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記憶のない少年
勧誘と誘惑
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放課後、僕は教室のベランダから、校庭で繰り広げられている新入生争奪戦を眺めていた。
校舎とグランドの間を通る一本道は、生徒がひしめき合っていてまるでお祭り騒ぎだ。
道の両端には色取り取りのユニホームを着ている運動部の上級生が大声でアピールを、文化部の上級生が油絵、大きな書、漫画、生演奏でアピールしている。
部活で青春を捧げたい奴らにとって、この正門から校門まで一本道はさぞ輝いて見えるだろう。
けれど部活以外で時間を有意義に使いたい帰宅部希望者にとってまさに地獄の一丁目。
帰宅部希望者の僕らは入学してすぐに高校生活を左右する岐路に立たされる。
上級生の勧誘を跳ね除けて無事に校門まで辿り着き、帰路につける強者は果たして何人いるのだろうか。
たとえばテニス部の前で捕まってしまった彼はどう見ても完全無欠のオタクで、帰宅部のエースと言える逸材。
そんな彼をテニス部の女子らは言葉巧みに彼を誘導し、入部届けにサインをさせた。
彼はテニス部の部畜となった。
テニスコートの方へ連れ拐われて行く彼の後ろ姿へ「御愁傷様」と合掌した。
部活動勧誘は一週間という限られた期間で行われて来たが今日が最終日である。
僕はこの一週間、勧誘が終わる時間帯まで三階の教室のベランダで時間を潰しやり過ごしてきた。
これで第一希望の帰宅部員になれるとホッとしたのも束の間。
女子がふらっと現れ、僕の左側、四、五人分くらいのスペースを開けて、手摺に寄りかかって校庭を眺めていた。
見覚えのない顔なので同じクラスの女子じゃないと思う。
突然現れた彼女をこっそりと見る。
背丈は僕の顎くらいの高さか。
長くて綺麗な黒髪、くりっとした目と長いまつ毛が特徴的だ。
それからスッキリとした鼻筋に、触れればプルンと波をうつような柔らかそうな唇、ブレザー越しからでも分かる割りと大きめな胸を持っていながら体型はスリム。
雰囲気はなんとなく文学少女っぽい。
ここまで完璧な女子高生はアニメか漫画か、あるいはラノベの中だけだと思っていたけど、まさか現実の世界に存在しているとは思わなかった。
この子は間違いなくモテる。
僕は思わず見惚れていた。
視線に気づいた彼女は体を僕の方へ向き直り、黒髪を耳にかけながら微笑んできた。
ドキッとして目を反らしてから「ごめん」と謝った。
「謝る必要はないわ。私が可愛くて見惚れるのは、男子として普通の反応なんだからね。気にしないでロダン君」
いきなりそのあだ名を言われてムカッときたので言い返す。
「初対面でその呼び方、失礼です」
「……初対面か。私は三年二組の神山恵。文芸部の部長です。今日は君を勧誘しに来ました。もし入部先を決めてないなら、うちの部へおいでよ」
すぐに断ろうと思った。
けれどわざわざ一年生の教室に足を運び、僕を勧誘する理由を知りたくて神山先輩に訊ねた。
「なぜ僕を? あだ名を知っているという事は僕の事情と噂を知った上での勧誘ですよね?」
「そうよ」
「問題になりませんか?」
「何か問題でもあるの?」
「僕が入部したら他の部員が嫌がりませんか?」
「質問を質問で返すけど、逆くにロダン君を勧誘して何がいけないのかな?」
「 先ずはロダン君はやめて下さい。僕には月島至恩という名前があります」
「分かったわ至恩。それで私の質問の答は?」
「馴れ馴れしいですね……知ってるとは思いますが、僕は本来、神山先輩と同い年で同学年にいたはずなんです。僕は高一の秋に事故に遭い約一年も昏睡状態でした。半年前に目覚め、厳しいリハビリを乗り越えてようやくの復学です。出席日数と学力不足という理由で高一から学生生活を再スタートすることなりました。しかも記憶喪失のハンデを背負ってです。そのうえ一学期早々に担任のうっかりミスから僕の秘密がバレてしまいました。その日から誹謗中傷を受け続けてます。もし僕を文芸部に入部させたら、僕だけでなく神山先輩も他の部員から批判を浴びるのでは?」
「心配いらないわ。文学部は私一人だけだから。
「はあ? まだ部ですらなってないじゃないですか。部員が足りなくて僕を誘ったのでしょうけど、他の生徒を誘って下さい」
「至恩じゃなくちゃ駄目なの」
「どういう意味ですか?」
「私、神山恵は月島至恩が好きだからです。一緒に楽しい部活動をしたいんです」
初対面の女の子から告白された。
しかもこんなにも美人から。
僕が普通の男子だったら反射的に「ぜひお願いします」と答えていただろう。
けれど僕は高校留年の記憶喪失の男。
それを分かった上で付き合いたいなんて何か裏があると疑ってかかるべきだ。
そう簡単に騙されないぞと僕は身構えてから神山先輩へ質問する。
「神山先輩の告白が信用できません。記憶喪失の僕に惚れた理由はなんですか?」
「人を好きになるのに理由や理屈なんて必要かな?」
「哲学的な意味ではなくて。僕と付き合って何のメリットがあるというのですか? 僕は中身の無い男ですよ」
「自分を卑下しないでよ。私が付き合いたい理由は至恩がカッコイイと思うからよ」
「見た目ですか。案外と安直ですね」
「異性と付き合う切っ掛けなんて、至ってシンプルな理由がほとんどじゃないかな。面識のない異性から告白された理由が『君の性格』と言われたら気持ち悪いし怖くない? 第一印象の『見た目が好き』の方がよっぽど健全だと思うわ」
「確かにそうですけど。僕と神山先輩が付き合っていると噂が学校中に広がって、神山先輩まで悪く言う奴らが現れますよ」
「気にしないわ。むしろ私たちのイチャラブを周りに見せつけちゃおうよ」
「僕みたいに妙なあだ名をつけられますよ」
「望むところよ。至恩が『ロダンの考える人』だから、私は『ミロのヴィーナス』がいいわね」
「神山先輩は自分をヴィーナスとか言っちゃう痛い奴なんですね。僕は中二病女子には全く興味がありませんから」
僕は嫌味を言った。
神山先輩は頬を膨らませて僕を睨む。
やがてプイッとそっぽ向いて不機嫌そうに何かを考え込んでいるように見えた。
その数秒後、何かを思い付いたらしく、僕の顔を見るなり顔を赤らめニタニタと笑う。
神山先輩はコミカルで可愛くピョンピョン弾むような歩き方で近寄って来て僕の目の前で上目遣いをした。
「これはどうかな?」
神山先輩はリボンを解き、ブラウスの第一、第二をボタンを外してから前屈みになって胸の谷間を強調してきた。
「至恩はさ、胸の大きい子に興味があるよね?」
神山先輩はグラビアポーズで挑発する。
思っていた以上に胸が大きかった。
けれどここで鼻の下を伸ばしていたら、男が廃るというか敗けたような感じでなんか悔しい。
ここはクールな男でいかせて貰う。
「僕は清楚系よりもギャル系で貧乳がタイプなんです。神山先輩はタイプではありません」
男らしくビシッと言ってやった。
神山先輩はセクシーポーズのまま、目を点にして口はあんぐりと開けて固まっている。
意外な反応に驚く。
ひょっとして本当に僕のことが好きなのだろうか。
ショックを受けたのか神山先輩は微動だにしない。
まあこれはこれで都合がよい。
神山先輩を放置したまま立ち去ろうとしたら左手首をガシッと掴まれた。
神山先輩は真剣な目で僕を見て言った。
「待って、本当の事を話すから驚かないで聴いて欲しいの」
神山先輩の握力が想像以上に強くて握る手を振りほどけない。
熱意に負けた僕は「いいですよ」と振り返る。
神山先輩は少し照れながら話す。
「私と至恩はね、かつては同じクラスで恋人同士だったの」
「ほえ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
衝撃的な告白により僕の脳は思考停止する。
そして目の前でテレビの砂嵐のようなものが吹き荒び、僕の視界を徐々に奪っていった。
校舎とグランドの間を通る一本道は、生徒がひしめき合っていてまるでお祭り騒ぎだ。
道の両端には色取り取りのユニホームを着ている運動部の上級生が大声でアピールを、文化部の上級生が油絵、大きな書、漫画、生演奏でアピールしている。
部活で青春を捧げたい奴らにとって、この正門から校門まで一本道はさぞ輝いて見えるだろう。
けれど部活以外で時間を有意義に使いたい帰宅部希望者にとってまさに地獄の一丁目。
帰宅部希望者の僕らは入学してすぐに高校生活を左右する岐路に立たされる。
上級生の勧誘を跳ね除けて無事に校門まで辿り着き、帰路につける強者は果たして何人いるのだろうか。
たとえばテニス部の前で捕まってしまった彼はどう見ても完全無欠のオタクで、帰宅部のエースと言える逸材。
そんな彼をテニス部の女子らは言葉巧みに彼を誘導し、入部届けにサインをさせた。
彼はテニス部の部畜となった。
テニスコートの方へ連れ拐われて行く彼の後ろ姿へ「御愁傷様」と合掌した。
部活動勧誘は一週間という限られた期間で行われて来たが今日が最終日である。
僕はこの一週間、勧誘が終わる時間帯まで三階の教室のベランダで時間を潰しやり過ごしてきた。
これで第一希望の帰宅部員になれるとホッとしたのも束の間。
女子がふらっと現れ、僕の左側、四、五人分くらいのスペースを開けて、手摺に寄りかかって校庭を眺めていた。
見覚えのない顔なので同じクラスの女子じゃないと思う。
突然現れた彼女をこっそりと見る。
背丈は僕の顎くらいの高さか。
長くて綺麗な黒髪、くりっとした目と長いまつ毛が特徴的だ。
それからスッキリとした鼻筋に、触れればプルンと波をうつような柔らかそうな唇、ブレザー越しからでも分かる割りと大きめな胸を持っていながら体型はスリム。
雰囲気はなんとなく文学少女っぽい。
ここまで完璧な女子高生はアニメか漫画か、あるいはラノベの中だけだと思っていたけど、まさか現実の世界に存在しているとは思わなかった。
この子は間違いなくモテる。
僕は思わず見惚れていた。
視線に気づいた彼女は体を僕の方へ向き直り、黒髪を耳にかけながら微笑んできた。
ドキッとして目を反らしてから「ごめん」と謝った。
「謝る必要はないわ。私が可愛くて見惚れるのは、男子として普通の反応なんだからね。気にしないでロダン君」
いきなりそのあだ名を言われてムカッときたので言い返す。
「初対面でその呼び方、失礼です」
「……初対面か。私は三年二組の神山恵。文芸部の部長です。今日は君を勧誘しに来ました。もし入部先を決めてないなら、うちの部へおいでよ」
すぐに断ろうと思った。
けれどわざわざ一年生の教室に足を運び、僕を勧誘する理由を知りたくて神山先輩に訊ねた。
「なぜ僕を? あだ名を知っているという事は僕の事情と噂を知った上での勧誘ですよね?」
「そうよ」
「問題になりませんか?」
「何か問題でもあるの?」
「僕が入部したら他の部員が嫌がりませんか?」
「質問を質問で返すけど、逆くにロダン君を勧誘して何がいけないのかな?」
「 先ずはロダン君はやめて下さい。僕には月島至恩という名前があります」
「分かったわ至恩。それで私の質問の答は?」
「馴れ馴れしいですね……知ってるとは思いますが、僕は本来、神山先輩と同い年で同学年にいたはずなんです。僕は高一の秋に事故に遭い約一年も昏睡状態でした。半年前に目覚め、厳しいリハビリを乗り越えてようやくの復学です。出席日数と学力不足という理由で高一から学生生活を再スタートすることなりました。しかも記憶喪失のハンデを背負ってです。そのうえ一学期早々に担任のうっかりミスから僕の秘密がバレてしまいました。その日から誹謗中傷を受け続けてます。もし僕を文芸部に入部させたら、僕だけでなく神山先輩も他の部員から批判を浴びるのでは?」
「心配いらないわ。文学部は私一人だけだから。
「はあ? まだ部ですらなってないじゃないですか。部員が足りなくて僕を誘ったのでしょうけど、他の生徒を誘って下さい」
「至恩じゃなくちゃ駄目なの」
「どういう意味ですか?」
「私、神山恵は月島至恩が好きだからです。一緒に楽しい部活動をしたいんです」
初対面の女の子から告白された。
しかもこんなにも美人から。
僕が普通の男子だったら反射的に「ぜひお願いします」と答えていただろう。
けれど僕は高校留年の記憶喪失の男。
それを分かった上で付き合いたいなんて何か裏があると疑ってかかるべきだ。
そう簡単に騙されないぞと僕は身構えてから神山先輩へ質問する。
「神山先輩の告白が信用できません。記憶喪失の僕に惚れた理由はなんですか?」
「人を好きになるのに理由や理屈なんて必要かな?」
「哲学的な意味ではなくて。僕と付き合って何のメリットがあるというのですか? 僕は中身の無い男ですよ」
「自分を卑下しないでよ。私が付き合いたい理由は至恩がカッコイイと思うからよ」
「見た目ですか。案外と安直ですね」
「異性と付き合う切っ掛けなんて、至ってシンプルな理由がほとんどじゃないかな。面識のない異性から告白された理由が『君の性格』と言われたら気持ち悪いし怖くない? 第一印象の『見た目が好き』の方がよっぽど健全だと思うわ」
「確かにそうですけど。僕と神山先輩が付き合っていると噂が学校中に広がって、神山先輩まで悪く言う奴らが現れますよ」
「気にしないわ。むしろ私たちのイチャラブを周りに見せつけちゃおうよ」
「僕みたいに妙なあだ名をつけられますよ」
「望むところよ。至恩が『ロダンの考える人』だから、私は『ミロのヴィーナス』がいいわね」
「神山先輩は自分をヴィーナスとか言っちゃう痛い奴なんですね。僕は中二病女子には全く興味がありませんから」
僕は嫌味を言った。
神山先輩は頬を膨らませて僕を睨む。
やがてプイッとそっぽ向いて不機嫌そうに何かを考え込んでいるように見えた。
その数秒後、何かを思い付いたらしく、僕の顔を見るなり顔を赤らめニタニタと笑う。
神山先輩はコミカルで可愛くピョンピョン弾むような歩き方で近寄って来て僕の目の前で上目遣いをした。
「これはどうかな?」
神山先輩はリボンを解き、ブラウスの第一、第二をボタンを外してから前屈みになって胸の谷間を強調してきた。
「至恩はさ、胸の大きい子に興味があるよね?」
神山先輩はグラビアポーズで挑発する。
思っていた以上に胸が大きかった。
けれどここで鼻の下を伸ばしていたら、男が廃るというか敗けたような感じでなんか悔しい。
ここはクールな男でいかせて貰う。
「僕は清楚系よりもギャル系で貧乳がタイプなんです。神山先輩はタイプではありません」
男らしくビシッと言ってやった。
神山先輩はセクシーポーズのまま、目を点にして口はあんぐりと開けて固まっている。
意外な反応に驚く。
ひょっとして本当に僕のことが好きなのだろうか。
ショックを受けたのか神山先輩は微動だにしない。
まあこれはこれで都合がよい。
神山先輩を放置したまま立ち去ろうとしたら左手首をガシッと掴まれた。
神山先輩は真剣な目で僕を見て言った。
「待って、本当の事を話すから驚かないで聴いて欲しいの」
神山先輩の握力が想像以上に強くて握る手を振りほどけない。
熱意に負けた僕は「いいですよ」と振り返る。
神山先輩は少し照れながら話す。
「私と至恩はね、かつては同じクラスで恋人同士だったの」
「ほえ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
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