上 下
21 / 90
<フリーター出撃編> ~守護龍ヴァスケル 覚醒する~

第十九話:フリーター、龍に酔う

しおりを挟む
我が領主マイ・ロード。ご気分はいかがですか?」
「うん……だいぶ良くなったけど、もう少し休ませてくれ」

 ローグ山の西。
 傾斜がなだらかな中腹付近の森のなか。

 俺たちは野宿の準備をしていた。

 き火の横で、ひとり横になっているのは、他の誰でもない俺。
 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが心配そうに声をかけてきたが、俺にはから元気でこたえる気力すらない。

 俺が体調を崩した原因は明白。
 ヴァスケルの乱暴な龍飛行ドラゴン・フライだ。
 車いならぬドラゴンいで、俺の胃のなかはからっぽさ。
 絶叫系コースターがゆりかごに思えるほどの急上昇、急降下、そして大回転。
 失禁おもらししなかっただけでも、自分を褒めたいくらいだ。

「リューキ……悪かったねえ。あたいは、どれだけ上手うまく飛べるか知ってもらいたかっただけなんだよ」

 擬人ヒト化したヴァスケルが俺を心配する。
 いまのヴァスケルは「守護龍ドラゴンモード」でも、背徳感ただよう「あねさんモード・堕天使だてんしバージョン」でもない。肌の露出ろしゅつを極力おさえた「あねさんモード・従者つきびとバージョン」だ。
 実状を知らない人からすれば、体調を崩した主人を世話する従者つきびとにしか見えないだろう。
 あくまでも見た目だけどね。 

「ヴァスケル。お前がスゴいのは、よーくわかった。けど、敵に襲撃されたときは別にして、単なる移動はそっと飛んでくれよな」
「もちろん! ……昔っから、ワーグナー家の赤ん坊が夜泣きをしたときなんかは、あたいが抱っこして空を散歩したもんさ。ジーナのときもね……これからは子守りと同じくらい、優しく飛んでやるよ」
 
 マジか! ヴァスケルは子守りもしてたのか。
 守護龍ドラゴンは戦うだけじゃないんだね。
 それはともかく、夜の空中散歩で赤ん坊はホントに寝つくのか? 
 気を失っただけではなかろうか? 
 こわいこわい。
 空飛ぶ育児はワーグナー家の伝統か? 
 獅子ししは我が子を千尋せんじんの谷に突き落とすというが、そんな感じか? 
 いや、もっと苛酷かこくな試練な気がする。

 ワーグナー家五十三代目のジーナも、いつかは後継者を育てるだろう。
 けど、ヴァスケルに子守りを頼むのは考え直した方が良いかもしれない。
 ふと、俺はそんなことを考えた。
 まあ、他人の俺が口をはさむのは出しゃばりすぎかもしれないけどね。

我が領主マイ・ロード。できれば食事をとられた方がよろしいかと思います。明日の昼にはゴブリン族の村に到着します。ジーグフリード殿との面会もありますので、体力をつけておかないと」

 新鮮な獣肉をエリカが火であぶる。
 食べやすいように小さく切り分けて、俺の脇に置いてくれる。
 だが、食べごろサイズのカットステーキを見ても、どうにも食欲がわかない。
 龍飛行ドラゴン・フライをものともしないエリカの丈夫な胃袋がうらやましい。

 それでも俺は、小さめの肉片をふた切れほど飲みこんだ。
 あまりエリカやヴァスケルに心配をかけちゃ悪いからね。
 
◇◇◇

 翌朝。
 ひと晩寝た俺は、清々すがすがしい気分で目覚めた。
 腹はペコペコ。
 まあ、当たり前か。
 ドラゴン酔いなんていっても所謂しょせん乗り物酔いと変わらない。
 病気とは違うからね。

我が領主マイ・ロード。朝食は食べられそうですか? 黒パンと、昨夜と同じローグベアの肉くらいしか用意できませんが」

 いまさら知ったが、筋張すじばった硬い肉はローグベアの肉だった。
 エリカとヴァスケルは、獲れたての熊肉ローグベア直火じかび焼きしてから豪快にかぶりついていたんだね。
 いやあ、ワイルドなお姉さま方ですな。

「ローグベアの肉もいいけど、俺が元いた世界で買ってきた食べ物があるから、それも出すよ。エリカとヴァスケルもどうだ?」

 俺は首からぶら下げたがま口を開ける。
 領主ロード専用の収納袋。
 金属製の小型ケトル、ミネラルウォーター、カップスープのもとを取り出し、手早くスープを作った。

我が領主マイ・ロード! この『ポタージュ』というスープは美味おいしすぎます! なんだか力も湧いてきます」
「あたいも気に入ったよ……もう一杯もらえるかい」
「ふたりの口に合って何よりだ。たくさんあるから遠慮しないで飲んでくれ」

 そう。カップスープは元の世界のタナカ商会で大量買いしたものだ。
 あまりにも安かったので、百袋入り業務用サイズを五袋も買ってしまった。
 買ってから賞味期限が半年しか残ってないのに気づいた。
 俺、やっちまったな。
 そんなわけで、口に合うなら、どんどん飲んでくれた方が俺も嬉しい。
 
「さあ、ふたりとも行くよ!」

 朝食を済ませたヴァスケルが守護龍ドラゴンモードに変身チェンジする。
 俺と女騎士ナイトエリカ・ヤンセンは、ヴァスケルに抱えられて再び大空に飛び立つ。
 目指すはゴブリン・ロードのジーグフリードが住む「オーデル村」。
 俺が新しく手に入れた領地のひとつだ。

 俺と約束した通り、ヴァスケルは落ち着いた飛行を心掛こころがけてくれる。
 昨日とは打って変わっておだやかな龍飛行ドラゴン・フライ
 地形に沿った低空飛行で、グライダーのようにスーッと飛んでくれた。
 これならドラゴンいはなさそう。
 ほほをなでるひんやりとした山風さんぷうが心地よい。

 ゆったりとした感じで三時間ほどときが流れる。
 ワーグナー城の四季の美しさ、ローグ山で採れる果実の素朴な味、主従ながら姉妹のように育った元領主ロードジーナ・ワーグナーと女騎士ナイトエリカ・ヤンセンの昔話。
 そんなとりとめもない話題に、旅の目的を忘れそうになる。

「前から気になってたけど、ヴァスケルが眠ってたのはどれくらいなんだ? ジーナもエリカも守護龍ドラゴンヴァスケルの目覚めを長い間待ってたようだったけど……」
「リューキ、静かに!!」

 俺の問いに答えず、ヴァスケルの声が硬いものに変わる。
 途端、守護龍ドラゴンヴァスケルは爆発的に急上昇し、山裾やますその岩場の上に着地する。
 女騎士ナイトエリカが俺の身体からだを支えてくれなければ投げ出されそうな勢いだった。

「ヴァスケル、急にどうした! なにかあったのか?」
我が領主マイ・ロード。あたりをご覧ください。ヴァスケル様が警戒した理由が分かります」

 女騎士ナイトエリカにうながされ、俺は周囲を観察する。

 垂直にそそり立つ大岩の上から見える光景は、文字通りの戦場いくさば
 木の柵に囲まれた山砦さんさいを数千の兵が囲んでいる。
 実際に戦闘が行われているのはその一端のみ。
 組織立った行動をする数百の守備兵が、数は多いが統制のとれていない包囲軍の一隊を追い散らしている。
 ただし、兵数が大きく異なるせいか、守備側は包囲軍を完全に追い払うまでには至っていないようだ。

「あん!? ゴブリン・ロードは、ダゴダネルから割譲かつじょうした領地を掌握しょうあくしたんじゃなかったのかい? ずいぶんと話が違うねえ」
「すると、あの山砦さんさいが目的地のオーデル村か? 村にこもるのがジーグフリードの部族としたら、攻めているのは何者だ?」
「見たところ、ゴブリン同士の争いだから、反ゴブリン・ロード陣営ってとこかねえ? まったく、おかしな話があるもんだ」
「ヴァスケル、なにがおかしいんだ?」
「ゴブリン族には、ゴブリン・ロード以外の統率者はいないはずだよ。なのに、包囲軍はそれなりにまとまってるじゃないか」

 うむ、確かにおかしな話だ。
 てことは、ゴブリン族以外でジーグフリードと敵対する奴が暗躍あんやくしているのか。
 しかも、ワーグナー領内での争いごとを喜ぶ相手となると……

「ダゴダネルの奴らが、裏で糸を引いてるのか?」
「リューキはさっしがいいじゃないか。あたいも同じ考えを思いついたとこだよ」
我が領主マイ・ロード、ヴァスケル様。私も賛同します」

 目の前で繰り広げられているいくさの裏側が見えた気がする。
 推測でしかないが、ダゴダネルが絡んでいる可能性は高いだろう。
 明らかな停戦協定違反。
 さて、どう対処しようか。

我が領主マイ・ロード、しばらくは戦闘の推移を観察し、包囲軍の黒幕くろまくがどこにいるかを見極めましょう」
「そうか、そいつを捕まえるんだな。でも、いくさが長引くとケガ人が増えちゃうなあ」
「リューキは優しい男だねえ……けど、甘い男でもある。いいかい、ジーグフリードはワーグナーとダゴダネルのいくさの後のドサクサに紛れて、あんたの領地を掌握しようとしたんだよ? あんたの許可も得ないでね。まったく、敵か味方か分からない相手を心配してどうするんだい!」

 俺はヴァスケルに何も答えられなかった。
 甘ちゃんと言われただけでなく、その通りだと認めざるを得なかったからだ。

我が領主マイ・ロード! あれを見て下さい! 包囲軍がオーデル村に一斉攻撃を始めました! 火矢も放ってます!」
「なに!? それじゃあ兵士だけじゃなく、領民まで巻き込まれるじゃないか!」
「包囲軍の奴らは正攻法ではかなわないと見たんだろうねえ。村の占領から破壊に方針を切り替えたんだと思う……あたいのきらいなやり方だけど、有効な手段さ」

 オーデル村の方々から火の手が上がる。
 村を囲む木の柵、四隅よすみの見張り台、大小の粗末な家屋、家畜小屋から道端に生えている木まで、村のあらゆるものに火矢が刺さる。
 見たところ、兵士だけでなく非戦闘員の女性から子どもまで懸命に消火活動を行っている。
 が、多勢に無勢。
 たちまち村中に火が回り始めた。

「くそがっ! ヴァスケル! 俺を乗せて飛べ!!」
「リューキ……どうするつもりさ? いくさに巻き込まれてケガをしちまう……」
「俺が心配ならお前が守れ! 虐殺が始まるのを黙って見てられるか!!」
「なんだい、無茶なことをいう男だねえ……仕方ない。あんたが行くなら、あたいも行くよ」
我が領主マイ・ロード。私も地獄の底までおつきあい致します」
 
 俺たちが向かうのは眼下に広がる戦場。
 数千のゴブリン兵が囲むオーデル村。
 村を守るジーグフリードの一族も味方だと確信できたわけではない。
 それでも俺は突入することに決めた。

 正義だとか領主ロードの責務だとか。
 そんな高尚こうしょうな理由を持ち出すつもりはない。

 ただ、無性に腹が立ち、怒りを抑えきれなかっただけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜

猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。 ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。 そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。 それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。 ただし、スキルは選べず運のみが頼り。 しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。 それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・ そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。

ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花
ファンタジー
暗澹たる世に一筋の光明たるが如く現れた1人の青年。 ローゼリア伯フランツの嫡子アレクス。 本を読むのが大好きな優しい男の子でした。 ある不幸な出来事で悲しい結末を迎えますが、女神シュマリナ様の奇跡により彼の中に眠るもう1人のアレク『シア』が目覚めます。 前世も今世も裏切りにより両親を討たれ、自身の命も含め全てを失ってしまう彼達ですが、その辛く悲しい生い立ちが人が生きる世の惨たらしさを、救いの無い世を変えてやるんだと決意し、起たせることに繋がります。   暗澹たる世を打ち払い暗黒の中世に終止符を打ち、人の有り様に変革を遂げさせる『小さくも大きな一歩』を成し遂げた偉大なる王への道を、真っすぐに駆け上る青年と、彼に付き従い時代を綺羅星の如く駆け抜けた英雄達の生き様をご覧ください。 神崎水花です。 デビュー作を手に取って下さりありがとうございます。 ほんの少しでも面白い、続きが読みたい、または挿絵頑張ってるねと思って頂けましたら 作品のお気に入り登録や♥のご評価頂けますと嬉しいです。 皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。どうか応援よろしくお願いいたします。 *本作品に使用されるテキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。 *本作品に使用される挿絵ですが、作者が1枚1枚AIを用い生成と繰り返し調整しています。  ただ服装や装備品の再現性が難しく統一できていません。  服装、装備品に関しては参考程度に見てください。よろしくお願いします。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

処理中です...