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<フリーター出撃編> ~守護龍ヴァスケル 覚醒する~

第二十一話:ヴァスケル様、無双する

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 オーデル村の火災は鎮火ちんかに向かう。
 後顧こうこの憂(うれ)いがなくなり、ジーグフリード軍は敵陣に突撃する。
 当然、俺と女騎士ナイトエリカ・ヤンセンも一緒だ。
 
戦斧せんぷ第一小隊、第二小隊は正面の敵に当たれ! 第三遊撃隊は下がれ、代わりに第四遊撃隊が左翼からまわり込め!」
「おかしら、右から新手あらてが来るぜ!」
「てめえ! おでを『おかしら』と呼ぶなって何度言えば分かるんだ! おでたちはもう山賊じゃねえんだぞ! おでのことは『ジーグフリード様』と呼べ!」
「すまねえ、おかしら! あわわ、ジーグ様!」
「ちっ、名前がなげえからって勝手に短くしやがって……まあいい、戦斧せんぷ第三小隊、第四小隊。右翼の敵を押し返せ! 全軍、進撃の足をゆるめるんじゃねえぞ!」

 火災の煙と豪雨による視界不良。
 加えて、足もとのぬかるみも重なり、ジーグフリード軍の突撃は奇襲に近いものになった。
 だが、十倍近い兵力差のせいで、進軍速度は徐々に鈍くなっていく。

「おかしら、キリがねえ。倒しても倒しても新手が出てくるぜ!」
「だから『おかしら』って呼ぶなって……ああ、もういい! 戦斧せんぷ第一小隊は前進、第二小隊は後退して斜線陣を形成しろ。敵の隊列が乱れたら第二遊撃隊が背後から急襲して挟み込め! 但し、敵が潰走かいそうしても追うな! おでたちの狙いは黒鎧の男ただひとりだ!」
「おかしら! 背後からも敵が!」
「なに!? くそっ! ……全軍に告ぐ! 鋒矢ほうし陣を組め! もう後戻りはできねえ! 野郎ども、ここが正念場だ! 母ちゃんや子どもの顔を思い出せ! 家族に会いたければ足を止めるな、前に進め!」

 ジーグフリード軍の疲労の色は濃い。
 今日の戦いに至るまで、既に何日も死闘を続けているという。
 全軍の二割ほどがオーデル村で治療中とのこと。
 それも生半可なまはんかなケガではなく、身動きができないレベル。
 俺の周りにいるゴブリン兵にも無傷の者はいない。
 そもそも腕や肋骨あばらぼねの骨折程度では負傷兵に分類されない。
 ゴブリンとはそういう種族らしい。
 すさまじい話だ。

我が領主マイ・ロード。私に出撃を命じて頂けないでしょうか」
女騎士ナイトエリカ・ヤンセン、なにをするつもりだ?」
「黒鎧の男は目と鼻の先。私が行って捕縛ほばくして参ります」
「待て! エリカが強いのは分かってるが、いちばちかの単独行は危険すぎる」
「ですが、このままでは!」
「確かに戦況はかんばしくない。だが、お前を失いたくないんだ……」
我が領主マイ・ロード……」

 ジーグフリード軍の陣形が整う。
 兵力不足で、やたらと隙間すきまが目立つが、まがりなりにも全軍突撃の準備が整う。
 
「リューキ殿、鋒矢ほうしの陣が整いました。おで、いえ、私たちの未来はこの一戦にかかっています。共に運命の扉をこじ開けましょうぞ!」
「ジーグフリード、いさぎよいな。お前の決断にかけよう! ……それと、無理して言葉遣いを正さなくていい。『おで』で良いからな」
「うっ、その言葉は忘れて下さい! 私はゴブリン・ロード。ゴブリン族の地位向上を目指しております。まずは粗野な言葉遣いを直すことから……」
「立派な心がけだ。では、ますます生き延びねばならないな」

 ジーグフリード軍の鋭利な鋒矢ほうしが敵陣に突き出される。
 幾度跳ね返されようとも、陣形を組み直して突撃を繰り返す。
 四方から包み込もうとする敵には目もくれず、愚直ぐちょくに前進を試みる。

「リューキ……なかなか苦戦してるようだねえ」

 擬人ヒト化したヴァスケルが、声をかけてくる。
 従者つきびとよそおいのヴァスケルは、戦場には似つかわしくない種類タイプの女性に見える。
 相当疲労したのか、道端みちばたの大岩に身体からだを預けたまま動けないでいる。

「大丈夫か? しっかりしろ!」
「おや? あたいに無理難題を押し付けておきながら、心配してくれるのかい?」

 俺はヴァスケルを抱き起こす。
 正直、彼女ヴァスケルがこれほど消耗するとは思っていなかった。

「すまない。お前なら雨雲くらい簡単に呼び寄せられると思って……」
いにしえの火龍も水をあやつるのはしんどいのさ……火と水は相性が良くないからねえ」
「そうだったのか……ごめん」

 俺は頭を下げる。
 ヴァスケルに甘えすぎたとも思い、ひどく恥ずかしかった。
 
「えらく素直だねえ……それに、目の色も落ち着きを取り戻している」
「目の色? 落ち着き?」
「あんた、もう腹は立ってないだろ?」
「あ、そういえば」
「うん、良かった……あたいの身体からだは心配いらないよ……これくらいなら、二、三日休めば動けるようになるさ」

 ヴァスケルが目をつぶる。
 まるで、このまま俺の腕のなかで眠るかのように。

我が領主マイ・ロード、あちらの丘をご覧ください! ダゴダネルの黒鎧が逃亡しようとしています。あの者を逃したら、我が軍に勝ち目はありません!!」

 矢を大剣で叩き落としながら、女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが叫ぶ。
 徐々に飛来する矢や投石の数は増えている。
 それだけ戦況が悪化しているということだ。

「なんだい……おちおち休んでもいられないね。リューキ、あたいを覚醒かくせいさせた栄養ドリンクとやらをおくれよ」 
「でも、そうしたらヴァスケルは自分自身が制御せいぎょできなくなるんじゃあ?」
「他に手はあるかい? ひと暴れした後は数日遠くに離れてるよ……あんたに迷惑をかけたくないからね」

 俺はためらう。
 が、覚悟を決めたヴァスケルの眼差しに背中を押された気がして、決断を下す。

 収納袋から栄養ドリンクを取り出す。
 残りは二本しかない。
 俺は一本のフタを開け、ヴァスケルの口にゆっくりと流し込む。
 だが、ヴァスケルはむせてしまい、口の中のものを吐き出してしまう。

「ぐふぉっ……だめか。あたいは、この甘ったるいのに苦味もある妙な味が苦手でねえ。あたいの身体からだは正直すぎるのか、嫌いなもんは受け付けないのさ」
「ヴァスケル、時間がないから単刀直入に聞く。俺のことは嫌いじゃないよな?」
「こんなときに変なこと聞くねえ。あたいが、あんたのことを気に入ってるのは分かってるだろ?」
「それを聞いて安心した」

 俺はビンに残っていたドリンク液を自分の口に含む。
 ヴァスケルの唇に自分の唇を押しあて、ゆっくりと流し込む。
 あねさんの肉感的で色っぽい唇はとても柔らかかった。
 
「きゃあー! なにしてるんですかー!」
 
 初心うぶな感じの悲鳴が聞こえる。
 自分が女騎士ナイトであることを忘れてしまったエリカのの声だ。
 
 そうか、エリカはこういうことに慣れていないのか! 

 エリカの反応に俺は妙に納得してしまった。
 同時に嬉しくも思った。

 まあ、俺も経験豊富というわけではないけどね。
 
 身動きのとれないあねさんヴァスケルに、口移しでドリンク液を飲ませ続ける。
 キスした瞬間、黒目がちのうるんだ瞳が大きく見開かれたが、いまでは諦めたかのように完全に閉じられている。
 
 あねさんはむせることなく、すべて飲み干してくれた。

 口のなかが空になり、唇を離す。
 早くも栄養ドリンクが効果を発揮したのか、ヴァスケルのほほは心なし血色が良くなったように見えた。

「……まだ足りないね。もっと、おくれよ」
「そうか、わかった」

 俺は栄養ドリンクのフタを開ける。
 最後の一本だ。
 ふたたびあねさんヴァスケルの唇に自分の唇を押しあて、ドリンク液を流し込……む、むむっ? なんか違うぞ!?

 あねさんの長くしなやかな指が、俺の後頭部をがっちりホールドしている。
 頭だけではない。
 太腿ふとももを俺の下半身に大蛇のようにからめ、豊満な肉体をぐいぐい押し付けてくる。

 なんという痛気持いたきもち良い状態。

 うん、もう逃げられないね。
 ずっとこうしていようか……いや、だめだ。
 いまは緊急事態だ。
 お楽しみはあとに取っておこう。
 いやいや、それも違うか。

 気づくと、俺の口のなかはからっぽだった。
 そう。いまや俺がドリンク液を口移しで飲ませているのではない。
 ヴァスケルが俺の口をむさぼっているのだ。

 ドリンク液の最後の一滴まで求めるのか、彼女の長い舌が俺のなかに侵入する。
 ビビビと背筋に電流が走る。
 なにそのテクニック? 
 いやー、やめて! 
 みんな見てるから! 
 心の叫びは俺の本心か? 
 むんむん色気を発するあねさんに口をちゅーちゅー吸われて、俺は息苦しくなる。

 ちゅぽん!

「ふう、ごちそうさま……。栄養ドリンク、お代わり!」
「……もう、ないから。さっきのが、最後の一本だったから」
「あん? もったいぶらなくてもいいじゃないか」

 ふにゃふにゃと腰が砕けた俺を、あねさんヴァスケルが抱きかかえる。
 形勢逆転。
 いや、状況説明として相応ふさわしくない。
 立場逆転。
 うん、そんな感じだ。

「ヴァスケル様……元気になられたのは喜ばしいのですが、少しやりすぎでは?」
「あん? エリカは怒ってるのかい?」
「ち、違います! 怒ってなんかいません!」
「じゃあ、焼きもちかい? リューキ、次に栄養ドリンクを手に入れたら、あんたの女騎士エリカにも飲ませてやんな! ……よっしゃあ、力が湧いてきた!! いくよ!!!」

 あねさんヴァスケルが白光する。
 瞬時に、気力充実といった感じの守護龍ドラゴンヴァスケルがあらわれる。
 ごうっと音を鳴らして、ヴァスケルが宙を舞う。
 途端、ドラゴンブレスの閃光と大音響が連続する。
 俺は条件反射的に地面にした。

 鼻をつく肉の焦げるにおい。
 肩に置かれる優しい手。
 俺はおそるおそる頭を上げる。
 身を伏せていたのは俺ひとりだった。

 優しい手のぬし女騎士ナイトエリカ・ヤンセン。
 彼女は俺の身をまもるべく、仁王立ちになっていた。
 俺の女騎士エリカの頼もしい姿に感心するやら、自分が情けない気持ちになるやら。

我が領主マイ・ロード。すさまじい光景ですね……」

 立ち上がり、戦場を見わたす。
 いや、目の前に広がるのは、戦場だった荒れ地。
 数百の焼け焦げた敵兵が見える。
 溶けた大地からすさまじい量の蒸気が立ち昇っていた。

 ジーグフリード軍は戦闘をめていた。
 敵がいないわけではない。
 ただ、双方とも戦意を喪失したため、いくさにならないのだ。

 ヴァスケルがこちらに向かって飛んでくる。
 手につかんでいた黒いものをポイッと投げ捨てる。
 ダゴダネルの黒鎧だった。
 ジーグフリード軍が遮二無二しゃにむにになって追った敵の黒幕は、用済みのゴミのように地面に投げ捨てられた。

「ジーグフリード殿! その男を捕まえて下さい!」

 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが叫ぶ。
 ジーグフリードが、慌てて配下の兵に指示を出す。

 もっとも、急ぐ必要はなかったが。

 黒鎧の男は生きているのが不思議な位の重症。
 その身柄を奪還しようという敵の動きも見られない。

「リューキ……エリカ……、じゃあ、あたいは行くよ……」

 守護龍ドラゴンヴァスケルが苦しそうに言う。
 理性を保つのが限界といった様子だ。

「ヴァスケル、ありがとう。お前がいなかったら……」
「お礼なんかいらないよ……あんたたち、これからどうするんだい?」
「このままダゴダネルの領地に向かう。エルメンルート・ホラント姫の身柄を確保しないとな。姫さんの無駄遣いを止めさせないと、俺は破産しちまう。捕まえた黒鎧の男をどうするかは……これから考えるさ」
「わかった……じゃあ、次に会うのはダゴダネル領かな。……くれぐれも気をつけるんだよ」
「ああ、ヴァスケルもな」

 守護龍ドラゴンヴァスケルが咆哮ほうこうする。
 天に向かってドラゴンブレスを放つ。
 分厚い雨雲にいくつも穴があき、雲間くもまから太陽が見えた。
 見たこともない、不思議で不自然な光景だ。

 ヴァスケルは自分が開けた雲の隙間を抜け、飛び去っていく。
 ヴァスケルの姿が見えなくなると、恐怖に身を固めていた敵兵が動き始める。

 俺は咄嗟とっさにヴァスケルの威を借りることにした。

「ワーグナーの領主ロードである俺に敵対したゴブリン族の男たちよ! 機会チャンスを与えてやろう! ダゴダネルの下僕しもべとして、このまま一生こき使われたいか? さすれば俺のドラゴンが相手になってやろう! それとも、俺のもとで、ジーグフリードの配下として、ゴブリン族の誇りをもって生きていくか? さすれば俺のドラゴンはお前たちを助けてくれるだろう! さあ、好きな方を選べ! 俺の敵でいるか、味方となるか。ただし、生き方を変える機会チャンスは一度きりだ!」

 俺の演説が終わるのを待っていたかのように、ヴァスケル咆哮ほうこうが天から響く。

 そう。結局、ゴブリン兵たちの決断を後押ししたのはヴァスケルだった。
 
 同時に、俺の新しい部下、ゴブリン・ロードのジーグフリードが、名実ともにゴブリン族の頂点に立った瞬間でもあった。
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