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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~

第四十二話:フリーター、自分の運命を呪いたくなる

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 俺は、エル姫と一緒に塔の六階にのぼる。
 いや、天井や壁があらかた崩れた場所は、もはや「階」とは呼べない。
 ここが持ち場だったミイロがかすり傷で済んだのは、奇跡以外の何物でもない。
 
「リューキよ。白磁はくじの塔は五階建てになってしもうたのう」
「そうだな。それにしても、屋上にいたムイロだけじゃなくて、ミイロもよく生き残ってくれたよ。ほんと、ゴブリン族の頑丈さには感心する」
 
 新しい屋上に立ち、周囲を眺める。
 夕陽を浴びて、塔の影が伸びる。
 影の先端は東の城壁まで届く。
 城壁の上に敵の気配は感じられない。
 今日の戦いでは、ダゴダネルの奴らもかなりの痛手をこうむったはず。
 しばらくはおとなしくしているに違いない。
 まあ、推測というより俺の願望にすぎないけどね。

 かわいらしい小妖精フェアリーがあらわれ、俺たちのまわりをふわふわと舞う。
 白い羽根の生えた精霊の化身は、エル姫の手の上にちょこんと降り立ち、なにやら話をする。

「次は誰の番じゃ? デボネアか……分かった。おぬしもご苦労じゃったな」

 エル姫が小妖精フェアリーねぎらいの言葉をかける。
 中性的な容姿の小人は、羽根を閉じ、膝を折り曲げてしゃがみ込む。
 ぽうっと柔らかく発光し、瞬時に姿が見えなくなる。
 代わりに、糸くずのようにこまかい紙片がエル姫の手の上に残った。

風の精霊シルフのミネアは精霊界にかえった。神紙しんし欠片かけらいてやろうかの」

 エル姫が小妖精フェアリーの抜け殻を火のなかにそっと入れる。
 こまかい紙片は一瞬で燃え尽き、ほそい煙が天高く昇っていく。

 そう。俺たちは役目を終えた神紙しんしを燃やすために、塔の上にのぼってきたのだ。

 一連の儀式に参加していると、まるで小妖精フェアリー亡骸なきがら荼毘だびしているような悲しい気持ちになってくる。が、実際にはそうではない。

 かわいらしい小人の正体は、エル姫が神紙しんしに精霊の魂を宿らせた仮初かりそめの姿。
 つまるところ、神紙しんしは単なるものに過ぎない。
 魂の抜け落ちた紙片は、着られなくなった古着ふるぎのようなもの。
 
 それでも、エル姫は紙片を拾い集めては感謝の意味を込めて天にかえすそうだ。
 
 エル姫にもかわいいところがあるじゃないかと思ってしまった。
 意外にセンチメンタルな奴だともね。

 エル姫が新たな小妖精フェアリーを召喚する。
 精霊界にかえった風の精霊シルフミネアはおっとりした感じだったが、今回呼んだデボネアは元気いっぱいに飛び回る小妖精フェアリーだった。
 同じ風の精霊シルフでも、ずいぶんと性格が違うようだ。
 巨大投石機カタパルトを打ち破った戦いで活躍した炎の精霊イフリート三兄弟にも同様の印象を持ったが、精霊たちは意外と個性的なうえ、人間くさい存在なのだと思った。
 
我が領主マイロどん、エル姫さんや。ちと、良いが? 相談しだいことがあっでなあ」

 階段を上ってきた兵站へいたん係のメイロが声をかけてくる。妙に真面目くさった顔だ。

「メイロ、どうした? 塔の修繕でなにか問題でも?」
「いんや、そっただことでねえ。まあ、見てもらえればわかるだ」

 メイロに先導されるようにして、俺たちは三階に下りる。
 ここは俺の持ち場。
 俺の相棒、弩砲バリスタもある。

我が領主マイロどん。どうだあ、わかるかあ?」

 三階に着くと、メイロが謎かけのように聞いてくる。
 が、俺にはさっぱりわからない。

 西の窓際にえ付けた弩砲バリスタはそのまま。
 かごに入れられて山積みされた黄金弾おうごんだんにも変わった様子はない。

「どうだって聞かれても、なにがなんだか?」
「おでも最初はそうだっただあ……でもなあ、タマを落っことしで気づいただあ」
 
 メイロは黄金弾おうごんだんかごから拾い上げ、床にそっと置く。
 丸いタマは、ゆっくりと動き出し、東の窓際の壁にぶつかるまで転がった。

「どういうことだ?」
「リューキよ。巨大投石機カタパルトの攻撃は、塔が傾くほど凄まじかったということじゃ……」

 エル姫がため息を漏らす。
 大きなメガネの小さな微女びじょが弱った顔を見せる。

畜生ちくしょう! 西側からの砲撃は最優先で潰すぞ!」
「リューキよ。塔がすぐに倒れるとは思えぬが、ワーグナーからの迎えは早く来てほしいものじゃのう」
「エル。心配するな、援軍は必ず来る! ところでエリカはどこだ? 塔が傾いたのを教えてやらないと」

 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが姿を見せないのに気づき、俺は尋ねた。 

「エリカさまは一階にいるだあ。だいぶ、お疲れの様子だったなあ」
「ムイロ、教えてくれてありがとう。てか、ムイロこそ大丈夫なのか? ついさっきまで瀕死の重傷だったのに」
「おでは大丈夫でえじょうぶ! 我が領主マイロどんのメシのおかげで元気になっただあ!」

 火煙師かえんしにして軍隊では斥候を務めるムイロが、胸をドンと叩く。
 心配させまいと多少は無理をしているようだが、かなり元気になった様子だ。

 うむ、身体からだが頑丈なのもあるが、やはりゴブリン族は再生力が凄まじいな。
 かと言って無理は禁物。
 彼ら四人には、あとでコンビーフの缶詰を配ってやろう。
 軍隊の救急用医療ファースト・エイドキットのようなものだ。
 ただし、むやみに食べないよう釘も刺さねばいけない。
 彼らが食欲を抑えられるかは疑問だが、なにも手を打たないよりはマシだ。
 ミイロたちは、かけがえのない仲間。
 生き延びる可能性を少しでも高めてやりたい。

 エル姫たちと離れ、俺はひとりで螺旋らせん階段を下りる。
 一階に着くと、長椅子に横たわる女騎士ナイトエリカ・ヤンセンの姿が見えた。
 彼女は両手を胸の前にそろえ、祈るような格好ですやすやと眠っている。

 それは、俺が心の中で「イヤイヤのポーズ」と名付けた姿勢ポーズ
 なんというか、いきなりごちそうを出されたような気分になる……

 違う、そうじゃない! 
 俺のバカ!
 いまはどうやって塔の防衛戦タワー・ディフェンスを続けるかって話だろ!!
 煩悩ぼんのうさんには、速やかにご退場頂かねば……

「いや……だめ……」

 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンの口から言葉が漏れる。
 妙に色っぽい。
 彼女は目を覚ましていない。
 夢を見続けている。
 ただし、あまり楽しくない夢のよう。
 ここは起こしてあげるべきだろうか。 
 いや、彼女は疲れているはず。
 もう少し寝かしておいてあげようか。
 俺はそばで観察……違う、見守っていよう。

「やめ、て……おねがい……」 


……エリカにお願いされてしまう。え? 見ちゃだめなの? 違う。エリカの夢のなかの話だ。相手は誰だ? 俺の女騎士エリカを苦しめる奴は何者だ? いやいや、だから夢のなかの話だってば。なんだそうか。さすがの領主ロードも夢のなかは手出しができない。いや、夢に限らない。ほんと、俺ってば何もできないじゃないか。畜生ガッディム! エリカが苦しんでるのに、俺は何もできないじゃないか。おっと、同じことを二回言ったね。くどくてすんません。でもまあ、それくらい悔しいってことです。畜生ガッディム! おっと、またまた二度目のセリフだな。まあいい。このやり場のない怒りや悔しさをどこに持っていけば良いのだろうか。思いつかない。とりあえず、エリカを優しく起こしてやるか。さて、どうやる? 眠りスリーピング・ビューティーの目を覚まさせる方法はひとつしか知りません。「キッスのことだあ!」 へへ、気のいいゴブリンたちを真似まねてみました。そう、キスのことです。では、エリカが目を覚まさないうちに急いで……いやいや、領主ロードリューキさんよ、その考えはおかしいんじゃないか? 本末転倒ってやつだ。うう、おっしゃる通りです。反論できません。全面降伏。けど、ちょっとならいいかもね。ちょっとってなんだ? 先っちょか? 先っちょってなんだ? ああ、フレンチ・キスのことね。はは、まんまと引っかかったな! フレンチ・キスとは実はディープなキスのことだ! な、な、な、なんだって!? そうとも、お前は誤解しているぞ! 先っちょだけのキスはバード・キスと言うのだ! へー、知らなかったな。勉強になりました。うむ、素直でよろしい。では早速……


 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンと目が合う。
 彼女は心配そうな表情で俺を見上げている。
 そればかりか、気づかないうちに、エリカは俺の手を優しく握ってくれていた。

我が領主マイ・ロード、大丈夫ですか?」

 エリカにかけるはずのいたわりの言葉を、逆に俺がかけられる。
 妄想が暴走していた自分が情けない。
 俺は自分のことが急に恥ずかしくなってきた。

 エリカは起き上がり、何も言わずに俺を優しく抱きしめてくれる。

「どうした? 嫌な夢でも見たのか?」
我が領主マイ・ロード……申し訳ございません。私は女騎士ナイト失格です」
「なんの話だ?」
「主君をまもるどころか、呪器じゅき束縛そくばくに巻き込んでしまいました……私は眠っていたのではありません。私の鎧『鉄の処女イゼルネ・ユンフラウ』と話をしていたのです」

 エリカの話を聞き、『鉄の処女イゼルネ・ユンフラウ』と会話したことを思い出す。
 彼女の生命いのちを救うために俺は契約を結んだが、代償が必要との話だった。
 詳しくはエリカに聞けとも言われたんだっけ。
 
 さて、俺が払うべき代償とは、いったいなんだろうか?
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