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<フリーター危機一髪> ~嵐の前の静けさ~

第十二話:フリーター、裁かれる

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 証言1:「『ぶらじゃあ』はリューキさまが持ってるから、エリカが受け取って洗濯しておいてねー」

 ――ええ、認めますとも。
 ジーナ・ワーグナーの発言に異を唱えるつもりはございません。
 「ぶら」は俺が持ってます。
 実物は収納袋にしまってあります。
 盗んだとか、欲しかったとかじゃないです。
 魔が差したってのも違います。
 最初から返すつもりでした。
 え? 犯罪者はみんなそう言うって? 
 そうですか。
 どの世界も悪い奴は同じなんですね。
 でも本当なんです。
 信じてください。

 ワーグナー城の地下深く。
 さびの浮いた鉄格子に閉ざされた、広さが二畳ほどしかない狭い空間。
 俺のあたらしい住処すみかだ。
 床はジメジメしてるし、空気もよどんでる。
 壁には変な虫が歩いてる。
 不快だ。
 玉座のある大広間がいかに快適だったか今さら分かる。
 こんなとこ早く出たい。
 人間、失ってからモノのありがたみが分かるということか。
 
「ワーグナー城に、こんな部屋があったんだね」

 沈黙。

 俺の問いに答えてくれる者はいない。

「陽当たりの良くない城だと思ってたけど、ここは特に暗いね。カビ臭いしさ」
「リューキ殿。地下牢ですから」

 良かった。反応があった。

 鉄格子越しに殺気を飛ばしてくるが、いちおうエリカは口をきいてくれた。

「リューキ殿よお。オレは、リューキ殿を信じてたんだぜえ」

 オーク・キングのグスタフ隊長がボヤく。
 仕事帰りに一杯ひっかけるオヤジのよう。
 新橋の立ち飲み屋か。
 いや、あれはあれで悪くないけどね。

 話がれた。
 元に戻す。

 要するにグスタフ隊長は俺に裏切られたと思い、心底悔しがっているのだ。

 いやいやいやいや、俺が何をした? 
 やましいことは何もしてない。
 そう、これは冤罪えんざいだ。
 確かにジーナの胸はちょっと見ちゃったけど、不可抗力だ。
 少し触っちゃったけど、それがどうした。
 ひらき直りじゃない! 
 雨に濡れて冷え切ってしまったジーナを助けるため、タオルでいただけだ!!

「エリカも、俺の話を信じてくれないんだな」
「リューキ殿。私は信じたい、信じたいですが……」
「もう、『我が領主マイ・ロード』とは呼んでくれないんだ……寂しいな」
「……」

 エリカに意地悪してしまう。
 俺の話を信じてくれないのが悲しくて、つい口が滑った。

 無実を証明する物的証拠はない。
 状況証拠は有罪。
 心証も悪い。
 俺にできることは何もない。
 仕方ない。
 ここはひとつ、ジーナに託(たく)してみよう。
 我が城の外交交渉の担当者だしね。

「わかったよ。そこまで疑われちゃあ、しょうがない。もう俺は弁明しない。あとはジーナに聞いてくれ。彼女の話を聞いて、それでも俺が悪いと判断するなら、処刑するなりなんなり好きにすればいいさ」

 ホントは俺だって死にたくない。
 当たり前だ。
 俺はいさぎよさをアピールしただけだ。

 エリカもグスタフも武人。
 くどくど説明するより、この方が心に響くはず、と思う。

「ジーナ様には、すでに話を聞きました」
「なんだそうか。で、ジーナは何だって?」

 証言2:「リューキさまに無理やり薬を飲まされて気を失っちゃったの。朝起きたら、スーツを脱がされてて、『ぶらじゃあ』もなかったわ」

 おいおい、どこの鬼畜だ。 
 どこから見ても卑劣な性犯罪者じゃないか。
 はい、有罪。懲役ちょうえきしょす。
 いやいや、ほかの誰でもない、俺のことだ。
 やめてくれ。
 ジーナの発言は間違っていない。
 間違ってないけど、壊滅的に説明が足りない。

「リューキ殿。我々はクーデターという形は取りたくありません。ですが、人格的に相応ふさわしくない方を領主ロードと認めるわけにもいきません。リューキ殿には、このまま地下牢でひと月過ごして頂きます。ローン返済遅延で落命して頂きます。余命ひと月、おのれの犯した罪をいながらお過ごしください」
「ちょっと待った! ジーナを呼んでくれ! あいつと話をさせてくれ!」
「マイ・ロー……、リューキ殿。見苦しい真似はやめて下さい。もう弁明はされないとおっしゃったばかりじゃないですか……これ以上私を苦しめないでください」

 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが目を伏せる。
 くるりと後ろを向き、小さく肩を震わせる。
 俺はエリカを泣かせてしまったようだ。
 心が痛む。ズキズキする。
 ああ、俺はなんてことをしちまった……いやいやいやいや、してません。
 だーかーらー、俺は何もしてないんだってば。

「リューキさま、ここにいたー! ねえ、なんで、みんな地下牢で遊んでるの?」
「ジーナ様? 我々は遊んでいるわけではありません。ジーナ様の証言にもとづいて、卑劣な犯罪人を……」
「リューキさまが何か悪いことしたの? そうそう。リューキさまがスーツの代わりに貸して下さったダボッとした服。スウェットでしたっけ? あれ、次の異世界訪問のときに買おうかな。すごく楽チンで良かったのよねー」

 スイーツを頬張ほおばりながら、超ご機嫌な感じでジーナが言う。
 かわいいほっぺにクリームが付いている。
 お子さまか。
 あんまりお菓子を食べすぎると、夕食が食べられなくなっちゃうぞ、と。

 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンとグスタフ隊長が顔を見合わせる。
 ようやく自分達が下した結論に疑問を持ったようだ。

城代じょうだいジーナ・ワーグナーに命ずる。女騎士ナイトエリカ・ヤンセンとグスタフ隊長に俺の世界でなにがあったのか説明しろ!」
「はーい。簡潔にですか?」
「いくら時間がかかってもいい。ジーナが覚えている限り、ぜんぶ話せ!」
「はーい、わっかりましたー」

◇◇◇

 ワーグナー城に朝が来た。
 俺がいるのは薄暗い地下牢。
 それでも夜が明けたことは理解できた。
 
 ジーナの話は長かった。
 ほとんどがバイトの話。
 なんという無意味な時間。
 どんなひとがティッシュを受け取ってくれるか、あるいは、いかにしてティッシュを受け取ってもらうかのテクニックを延々教えられた。
 バイトの話を聞き終わるころには、俺もティッシュ配りをやってみたくなった。
 不思議なものだ。洗脳か。

 長い話の途中、俺はジーナを止めなかった。
 どうやら彼女は話の要点をおさえて話すことができないみたいだ。
 だったら全部話させてやれというのが俺の方針。
 誤解されるくらいなら、ジーナに長話を続けさせた方が良い。
 なにしろ俺の生命いのちがかかっているからね。

 竹本さんに助けてもらった話。
 よく効く風邪薬の話。
 バイト代を失くしてべそをかくジーナを俺が慰める話。
 コンビニ「パミマ」に行き、俺がどのスイーツを買うか悩む話。

 ジーナの説明が進むにつれ、エリカとグスタフ隊長の表情が落ち着かなくなる。
 ジーナがエリカから受け取った手紙を、俺が解読しようとした段になると、エリカの顔は真っ赤になった。
 手紙を渡す相手を間違えてしまったのに、エリカ自身も気づいたようだ。

 ジーナが話をまとめる。
 俺と一緒に行った旅がいかに楽しかったかを、ひと月後の再訪がどんなに待ち遠しいかを。そして、いつかエリカとも一緒にスイーツを買いに行きたいことを。

 ひと晩じゅう話し続けたのに、ジーナはケロッとしている。
 もう一回最初から話してくれと頼んだら、快く引き受けてくれそうな感じ。
 正直、もう勘弁だが。

 鉄格子の鍵が開けられる。
 女騎士ナイトエリカが狭い地下牢に入って来る。
 俺の手を取り、牢の外に出してくれる。

我が領主マイ・ロード、お詫びのしようもございません。我が死をって――」
「やめてくれ! 分かってくれればいい。気にするな!」
「リューキ殿。オレは自分が恥ずかしい。忠義を尽くそうと決めたリューキ殿のことを信じられなくて」
「グスタフ隊長もいいから! もうこの話はおしまいだ!」

 やれやれ。生命いのちが助かったと思ったら、今度はふたりが落ち込んでいる。
 ふたりとも「ジーナ様命」の直情型だからね。
 俺もジーナの取り扱いには少し気を付けよう。
 強者ツワモノの後見人がふたりもいるんだから。

「そういえば、エリカもグスタフも俺に報告することがあったんじゃないのか?」

 俺はふたりに質問した。
 こういうときは、仕事をさせて雑念を消してしまうのも手だからね。

我が領主マイ・ロード! ダゴダネルの人質の件で報告です。人質として送られてくるダゴダネルの娘は、実の娘ではなく養女だそうです。皇帝陛下から半ば強引に押し付けられた娘らしく……」
「リューキ殿! ダゴダネルから割譲される領地のことだ。ゴブリン・ロードとその一族が割譲される領地に移住するそうだ。ただでさえ紛争が絶えない地域なのに……」

 ほう。早速キナ臭い話が出てきたか。
 地下牢の囚人はごめんだが、領主を続けるのも色々と大変そうだ。
 まあ、退屈はしなさそうだけどね。
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