってないぞ。
「ドナド〇」とは違う。
ん? 「ドナ〇ナ」は仔牛が市場に連れていかれる歌だっけ?
まあいい。
ともかく、俺たちは全員そろって脱出するんだ。
「ヴァスケル。俺も女騎士エリカと同意見だ。天馬にエリカとゴブリン全員が一緒に乗るのは無理がある。ここはひとつ、ヴァスケルにお願いしたい?」
「このあたいがかい? 古龍の末裔の、このあたいがゴブリンを乗せるだって? いくらリューキの頼みだからって、そんなことはごめんだね!!」
守護龍ヴァスケルが拒絶する。
とりつく島のない言い方に、ミイロたちはさらに落ち込んでしまう。
……ヴァスケルよ。お前が立派な血筋なのはよくわかった。誇り高き古龍の末裔なのも、よーく理解した。だがな、ミイロたちは苦楽を共にした仲間なんだ。彼らがいなければ、俺は死んじゃってたかもしれないんだ。そうとも、生命の恩人なんだぞ。そんな彼らに向かって「じゃあ、さいならー。あの世でもお達者で!」なんて言えるか? 言えるわけないだろ? お前には力がある。俺やエリカだけじゃなくて、ミイロたちも助けられる能力があるんだ。だったらその力を使ってくれよ! わかるか? わかってくれるよな! わからなければ、わからせてやるまでだ! なに? 「相手は、しょせんゴブリンだよ」だって? それがどうした? 確かに奴らは食い意地がはってるし、少し抜けたとこがあるかもしれない。だがな、付き合ってみると案外良い奴らなんだ。それなのに、お前ときたら……
「リューキ! ごめんよー! あたいが悪かったよ! もうやめておくれよ!!」
気づくと、ヴァスケルが塔の屋上に頭をこすりつけながら謝っている。
主人に叱られた飼いイヌのように長い尻尾を垂らし、這いつくばっている。
なんというか……龍の土下座って、そう見られるものではない気がするな。
「ヴァスケル、わかってくれたか!」
「ああ! わかったからさ、もうやめておくれよ!!」
やめる? なにを?
逆に問おうとした俺は、自分の両手が真っ赤に染まっているのに気づく。
しかも結構痛い。
「なんじゃ、こりゃあ!?」
俺は、昭和の刑事ドラマの殉職シーンのように叫んだ。
「リューキ殿はいつものように深い瞑想状態に陥っただけでなく、急にヴァスケル様を素手で叩きはじめました。私がどれほど声をかけても意識が戻らなかったばかりか、ヴァスケル様の鱗で手を切られてしまいました」
女騎士エリカ・ヤンセンの説明を聞き、情景をぼんやりと思い出す。
そうか、俺は暴れちまったのか……
「ヴァスケル、すまない。俺は正気を失っていたようだ。怪我はないか? 痛くなかったか?」
「あたいは龍だ。ヒト族のあんたに素手で傷つけられるほどヤワじゃないよ!」
「そりゃそうか」
「まったく……どんだけ優しい男なんだい、あんたは」
優しい? 俺が?
「なにを言うんだ。俺は、ヴァスケルを一方的に殴っちまったじゃないか……」
「あたいは頑丈な龍だから、なんともないって言ってるだろ!」
「龍とはいえ女性じゃないか。それに、身体はなんともなくても、嫌な気持ちにさせちまった。俺は自分が恥ずかしい……」
じっと手を見る。
ヤスリで擦ったような感じの傷は、そんなに深くなさそう。
まだヒリヒリするが、血はほとんど止まっている。
ていうか、俺の怪我はどうでもいい。
本当に痛んだのはヴァスケルの心だ。
ヴァスケルが手を伸ばしてくる。
壊れやすい宝物を扱うように、俺を抱え上げてくれる。
守護龍の腕は相変わらず逞しく、ガッチリ包み込まれると何とも言えない安心感が生まれる。
「あんたはおかしな男だねえ。自分の方こそ弱っちいのに、あたいのことをか弱い女扱いして……」
「古臭い考え方だと自分でも思う。けど、俺にはお前がそれほど強いとは思えなくて……」
「あん!? あたいが弱いとでも言うのかい?」
「強気な態度を見せたかと思えば、すぐしょんぼりするしさ。ヴァスケルって、結構繊細で傷つきやすいとこあるからな」
「むぐ……あんたくらいだよ。あたいに向かって、そんなこと言うのは」
ヴァスケルが天を仰ぐ。
視線の先、宙に浮かぶ真昼間の月は、ふたつとも白い。
ん? 月がふたつ?
意識してなかったけど、この世界には大小ふたつの月があるんだね。
エル姫はこの世界を「魔界」って呼んでたけど、ホント、俺がいた「人間界」とは同じように見えるものも微妙に異なるな。
いや、月がひとつとふたつじゃ、大きく違うか。
まあ、なにも困ることないし、別にいいけどさ。
「ゴブリンども! ここから逃げたきゃ、あたいの足か尻尾につかまりな! 落っこちても拾いに行ってやんないよ! グズグズしないで、さっさと動きな!!」
守護龍ヴァスケルが咆えるように号令をかける。
ミイロとモイロは尻尾、ムイロは右足、メイロは左足にそれぞれしがみつく。
ヴァスケルが塔の屋上を蹴飛ばし、大空に飛び立つ。
同時に、女騎士エリカと気を失ったままのエル姫を乗せた天馬も宙を舞った。
ズ、ズズ、ズズズゥウーーン……
ヴァスケルの蹴りがトドメになったのか、白磁の塔が倒れはじめる。
塔を囲む黒鎧の兵を巻き込みながら、スローモーションのようにゆっくりと横倒しになる。
すさまじい量の土ぼこりに視界を遮られて、淫魔ブブナの姿は見えなくなる。
けど、そう簡単にはくたばらないだろうな。
あいつ、しぶとそうだし。
「うう、まとわりつくゴブリンどもが妙に生温かくて気持ち悪い」
「文句を言うな! じゃあ、ジーグフリードのとこに連れてってくれ」
「わかったよ! ……まったく、守護龍使いの荒い領主様だねえ! あたい、ここ最近忙しすぎて肩が凝っちまったよ」
「悪いな。事が落ち着いたら、肩でも腰でも揉みほぐしてやるよ。俺はこれでもマッサージ屋に半年ほど勤めたことがあって……」
「ホントかい!? よし、ゴブリンども、死ぬ気でつかまんな! 落っこちたらぶっ殺すぞ!!」
「「「「わかっただあ!」」」」
守護龍ヴァスケルが急加速する。
天馬シルヴァーナは懸命に追いかける。
ダゴダネルの城は遥か後方に置き去りにされる。
いま、眼下には畑や草原が広がっている。
ゴブリン・ロードのジーグフリード率いる軍勢の姿が徐々に大きくなる。
どうやら俺たちは、窮地を脱することができたようだ。
屋上にいる俺たちは、脱出する算段を練っていた。
「あたいはリューキと姫さんを連れてく。天馬には、エリカと残りを任せる」
「ヒッ? ヒヒヒーンッ!?」
主人との再会を喜ぶ天馬シルヴァーナに、守護龍ヴァスケルが宣言する。
さすがのムチャぶりに天馬もおずおずと異議をとなえた、ように見えた。
だって、俺は馬の言葉が分かんないからね。
けど、さすがに天馬一頭にエリカとゴブリン四人を乗せるのは無理だと思う。
「ヴァスケル様。お言葉を返すようですが、それではシルヴァーナが潰れてしまいます。シルヴァーナには私と姫様が乗りますので、ゴブリン族のミイロ殿たちはヴァスケル様にお願いできませんか?」
「おや? しばらく会わないうちに、エリカは偉くなったもんだねえ? あたいに意見するなんて」
「そうではありません。私が言いたいのは、天馬にはふたりが精々だと……」
守護龍ヴァスケルと女騎士エリカ・ヤンセンの話し合いが続く。
てか、俺たちが籠る白磁の塔は倒壊しつつある状態。
そんなことを言い争っている場合ではないのだが……
突如出現した龍に恐怖を感じたのか、塔を囲む黒鎧の兵は固まったまま。
とはいえ、いつまでもおとなしくしているとも思えない。
「てめえら! なに、ボーっとしてやがる! さっさと動きやがれ!」
いち早く正気を取り戻した淫魔ブブナが叫ぶ。
敵ながら肝の座った奴。たいしたもんだ。
とことん信用できない奴だけどさ。
「おで、置いでかれるんがな? 我が領主とお別れかあ!」
「大丈夫だあ、おでも一緒だあ!」
「いんや、おでもいるだあ!」
「うんにゃ、おでもだあ。四人いれば、寂しくなんがないさあ!」
ミイロたちが肩を組んで励ましあう。
横で見ていて、とてもせつない気持ちになる。
いやいや、そんなことはない。
早とちりするんじゃない。
誰も置き去りにするなんて言ってないぞ。
「ドナド〇」とは違う。
ん? 「ドナ〇ナ」は仔牛が市場に連れていかれる歌だっけ?
まあいい。
ともかく、俺たちは全員そろって脱出するんだ。
「ヴァスケル。俺も女騎士エリカと同意見だ。天馬にエリカとゴブリン全員が一緒に乗るのは無理がある。ここはひとつ、ヴァスケルにお願いしたい?」
「このあたいがかい? 古龍の末裔の、このあたいがゴブリンを乗せるだって? いくらリューキの頼みだからって、そんなことはごめんだね!!」
守護龍ヴァスケルが拒絶する。
とりつく島のない言い方に、ミイロたちはさらに落ち込んでしまう。
……ヴァスケルよ。お前が立派な血筋なのはよくわかった。誇り高き古龍の末裔なのも、よーく理解した。だがな、ミイロたちは苦楽を共にした仲間なんだ。彼らがいなければ、俺は死んじゃってたかもしれないんだ。そうとも、生命の恩人なんだぞ。そんな彼らに向かって「じゃあ、さいならー。あの世でもお達者で!」なんて言えるか? 言えるわけないだろ? お前には力がある。俺やエリカだけじゃなくて、ミイロたちも助けられる能力があるんだ。だったらその力を使ってくれよ! わかるか? わかってくれるよな! わからなければ、わからせてやるまでだ! なに? 「相手は、しょせんゴブリンだよ」だって? それがどうした? 確かに奴らは食い意地がはってるし、少し抜けたとこがあるかもしれない。だがな、付き合ってみると案外良い奴らなんだ。それなのに、お前ときたら……
「リューキ! ごめんよー! あたいが悪かったよ! もうやめておくれよ!!」
気づくと、ヴァスケルが塔の屋上に頭をこすりつけながら謝っている。
主人に叱られた飼いイヌのように長い尻尾を垂らし、這いつくばっている。
なんというか……龍の土下座って、そう見られるものではない気がするな。
「ヴァスケル、わかってくれたか!」
「ああ! わかったからさ、もうやめておくれよ!!」
やめる? なにを?
逆に問おうとした俺は、自分の両手が真っ赤に染まっているのに気づく。
しかも結構痛い。
「なんじゃ、こりゃあ!?」
俺は、昭和の刑事ドラマの殉職シーンのように叫んだ。
「リューキ殿はいつものように深い瞑想状態に陥っただけでなく、急にヴァスケル様を素手で叩きはじめました。私がどれほど声をかけても意識が戻らなかったばかりか、ヴァスケル様の鱗で手を切られてしまいました」
女騎士エリカ・ヤンセンの説明を聞き、情景をぼんやりと思い出す。
そうか、俺は暴れちまったのか……
「ヴァスケル、すまない。俺は正気を失っていたようだ。怪我はないか? 痛くなかったか?」
「あたいは龍だ。ヒト族のあんたに素手で傷つけられるほどヤワじゃないよ!」
「そりゃそうか」
「まったく……どんだけ優しい男なんだい、あんたは」
優しい? 俺が?
「なにを言うんだ。俺は、ヴァスケルを一方的に殴っちまったじゃないか……」
「あたいは頑丈な龍だから、なんともないって言ってるだろ!」
「龍とはいえ女性じゃないか。それに、身体はなんともなくても、嫌な気持ちにさせちまった。俺は自分が恥ずかしい……」
じっと手を見る。
ヤスリで擦ったような感じの傷は、そんなに深くなさそう。
まだヒリヒリするが、血はほとんど止まっている。
ていうか、俺の怪我はどうでもいい。
本当に痛んだのはヴァスケルの心だ。
ヴァスケルが手を伸ばしてくる。
壊れやすい宝物を扱うように、俺を抱え上げてくれる。
守護龍の腕は相変わらず逞しく、ガッチリ包み込まれると何とも言えない安心感が生まれる。
「あんたはおかしな男だねえ。自分の方こそ弱っちいのに、あたいのことをか弱い女扱いして……」
「古臭い考え方だと自分でも思う。けど、俺にはお前がそれほど強いとは思えなくて……」
「あん!? あたいが弱いとでも言うのかい?」
「強気な態度を見せたかと思えば、すぐしょんぼりするしさ。ヴァスケルって、結構繊細で傷つきやすいとこあるからな」
「むぐ……あんたくらいだよ。あたいに向かって、そんなこと言うのは」
ヴァスケルが天を仰ぐ。
視線の先、宙に浮かぶ真昼間の月は、ふたつとも白い。
ん? 月がふたつ?
意識してなかったけど、この世界には大小ふたつの月があるんだね。
エル姫はこの世界を「魔界」って呼んでたけど、ホント、俺がいた「人間界」とは同じように見えるものも微妙に異なるな。
いや、月がひとつとふたつじゃ、大きく違うか。
まあ、なにも困ることないし、別にいいけどさ。
「ゴブリンども! ここから逃げたきゃ、あたいの足か尻尾につかまりな! 落っこちても拾いに行ってやんないよ! グズグズしないで、さっさと動きな!!」
守護龍ヴァスケルが咆えるように号令をかける。
ミイロとモイロは尻尾、ムイロは右足、メイロは左足にそれぞれしがみつく。
ヴァスケルが塔の屋上を蹴飛ばし、大空に飛び立つ。
同時に、女騎士エリカと気を失ったままのエル姫を乗せた天馬も宙を舞った。
ズ、ズズ、ズズズゥウーーン……
ヴァスケルの蹴りがトドメになったのか、白磁の塔が倒れはじめる。
塔を囲む黒鎧の兵を巻き込みながら、スローモーションのようにゆっくりと横倒しになる。
すさまじい量の土ぼこりに視界を遮られて、淫魔ブブナの姿は見えなくなる。
けど、そう簡単にはくたばらないだろうな。
あいつ、しぶとそうだし。
「うう、まとわりつくゴブリンどもが妙に生温かくて気持ち悪い」
「文句を言うな! じゃあ、ジーグフリードのとこに連れてってくれ」
「わかったよ! ……まったく、守護龍使いの荒い領主様だねえ! あたい、ここ最近忙しすぎて肩が凝っちまったよ」
「悪いな。事が落ち着いたら、肩でも腰でも揉みほぐしてやるよ。俺はこれでもマッサージ屋に半年ほど勤めたことがあって……」
「ホントかい!? よし、ゴブリンども、死ぬ気でつかまんな! 落っこちたらぶっ殺すぞ!!」
「「「「わかっただあ!」」」」
守護龍ヴァスケルが急加速する。
天馬シルヴァーナは懸命に追いかける。
ダゴダネルの城は遥か後方に置き去りにされる。
いま、眼下には畑や草原が広がっている。
ゴブリン・ロードのジーグフリード率いる軍勢の姿が徐々に大きくなる。
どうやら俺たちは、窮地を脱することができたようだ。
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