桜1/2

平野水面

文字の大きさ
上 下
13 / 50
桜咲く堤防へ

お花見デート

しおりを挟む
 待ち合わせ時間の十分前。
 恵さんはコンビニの前で待っていた。
 恵さんの私服にドキッとする。
 長袖の白いパフスリーブに、黒のジャンパースカート、可愛い黒い靴、トップスの色に合わせた小さなバッグを肩からぶら下げていた。
「お待たせしました。ずいぶんと早いですね恵さん」
「今の至恩なら早く来てくれるような気がしてね。記憶を失くす前の至恩はルーズで時間が読めなかったわ」
「僕は遅刻の常習犯でしたか?」
「至恩は平気で遅れて来たわね」
「ヘタレ変態、それでいて遅刻魔かぁ。ほんと申し訳ないです」
「今更どうでもいいことよ。それよりも久しぶりのデートを楽しもうよ。ほら行くよ」
 先に歩き出した恵さんの後をついて行く。
 コンビニの駐車場を横切り、交差点の横断歩道を渡ったすぐ先に堤防へ続く緩やかな坂がある。
 恵さんは坂道の手前で突然立ち止まった。
「なにかありましたか?」
 恵さんは何も答えずに不敵に笑う。
「よーいドンッ!」
 いきなり走り出した恵さんを追って僕も走る。
 先に坂を駆け上がった恵さんは「凄く綺麗よ」と言って振り返った。
 恵さんの隣に立った僕は思わず「おお」と唸った。
 堤防の道の両端に植えられた桜は、空を覆い隠すように枝がはり出ている。
 散り始めた桜の花弁は絶え間なく降り注ぎ、灰色のアスファルトを薄紅色へ塗り替えていた。
 まるで桜色のカーペットである。
 その光景は桜と道が見える限り続いていた。 
 僕と恵さんは桜色のトンネルの中にいるようだった。
 幻想的な景色に見とれていたら、不意に脇腹を擽られて体をくの字に曲げる。
 恵さんは悪戯に笑いながら言った。
「こんな感じにね、至恩は私に悪戯してくるのよ。まあ触るのはお腹だけじゃなくて胸やお尻もだけどね。今まで散々やられたお返しよ」
「ただのセクハラじゃないですか。これまで良く我慢して僕と付き合って来れましたね?」
「好き同士のスキンシップだから平気……かもしれないけど。まぁそれよりも、はい恋人繋ぎ」
 僕の指と恵さんの指を絡めて桜のトンネルを同じ歩幅で歩く。
 平日とあって人はいない。
 まるで僕と恵さんだけに許された時間と世界のようだった。
 恵さんは上機嫌に思い出を語る。
 僕は相槌を打ちながら聞いていた。
 体育祭のリレーで活躍したこと、夏休みは海へ行き、この堤防から花火を見たこと、僕の知らないエピソードが次々語られた。
 楽しそうに思い出を語る恵さんの笑顔が消えて立ち止まる。
 繋いでいた手を離し、キョロキョロと辺りを窺っていた。
「どうかしましたか?」
 恵さんは何も答えずにゆったりとした足取りで僕の正面に立った。
 無言のまま俯いている。
 しばらく待っていたら顔を上げて上目遣いで見つめてきた。
 すごく可愛いくて「抱き締めたいなあ」と思っていたら、恵さんの方から僕に抱きついて来た。
 全身に感じる恵さんの柔らかい体。
 恵さんの背に両手を回して抱き締めようとした。
 けれど不意に話しかけられ、その手を止めた。
「覚えてないと思うけど、二人で桜を見に行く約束をしてたの。私たちが付き合い始めたのは入学してから一ヶ月後だった。もう桜の季節は終わってたのね。だから二年生になったら見に行こうって約束してたの」
「約束を破ってすみませんでした」
「至恩は悪くないわ。でもね、こんなにも早く至恩と一緒に桜を見る日が来るなんて思わなかった。昏睡状態がずっとこのまま続くかもって覚悟してたの。こうしてデートできる今がとても幸せ」
「ずっと心配してくれてありがとうございます」
「だから約束して欲しいの」
「約束?」
「昨日みたいな危険な真似はしないで。もう少しで死んじゃうところだったんだから。私を一人にしないでね」
「分かりました。命を大事にします。僕からも約束して欲しいことがありまして」
「何?」
「今年の夏は海水浴へ行き、ここで花火を見て、来年の春も一緒に桜を見に行きましょう」
 恵さんはバッと顔を上げて僕を見つめる。
 最初は驚いた顔をしていたけど、目を潤ませて口を真一文字に結んだ。
 恵さんは僕を両手で突き飛ばし「馬鹿」と呟いた。
 慌てて右の人差し指で両目の涙を拭い、その勢いのままに人差し指を僕に差した。
「ヘタレ変態の至恩のくせに生意気言っちゃって何なのよ。亜希ちゃんとは仲直り出来てないし、記憶だって失ったまま。その問題が片付くまでどこも連れてってあげませんからね。これは宿題です、早目に終わらせるように」
「僕一人で宿題を片付けるのは難しいです。できれば恵さんに手伝って欲しいです」
「確かにそうね。だったら今から特別授業をしましょう。ランチが美味しいと評判の喫茶店で」
「喫茶店?」
「その喫茶店まで競争よ。負けた方のおごりね。よーいドン」
 恵さんは僕を出し抜いて走り出す。
 置いていかれないように追いかける。
 僕は前を行く恵さんへ訊ねた。
「喫茶店の場所を知らない僕にとって不利な競争では?」
「最初から喫茶店のランチタイムに合わせて待ち合わせ時間を設定したの。私、勝てる勝負しかしない女なの」
「計画的ですか。ズルイですよ恵さん」
「ゴチになるわね至恩」
 全ては恵さんの計画通りで僕は掌で踊らされていた。
 けれど悪い気はしない。
 デートが楽しいから。
 僕は今、青春アオハルをしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

巡る季節に育つ葦 ー夏の高鳴りー

瀬戸口 大河
青春
季節に彩られたそれぞれの恋。同じ女性に恋した者たちの成長と純真の話。 五部作の第一弾 高校最後の夏、夏木海斗の青春が向かう先は… 季節を巡りながら変わりゆく主人公 桜庭春斗、夏木海斗、月島秋平、雪井冬華 四人が恋心を抱く由依 過ぎゆく季節の中で由依を中心に4人は自分の殻を破り大人へと変わってゆく 連載物に挑戦しようと考えています。更新頻度は最低でも一週間に一回です。四人の主人公が同一の女性に恋をして、成長していく話しようと考えています。主人公の四人はそれぞれ季節ごとに一人。今回は夏ということで夏木海斗です。章立ては二十四節気にしようと思っていますが、なかなか多く文章を書かないためpart で分けようと思っています。 暇つぶしに読んでいただけると幸いです。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

撫子学園

Micharinko
青春
世界的トップスターを数々とだしている 演技の超エリート校撫子学園 そこに演劇経験ゼロの真凛が受験することになった! 果たして結果は…!?

処理中です...