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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~
第三十九話:フリーター、ブブナの正体を知る
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螺旋階段をかけ上り、白磁の塔の三階に戻る。
俺の持ち場だ。
目の前にあるのは弩砲。
俺の頼もしい相棒だ。
両手に抱えたのは黄金弾。
一発二千万円はする超高級なタマだ。
何十発も撃ったから、今日だけで数億円散財した計算になる。
ふっ、すっかり金銭感覚がマヒしちまったぜ。
俺もセレブの仲間入りだな。
眼下でうごめくのはダゴダネルの黒鎧。
ブブナ・ダゴダネルの手足となって戦うホブゴブリンの軍団。
奴らの動きを見る限り、作戦を変更したように思えた。
黒鎧のホブゴブリン兵は、武器も持たずに白磁の塔の東に集まっている。
そのまま、組体操の人間ピラミッドのように自分たちの肉体で山を築き始める。
いったい何をするつもりやら。
巨漢のホブゴブリン兵が、おしくら饅頭の如く身体を寄せあう。
その様には微笑ましさのカケラもない。
まったくもってむさ苦しい。
メタボなオッサンしか参加しない水泳大会なみに見られたものではない。
ポロリなんてもってのほかで……
いかん、ひとつのネタを引っ張りすぎだな。
とにかく、暑苦しい見せ物を強制的に見させられている状況だ。
なので、俺はさっさと排除することにした。
ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!
黄金弾を受け、「ぐおー」だの「ぐわー」だの叫びながら黒鎧の兵が倒れる。
なのに、次々と新手が押し寄せ、遂にホブゴブリンのピラミッドは俺と同じ高さにまで到達する。
俺が次弾を装填しようとすると、「撃たないで! 話を聞いてー!」と、かわいらしい声が呼び止めてくる。
声の主は、ホブゴブリンのピラミッドをヨイショヨイショと登り始める。
途中、何度も落っこちそうになりながらも、小柄な身体をちょこまかと動かして頂点まで登りつめる。
「やったー!」と歓声をあげてピラミッドの頂上でぴょんぴょん飛び跳ねるのは、ダゴダネル家の実質的な支配者ブブナ・ダゴダネル本人だった。
ブブナが跳ねる度、スバらしいふたつのものがたゆんたゆんと激しく揺れる。
二十メートルばかり先で繰り広げられる光景に俺の目は釘づけさ。
おお! なんという大きさと躍動感!
ふたつのメロンが激しくダンスする!
敵ながらアッパレとしか言いようがない。
「我が領主。なぜ、黄金弾を撃たないのですか?」
冷静な声が俺に問う。
振り返ると、女騎士エリカ・ヤンセンが立っていた。
「エリカ、どうした? お前の持ち場は一階だろう」
後ろめたさを隠すように俺は答える。
そりゃもう、一生懸命に平静を装いましたわ。
「弩砲が沈黙したので、なにか問題でも起きたのかと心配になりまして……」
「いや、大丈夫だ。ブブナが交渉を持ち掛けてきたので、攻撃を一時中断したまでさ。警戒は怠ってないよ」
俺は手に抱えた黄金弾をエリカに見せる。
タマは俺の手汗でびっしょり濡れている。
そう、冷や汗ってやつだ。
「そうですか、安心しました。ですが、ブブナ・ダゴダネルは奸智に長けた相手。私も話し合いに同席させて頂きます!」
「わらわも同席するぞよ! どうやらリューキはブブナに魅せられつつあるようじゃからのう……ダゴダネルのホブゴブリンどものようにな」
「エ、エル!? なにを言うんだ! 俺は何もそんな……」
のっぺり化粧のエル姫があらわれ、痛いところをついてくる。
大きすぎるメガネをかけた微女は、俺の目を見てニヤリと笑う。
「わらわのメガネは神器だと教えたであろう? そなたに貸してやるゆえ、ブブナの真の姿を見るがよい」
「え? どゆこと?」
「メガネ越しにブブナを見てみれば分かる」
有無を言わさず、エル姫が俺にメガネを渡してくる。
意味も分からず、俺はメガネ越しにブブナを見る。
すると……
「エル? なにも変わらないんだが?」
「な、なんじゃと!? そんな馬鹿な!」
「いやホントに。メガネがあってもなくてもブブナはブブナのままだ」
「なんということじゃ! 煩悩が神器の力を上まわる者がいようとはのう……」
なんじゃそりゃ? ほっとけ!
「で、エル。俺にメガネをかけさせたのは、なにを期待したんだ?」
「……その前に。リューキ、おぬしの目にはブブナはどう見えるのか教えてくれ」
「普通にかわいらしいヒト族の女の子に見えるけど?」
「我が領主、なにを仰ってるんですか? 私の目にはブブナは……」
「エリカは黙っておれ! リューキ、大事なことぞ! 正直に答えるのじゃ!」
エル姫の剣幕に押された俺は、目に映るありのままを答えた。
ブブナ・ダゴダネルはショートカットのヒト族の女性。
背丈はジーナ・ワーグナーやエル姫と同じくらいに小柄。
顔つきは女騎士エリカに似たキレイなお姉さん系だが、やや童顔にした感じ。
そこで説明を終えようとしたが、もっと話せとエル姫がしつこく聞いてくる。
仕方なく、ブブナの身体つきはヒト化した守護龍ヴァスケルなみに色っぽいとまで白状する。
「なるほどのう……リューキよ、別に照れることはないぞ。領主とはいえ、己の欲情には逆らえぬものじゃからのう」
「エル、いったいなにを言ってるんだ?」
「まあ待て。エリカにも問おう。おぬしの目にブブナはどう見えるのじゃ?」
「そうですね、全体的な感じは男装の麗人とでもいいますか。それなのに顔つきはリューキ殿に似た感じで、背丈や身体つきもリューキ殿と同じようで……」
「ほーう! ほうほうっ!! 面白い話じゃのう!!!」
エル姫は俺からメガネを取りあげ、そのまま女騎士エリカに渡す。
メガネを受け取ったエリカは、怪訝な表情のままメガネをかけ、ブブナを見る。
エリカは、ひいっと小さく悲鳴を上げる。
「姫様! これって!?」
「ブブナ・ダゴダネルの正体は、ホブゴブリンでもヒト族でもない。偽りの姿を見せる淫魔じゃ。ブブナを見る者は、己が望む姿にブブナの姿が見えてしまう。もっとも、淫魔は女ゆえ、女子よりも男どもの方が強く影響を受けるがのう」
「エル、それってつまり……」
「リューキの話を聞くに、おぬしの好みは幼さが残るキレイなお姉さん系ということじゃな。しかも、熟れた肉体をも兼ね備えてほしいと。欲張りな男じゃな。でもまあ、別に気にするな。わらわは大丈夫じゃよ」
なにがどう大丈夫か分からないが、エル姫が話をまとめようとする。
……いやいやいやいや、待ってくれ。
つまりはナニか? 淫魔の外見は自分の好みの姿に見えちゃうってことか? 欲情の対象として? ふーん、そうなんだ。うん、すごく納得しちゃったな。はじめてブブナ・ダゴダネルを、いや、最初は侍女ナナブって名乗ってたっけ? そのナナブを見たときの既視感に似た印象はそういう理由だったんだね。百パーセント理想通りってワケじゃないけど、かなり俺の好みに近い女の子だと思ったもんな。けどさ、俺も人生経験をそれなりに積んだ大人です。何度も痛い目に遭いました。ええ。ヒトは見た目だけじゃないんです。中味です、ハートです、気持ちなんです。だから「俺のタイプだ!」なんて女性に声をかけられても、最近はホイホイとはついていきません。怪しすぎます。世の中、そんなうまい話は転がっていません。美人局です、ハニー・トラップです。え? 俺、ハニー・トラップに引っかかったって? 違います。あれは俺的にはセーフです。てか、俺のことはどうでもいいんです。大事なのはエリカの話です。エリカには、ブブナが「俺にそっくりな男装の麗人」に見えたんだって? え? そこまでは言ってないって? この際、ささいな聞き違いは別にいいじゃないか。とにかく、エリカの理想のタイプに俺は近いってことだよな。もともとのエリカの理想のタイプに俺が似てたのか、俺のことが好きになったから理想が変わったのか、さて、どーっちだ? 答え:「どっちでもいい」です。はは、クイズとして破綻してるね。えろうすいません。でもまあ、ホントにどっちでもいいんです。結果が全てです。先天的な理想像だろうが後天的な好みの変化だろうが、どちらでも構いません。だから……
「我が領主! 戻って来てください!!」
気づくと、女騎士エリカ・ヤンセンの焦る顔が目の前にあった。
ヤバい! また頭突きを喰らう!!
凡人には回避不可能な女騎士の頭突きを覚悟した俺は、衝撃に備えて目をぎゅっとつぶり、歯を喰いしばる。
ふわり。
頭に強烈な一撃を受ける代わりに、エリカの長い銀髪が俺の鼻をくすぐる。
いい匂いがしたので、思わず鼻をクンクンしてしまう。
そう。エリカ・ヤンセンは、白日夢にふける俺を抱きしめてくれたのだ。
「お願い! 戻って来て!! 意識を取り戻してください!!!」
懇願するようにエリカが叫ぶ。
エリカは頭突きの代わりに、俺を強く抱きしめることで意識を取り戻そうとしてくれたようだ。
ああ、なんて優しい子なんだ。大好き。
俺は涙が出そうになってきた。
「お願い! 戻って来て! お願い!」
エリカが何度も言う。
テンションが上がってきたのか、俺を抱きしめる腕の力がだんだん強くなる。
甲冑越しに抱きしめられると、女体の柔らかさは微塵も感じられない。
残念無念……
いやいや、そんな不埒な感情はいらない。
てか、ぐいぐい絞めあげられて、息が詰まってくる。
俺の意識は段々遠くなっていく。
薄れつつある意識のなかで俺は悟った。
頭突きを喰らって瞬時に気を失うか、柔道の絞め技のように徐々に意識が落ちていくかの違いなだけだと。
そう、最後は結局同じ。失神。
じゃあ、どっちがいいかな?
頭突きは痛いけど、もれなく一子相伝のフーフーが付いてくる。
絞め技は苦しい時間が長いけど、落ちるまでの間はクンクンできる。
クンクンはちょっと変態っぽいからフーフーかな。
でも痛いのは嫌だな……
なんてことを考えているが、一向に意識が落ちない。
ここにきて、エリカはエリカなりに手加減してくれているのにようやく気付く。
まあ、もうちょっと力を緩めてくれてもいいんだけどね。
「短い髪がお好みなら、私もバッサリ切ります。だから戻って来てください!」
エリカのセリフのバリエーションが変化する。
確かに俺はショートカットが好みだが、エリカはロングがとってもよく似合うからこのままでもいいんだけどな……
「それに……それに! 私も結構あるんです!」
ん? なにが?
「ヴァスケル様ほどはないですが、私は着やせするタイプなんです! こう見えても結構あるんです!!」
な・ん・だ……と!?
女騎士エリカ・ヤンセンの衝撃的な告白に、俺は完全に覚醒する。
エリカから身体を離し、彼女の目を真剣に見つめ返す。
「エリカ……いまの話は本当なのか?」
「我が領主! よかった……意識を取り戻して下さったのですね!」
俺の問いには答えず、エリカ・ヤンセンはひとり喜ぶ。
俺の質問は、完全に置き去りにされてしまった。
一度動き始めた流れを元に戻すことはできない。
覆水盆に返らず。
結局、俺はエリカの着やせの真偽を確かめる機会を失ってしまった……
畜生。
「エリカはたいしたものじゃ。惚けたリューキを見事に元に戻した」
「エル! 惚けたは言いすぎだ! で、ブブナの話はもういいんだな?」
「おぬしたちは肝心な点を見落としておらぬか?」
「なんのことだ?」
「ブブナ・ダゴダネルはのう。ホブゴブリンでなく、淫魔じゃ」
「それは何度も聞いた」
「なんじゃ、まだ気づかぬか。淫魔はホブゴブリンとは異なる種族。魅了することはできても、子を宿すことなぞできぬ」
「そんなの当たり前じゃないか……あ、てことは!?」
「そうじゃ。次期当主に目されておるムタ・ダゴダネルは、ブブナの息子でも何でもない。ダゴダネル家を乗っ取る道具として、どこぞで拾うてきた捨て子かなにかであろう……ほんに、ワーグナー棒の強奪といい、ワーグナー領への侵攻といい、ブブナの真の狙いはいったい何なのかのう?」
俺は三階の窓から外を見る。
ホブゴブリン兵のピラミッドの頂上で、ブブナ・ダゴダネルがにこやかに手を振っている。
この期に及んで、まだ俺を魅了しようとしているのだろうか。
凶悪な貌を散々見せながら、まだ偽装工作を仕掛けてくる性根が恐ろしい。
ブブナにとって、真実とはひとかけらもないのではないかと思い、俺はようやく恐怖を感じた。
俺の持ち場だ。
目の前にあるのは弩砲。
俺の頼もしい相棒だ。
両手に抱えたのは黄金弾。
一発二千万円はする超高級なタマだ。
何十発も撃ったから、今日だけで数億円散財した計算になる。
ふっ、すっかり金銭感覚がマヒしちまったぜ。
俺もセレブの仲間入りだな。
眼下でうごめくのはダゴダネルの黒鎧。
ブブナ・ダゴダネルの手足となって戦うホブゴブリンの軍団。
奴らの動きを見る限り、作戦を変更したように思えた。
黒鎧のホブゴブリン兵は、武器も持たずに白磁の塔の東に集まっている。
そのまま、組体操の人間ピラミッドのように自分たちの肉体で山を築き始める。
いったい何をするつもりやら。
巨漢のホブゴブリン兵が、おしくら饅頭の如く身体を寄せあう。
その様には微笑ましさのカケラもない。
まったくもってむさ苦しい。
メタボなオッサンしか参加しない水泳大会なみに見られたものではない。
ポロリなんてもってのほかで……
いかん、ひとつのネタを引っ張りすぎだな。
とにかく、暑苦しい見せ物を強制的に見させられている状況だ。
なので、俺はさっさと排除することにした。
ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!
黄金弾を受け、「ぐおー」だの「ぐわー」だの叫びながら黒鎧の兵が倒れる。
なのに、次々と新手が押し寄せ、遂にホブゴブリンのピラミッドは俺と同じ高さにまで到達する。
俺が次弾を装填しようとすると、「撃たないで! 話を聞いてー!」と、かわいらしい声が呼び止めてくる。
声の主は、ホブゴブリンのピラミッドをヨイショヨイショと登り始める。
途中、何度も落っこちそうになりながらも、小柄な身体をちょこまかと動かして頂点まで登りつめる。
「やったー!」と歓声をあげてピラミッドの頂上でぴょんぴょん飛び跳ねるのは、ダゴダネル家の実質的な支配者ブブナ・ダゴダネル本人だった。
ブブナが跳ねる度、スバらしいふたつのものがたゆんたゆんと激しく揺れる。
二十メートルばかり先で繰り広げられる光景に俺の目は釘づけさ。
おお! なんという大きさと躍動感!
ふたつのメロンが激しくダンスする!
敵ながらアッパレとしか言いようがない。
「我が領主。なぜ、黄金弾を撃たないのですか?」
冷静な声が俺に問う。
振り返ると、女騎士エリカ・ヤンセンが立っていた。
「エリカ、どうした? お前の持ち場は一階だろう」
後ろめたさを隠すように俺は答える。
そりゃもう、一生懸命に平静を装いましたわ。
「弩砲が沈黙したので、なにか問題でも起きたのかと心配になりまして……」
「いや、大丈夫だ。ブブナが交渉を持ち掛けてきたので、攻撃を一時中断したまでさ。警戒は怠ってないよ」
俺は手に抱えた黄金弾をエリカに見せる。
タマは俺の手汗でびっしょり濡れている。
そう、冷や汗ってやつだ。
「そうですか、安心しました。ですが、ブブナ・ダゴダネルは奸智に長けた相手。私も話し合いに同席させて頂きます!」
「わらわも同席するぞよ! どうやらリューキはブブナに魅せられつつあるようじゃからのう……ダゴダネルのホブゴブリンどものようにな」
「エ、エル!? なにを言うんだ! 俺は何もそんな……」
のっぺり化粧のエル姫があらわれ、痛いところをついてくる。
大きすぎるメガネをかけた微女は、俺の目を見てニヤリと笑う。
「わらわのメガネは神器だと教えたであろう? そなたに貸してやるゆえ、ブブナの真の姿を見るがよい」
「え? どゆこと?」
「メガネ越しにブブナを見てみれば分かる」
有無を言わさず、エル姫が俺にメガネを渡してくる。
意味も分からず、俺はメガネ越しにブブナを見る。
すると……
「エル? なにも変わらないんだが?」
「な、なんじゃと!? そんな馬鹿な!」
「いやホントに。メガネがあってもなくてもブブナはブブナのままだ」
「なんということじゃ! 煩悩が神器の力を上まわる者がいようとはのう……」
なんじゃそりゃ? ほっとけ!
「で、エル。俺にメガネをかけさせたのは、なにを期待したんだ?」
「……その前に。リューキ、おぬしの目にはブブナはどう見えるのか教えてくれ」
「普通にかわいらしいヒト族の女の子に見えるけど?」
「我が領主、なにを仰ってるんですか? 私の目にはブブナは……」
「エリカは黙っておれ! リューキ、大事なことぞ! 正直に答えるのじゃ!」
エル姫の剣幕に押された俺は、目に映るありのままを答えた。
ブブナ・ダゴダネルはショートカットのヒト族の女性。
背丈はジーナ・ワーグナーやエル姫と同じくらいに小柄。
顔つきは女騎士エリカに似たキレイなお姉さん系だが、やや童顔にした感じ。
そこで説明を終えようとしたが、もっと話せとエル姫がしつこく聞いてくる。
仕方なく、ブブナの身体つきはヒト化した守護龍ヴァスケルなみに色っぽいとまで白状する。
「なるほどのう……リューキよ、別に照れることはないぞ。領主とはいえ、己の欲情には逆らえぬものじゃからのう」
「エル、いったいなにを言ってるんだ?」
「まあ待て。エリカにも問おう。おぬしの目にブブナはどう見えるのじゃ?」
「そうですね、全体的な感じは男装の麗人とでもいいますか。それなのに顔つきはリューキ殿に似た感じで、背丈や身体つきもリューキ殿と同じようで……」
「ほーう! ほうほうっ!! 面白い話じゃのう!!!」
エル姫は俺からメガネを取りあげ、そのまま女騎士エリカに渡す。
メガネを受け取ったエリカは、怪訝な表情のままメガネをかけ、ブブナを見る。
エリカは、ひいっと小さく悲鳴を上げる。
「姫様! これって!?」
「ブブナ・ダゴダネルの正体は、ホブゴブリンでもヒト族でもない。偽りの姿を見せる淫魔じゃ。ブブナを見る者は、己が望む姿にブブナの姿が見えてしまう。もっとも、淫魔は女ゆえ、女子よりも男どもの方が強く影響を受けるがのう」
「エル、それってつまり……」
「リューキの話を聞くに、おぬしの好みは幼さが残るキレイなお姉さん系ということじゃな。しかも、熟れた肉体をも兼ね備えてほしいと。欲張りな男じゃな。でもまあ、別に気にするな。わらわは大丈夫じゃよ」
なにがどう大丈夫か分からないが、エル姫が話をまとめようとする。
……いやいやいやいや、待ってくれ。
つまりはナニか? 淫魔の外見は自分の好みの姿に見えちゃうってことか? 欲情の対象として? ふーん、そうなんだ。うん、すごく納得しちゃったな。はじめてブブナ・ダゴダネルを、いや、最初は侍女ナナブって名乗ってたっけ? そのナナブを見たときの既視感に似た印象はそういう理由だったんだね。百パーセント理想通りってワケじゃないけど、かなり俺の好みに近い女の子だと思ったもんな。けどさ、俺も人生経験をそれなりに積んだ大人です。何度も痛い目に遭いました。ええ。ヒトは見た目だけじゃないんです。中味です、ハートです、気持ちなんです。だから「俺のタイプだ!」なんて女性に声をかけられても、最近はホイホイとはついていきません。怪しすぎます。世の中、そんなうまい話は転がっていません。美人局です、ハニー・トラップです。え? 俺、ハニー・トラップに引っかかったって? 違います。あれは俺的にはセーフです。てか、俺のことはどうでもいいんです。大事なのはエリカの話です。エリカには、ブブナが「俺にそっくりな男装の麗人」に見えたんだって? え? そこまでは言ってないって? この際、ささいな聞き違いは別にいいじゃないか。とにかく、エリカの理想のタイプに俺は近いってことだよな。もともとのエリカの理想のタイプに俺が似てたのか、俺のことが好きになったから理想が変わったのか、さて、どーっちだ? 答え:「どっちでもいい」です。はは、クイズとして破綻してるね。えろうすいません。でもまあ、ホントにどっちでもいいんです。結果が全てです。先天的な理想像だろうが後天的な好みの変化だろうが、どちらでも構いません。だから……
「我が領主! 戻って来てください!!」
気づくと、女騎士エリカ・ヤンセンの焦る顔が目の前にあった。
ヤバい! また頭突きを喰らう!!
凡人には回避不可能な女騎士の頭突きを覚悟した俺は、衝撃に備えて目をぎゅっとつぶり、歯を喰いしばる。
ふわり。
頭に強烈な一撃を受ける代わりに、エリカの長い銀髪が俺の鼻をくすぐる。
いい匂いがしたので、思わず鼻をクンクンしてしまう。
そう。エリカ・ヤンセンは、白日夢にふける俺を抱きしめてくれたのだ。
「お願い! 戻って来て!! 意識を取り戻してください!!!」
懇願するようにエリカが叫ぶ。
エリカは頭突きの代わりに、俺を強く抱きしめることで意識を取り戻そうとしてくれたようだ。
ああ、なんて優しい子なんだ。大好き。
俺は涙が出そうになってきた。
「お願い! 戻って来て! お願い!」
エリカが何度も言う。
テンションが上がってきたのか、俺を抱きしめる腕の力がだんだん強くなる。
甲冑越しに抱きしめられると、女体の柔らかさは微塵も感じられない。
残念無念……
いやいや、そんな不埒な感情はいらない。
てか、ぐいぐい絞めあげられて、息が詰まってくる。
俺の意識は段々遠くなっていく。
薄れつつある意識のなかで俺は悟った。
頭突きを喰らって瞬時に気を失うか、柔道の絞め技のように徐々に意識が落ちていくかの違いなだけだと。
そう、最後は結局同じ。失神。
じゃあ、どっちがいいかな?
頭突きは痛いけど、もれなく一子相伝のフーフーが付いてくる。
絞め技は苦しい時間が長いけど、落ちるまでの間はクンクンできる。
クンクンはちょっと変態っぽいからフーフーかな。
でも痛いのは嫌だな……
なんてことを考えているが、一向に意識が落ちない。
ここにきて、エリカはエリカなりに手加減してくれているのにようやく気付く。
まあ、もうちょっと力を緩めてくれてもいいんだけどね。
「短い髪がお好みなら、私もバッサリ切ります。だから戻って来てください!」
エリカのセリフのバリエーションが変化する。
確かに俺はショートカットが好みだが、エリカはロングがとってもよく似合うからこのままでもいいんだけどな……
「それに……それに! 私も結構あるんです!」
ん? なにが?
「ヴァスケル様ほどはないですが、私は着やせするタイプなんです! こう見えても結構あるんです!!」
な・ん・だ……と!?
女騎士エリカ・ヤンセンの衝撃的な告白に、俺は完全に覚醒する。
エリカから身体を離し、彼女の目を真剣に見つめ返す。
「エリカ……いまの話は本当なのか?」
「我が領主! よかった……意識を取り戻して下さったのですね!」
俺の問いには答えず、エリカ・ヤンセンはひとり喜ぶ。
俺の質問は、完全に置き去りにされてしまった。
一度動き始めた流れを元に戻すことはできない。
覆水盆に返らず。
結局、俺はエリカの着やせの真偽を確かめる機会を失ってしまった……
畜生。
「エリカはたいしたものじゃ。惚けたリューキを見事に元に戻した」
「エル! 惚けたは言いすぎだ! で、ブブナの話はもういいんだな?」
「おぬしたちは肝心な点を見落としておらぬか?」
「なんのことだ?」
「ブブナ・ダゴダネルはのう。ホブゴブリンでなく、淫魔じゃ」
「それは何度も聞いた」
「なんじゃ、まだ気づかぬか。淫魔はホブゴブリンとは異なる種族。魅了することはできても、子を宿すことなぞできぬ」
「そんなの当たり前じゃないか……あ、てことは!?」
「そうじゃ。次期当主に目されておるムタ・ダゴダネルは、ブブナの息子でも何でもない。ダゴダネル家を乗っ取る道具として、どこぞで拾うてきた捨て子かなにかであろう……ほんに、ワーグナー棒の強奪といい、ワーグナー領への侵攻といい、ブブナの真の狙いはいったい何なのかのう?」
俺は三階の窓から外を見る。
ホブゴブリン兵のピラミッドの頂上で、ブブナ・ダゴダネルがにこやかに手を振っている。
この期に及んで、まだ俺を魅了しようとしているのだろうか。
凶悪な貌を散々見せながら、まだ偽装工作を仕掛けてくる性根が恐ろしい。
ブブナにとって、真実とはひとかけらもないのではないかと思い、俺はようやく恐怖を感じた。
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しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
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