桜1/2

平野水面

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記憶のない少年

母と妹1

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 傾いた夕日を正面に受けて住宅街を歩く。
 今日の夕日はいつもと違って目に染みた。
 耳に着けたイヤホンからは、お気に入りの女性アーティストの曲が流れていた。
 残念ながら歌詞とメロディーが全く頭に入って来ない。
 原因は学校のベランダで神山先輩が見せた悲しげな表情のせいである。
 神山先輩と妹の亜希との間にいったい何があったのか、過去の事故とどう関わっているのかが気になっていた。
 記憶のない僕が考えた所で答えなんて出ないのに、どうしても考えてしまう。
 頭に浮かんでくるのはネガティブなことばかり。
 嫌なイメージを振り払おうと頭を横に振る。
 それから目を閉じて大きく息を吸って、大きく息を吐き出してから目を開けた。
 余計なことを考えずに家路を急ぐことにした。
 徒歩で片道三十分かかる道のり。
 ようやく我が家に着いた頃には綺麗な月が昇り始めていた。
 門扉の前から家を眺めた。
 見た目はどこにでもある、ありふれた一軒家。
 僕が幼い頃に建てられた家らしいけど、それほど古さを感じさせない。
 庭の手入れも良く行き届いていて、父さんが残してくれた家を大事にしようとする母さんの意思が伝わってくる。
 門扉を通り抜け、石畳の上を歩いて玄関先に立つ。
 引戸に鍵はかかっていなかった。
 流石にこの時間、先に亜希が帰っていても不思議はない。
 引戸を開けて「ただいま」と言った。
 けれど返事は無い。
 靴を脱ぎ玄関からリビングへ。
 リビングに灯りはなく、窓から差し込む月明かりがリビングとキッチンを青白く照らしていた。
 リビングをあとにして、そのまま廊下を突き当りまで進み、奥の折り返し階段から二階へ上った。
 二階の廊下は短い一本道で二つ部屋がある。
 手前は亜希の部屋で奥は僕の部屋。
 亜希の部屋の前を通りかかった時に、少しだけドアが開いていることに気づく。
 ドアの僅かな隙間から亜希の部屋の様子を窺うと亜希は着替えの最中だった。
 スカートのホックを外し、ファスナーを開けるとスカートはスルリと滑り落ちて足元へ。
 爪先からシャツの裾まで、色白のスラッとした素足があらわになる。
 次にリボンを取ってから、ブラウスのボタンを上から順に外し、やがて開いたブラウスから白いブラジャーと白いパンツが見えた。
 シャツの袖を右から左へと順に脱ぎ、背後の壁に備え付けられたハンガーラックにシャツを掛けようと僕に背を向けた。
 髪はショートボブなので綺麗な背中がよく見える。
 僕は視線を背中から下へ動かす。
 お尻にパンツが食い込んでいて綺麗な縦線を作っている。
 僕の視線は亜希の尻に釘付けになった。
 シャツを掛け終えた亜希は、くるりとこちらへ向き直り、床のスカートを拾おうと前屈みになる。
 神山先輩にはまだまだ及ばないものの、亜希の胸の膨らみはそこそこあった。
 僕は妹の下着姿に興奮を覚えた。
 頭では兄妹だと理解しているつもりだけど、妹と過ごした日々の記憶の一切合切を失くしてしまっている。
 今は妹ではなく一人の女性として見ていた。
 スカートを掴んでから顔を上げた亜希と目と目が合う。
 しばらく見つめあったままだったけど、亜希は眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で僕を睨み、全身の白い肌はにわかに朱色に染まっていった。
「た、ただいま亜希」
 苦し紛れに吐き出した言葉は場違いの挨拶だった。
「見るな変態」
 勢いよく閉まったドアの風圧を全身に浴びた。
 僕はドア越しから謝る。
「ごめんな亜希」
「うっさい消えろ」
「本当にごめん亜希」
「消えろウジ虫」
 今は何を言っても許してもらえそうもない。
 亜希が落ちつくのを待ってから謝ることにしよう。
 奥のドアから自室に入った。
 私服に着替え、デスクの椅子に座る。
 目の前の壁には、下校中に聴いていた女性アーティストのポスターと写真が貼られてある。
 記憶をなくす前の僕が貼っのだろう。
 どことなく神山先輩に似ているような気がした。
 ひょっとしたら神山先輩みたいな女の子がタイプなのかもしれない。
 初めて知った元カノの存在。
 記憶を取り戻すには神山先輩は重要だ。
 僕の知らない事故の詳細と神山先輩は何らかの形で繋がっている
 それを本人から聞こうにも、放課後のやり取りを考えると、そう簡単には会って貰えそうもないし、会えたとして教えて貰えるとは限らない。
 なら母さんや亜希に訊けばいいという訳でもない。
 神山先輩の存在をずっと隠し続けてた訳だから。
 その質問のせいで家族との摩擦を生みたくはない。
 一足飛びせずにきちんと段階を踏んで、ゆっくりと記憶を思い出して行けばいいだろうか。
 でも僕は早く記憶を取り戻したい。
 記憶さえあれば、同級生からいじめが無くなるかもしれないし、友達にもなれるかもしれない。
 もっともっと楽しい高校生活を送りたいという願いがある。
 自然と記憶が戻るのをただじっと待ち続けるなんて僕の性に合わない。
 だから今夜、訊ねようと思う。
 辛い過去と向きうことになったとしても。
 ようは「虎穴に入らずんば虎子を得ず」である。
 僕は頬を両手で叩いて気合いを入れた。
 家族が揃う夕食の時間まで妙な緊張を感じなから部屋の中で静かに待った。
 
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