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走れ至恩
小さな不安
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力を入れなくても人参の皮がスッと切れるウサちゃんのピューラー。
母さんに頼まれて始めた料理の手伝が楽しく思えてきた。
「人参終ったかしら? 次はハサミを使って海苔を切ってくれる」
「待ってもう少し」
「今日はいつもより二人分多く作らないといけないから、至恩にも頑張ってもらわないとね」
今日の母さんは気合いが入ってる。
トップスの襟にはハンカチーフのような物が付いたサブリナトップを着て、ボトムスは細目の黒いパンツを履いていた。
普段は着ないよそ行きの格好である。
綺麗な母さんに見とれていた。
突然、指に痛みが走る。
「痛っ」
よそ見をしている内に左手の人差し指を少し切った。
それに気づいた母さんは小走りで寄って来て僕の指を口に咥えた。
口を窄めて指をしゃぶる。
その仕草が僕にはとても官能的で刺激が強かった。
最近の母さんは少し変だ。
何と言うか簡単に言えば艶っぽい。
母親なのに異性として見てしまう僕がいる。
普通の人なら、そんな風には思わないだろうけど僕は記憶喪失。
母さんを大人の女性として意識してしまう。
舐めていた指を口から出し、手を握ったまま微笑んだ。
「絆創膏を貼るからソファーに座って待ってて」
母さんは救急箱を取りに電話が置いてあるキャビネットへ行く。
僕はソファーに座って母さんを待つ。
手持ち無沙汰の僕は、唾液まみれの指を見てイケない衝動に駆られた。
「どうしたの?」
救急箱を持ってきた母さんに話しかけられ我に返る。
母さんは僕の隣に座る。
指に付いた唾液と血をティッシュで拭き取り手際よく絆創膏を貼ってくれた。
母さんが体を密着させてくるから妙に意識してまう。
「はい、オーケーよ」
「ありがとう母さん」
「至恩に絆創膏を貼っていたら英二さんのことを思い出すわ」
「父さんを?」
「新婚の頃は英二さんから料理を手伝ってもらったけど、あの人もよく指を切ってこうして絆創膏を貼ったの」
「それじゃ指を切ってしまうのは父さんの遺伝かな?」
「そうかもね。でも私は少し違うと思うの」
母さんは僕をじっと見つめる。
しばらく見つめあったままの状態で時間が流れる。
やがて僕は母さんに優しく押し倒された。
仰向けの僕の上に母さんが覆い被さってきた。
互いの息が顔にあたる距離。
母さんは妖艶に囁く。
「ねえ覚えているかしら。私とあなたはこのソファーで何度も何度も。思い出して英二さん」
母さんは頬と耳を赤らめていた。
僕の目の前にいるのは母親ではなく大人の女性だった。
「母さん、僕は父さんじゃない。至恩だよ」
「ああ――そうよね、確かにあなたは至恩。ごめんなさい、母さんどうかしてたわ。今のは忘れてね」
母さんは慌てて起き上がる。
僕も体を起こす。
気まずい雰囲気になった。
何を話していいか分からないまま、しばらく無言が続いた。
妙な雰囲気になったところへ亜希がリビングに入ってきた。
「どうしたの二人とも? 真っ赤な顔でソファーに座っちゃってさ」
「何でもないわ亜希」
「そんなことよりもお腹減った。おやつとかないの?」
「いつもの引き出しにスナック菓子があるわ」
亜希は収納棚を開けてお菓子を取り出すと「これ貰って行くね」と言ってリビングを出て行った。
亜希が来てくれたおかげで空気が変わった。
母さんはそれほど乱れてない髪を整えて言った。
「戻って夕食の支度しなきゃね。恵ちゃんと白井先生が来ちゃう前に終わらせなくちゃね。手伝って至恩」
「うん」
母さんは何もなかったように夕食の支度を再開した。
ドキドキしている僕とは違って母さんの落ち着きは大人の余裕だろうか。
けれど一番驚いたのは僕と父さんを間違えたこと。
父さんを喪った悲しみから立ち直れていないのだろうか。
小さな不安を抱えながら人参の皮を剥き続けた。
母さんに頼まれて始めた料理の手伝が楽しく思えてきた。
「人参終ったかしら? 次はハサミを使って海苔を切ってくれる」
「待ってもう少し」
「今日はいつもより二人分多く作らないといけないから、至恩にも頑張ってもらわないとね」
今日の母さんは気合いが入ってる。
トップスの襟にはハンカチーフのような物が付いたサブリナトップを着て、ボトムスは細目の黒いパンツを履いていた。
普段は着ないよそ行きの格好である。
綺麗な母さんに見とれていた。
突然、指に痛みが走る。
「痛っ」
よそ見をしている内に左手の人差し指を少し切った。
それに気づいた母さんは小走りで寄って来て僕の指を口に咥えた。
口を窄めて指をしゃぶる。
その仕草が僕にはとても官能的で刺激が強かった。
最近の母さんは少し変だ。
何と言うか簡単に言えば艶っぽい。
母親なのに異性として見てしまう僕がいる。
普通の人なら、そんな風には思わないだろうけど僕は記憶喪失。
母さんを大人の女性として意識してしまう。
舐めていた指を口から出し、手を握ったまま微笑んだ。
「絆創膏を貼るからソファーに座って待ってて」
母さんは救急箱を取りに電話が置いてあるキャビネットへ行く。
僕はソファーに座って母さんを待つ。
手持ち無沙汰の僕は、唾液まみれの指を見てイケない衝動に駆られた。
「どうしたの?」
救急箱を持ってきた母さんに話しかけられ我に返る。
母さんは僕の隣に座る。
指に付いた唾液と血をティッシュで拭き取り手際よく絆創膏を貼ってくれた。
母さんが体を密着させてくるから妙に意識してまう。
「はい、オーケーよ」
「ありがとう母さん」
「至恩に絆創膏を貼っていたら英二さんのことを思い出すわ」
「父さんを?」
「新婚の頃は英二さんから料理を手伝ってもらったけど、あの人もよく指を切ってこうして絆創膏を貼ったの」
「それじゃ指を切ってしまうのは父さんの遺伝かな?」
「そうかもね。でも私は少し違うと思うの」
母さんは僕をじっと見つめる。
しばらく見つめあったままの状態で時間が流れる。
やがて僕は母さんに優しく押し倒された。
仰向けの僕の上に母さんが覆い被さってきた。
互いの息が顔にあたる距離。
母さんは妖艶に囁く。
「ねえ覚えているかしら。私とあなたはこのソファーで何度も何度も。思い出して英二さん」
母さんは頬と耳を赤らめていた。
僕の目の前にいるのは母親ではなく大人の女性だった。
「母さん、僕は父さんじゃない。至恩だよ」
「ああ――そうよね、確かにあなたは至恩。ごめんなさい、母さんどうかしてたわ。今のは忘れてね」
母さんは慌てて起き上がる。
僕も体を起こす。
気まずい雰囲気になった。
何を話していいか分からないまま、しばらく無言が続いた。
妙な雰囲気になったところへ亜希がリビングに入ってきた。
「どうしたの二人とも? 真っ赤な顔でソファーに座っちゃってさ」
「何でもないわ亜希」
「そんなことよりもお腹減った。おやつとかないの?」
「いつもの引き出しにスナック菓子があるわ」
亜希は収納棚を開けてお菓子を取り出すと「これ貰って行くね」と言ってリビングを出て行った。
亜希が来てくれたおかげで空気が変わった。
母さんはそれほど乱れてない髪を整えて言った。
「戻って夕食の支度しなきゃね。恵ちゃんと白井先生が来ちゃう前に終わらせなくちゃね。手伝って至恩」
「うん」
母さんは何もなかったように夕食の支度を再開した。
ドキドキしている僕とは違って母さんの落ち着きは大人の余裕だろうか。
けれど一番驚いたのは僕と父さんを間違えたこと。
父さんを喪った悲しみから立ち直れていないのだろうか。
小さな不安を抱えながら人参の皮を剥き続けた。
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