桜1/2

平野水面

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記憶のない少年

Reスタート

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 昼休みはいつも憂鬱だ。
 教室中央の席に座る僕はいつもポツンとボッチ。
 僕を中心に広がる空間は、社会の授業で習ったドーナツ化現象のようだった。
 僕は特殊な人間。
 それを知る同級生は僕と関わろうとしない。
 僕は気にしないふりをしているけど正直きついし、耐え続けるのも限界はある。
 何とか改善できないかいつも考えていた。
「グウゥゥ」
 考え、悩んでも腹は減るもの。
 食欲がある内は大丈夫と自分に言い聞かせた。
 昼食の焼きそばパンとナポリタンドック、紅茶を鞄から取り出し机の上に並べた。
 焼きそばの袋を破り大きく口を開いたその時。
 窓側の席の男子二人組が僕を指差しニタニタと笑っていた。
「見ろよ木下、ロダンさんは今日も焼きそばパン食ってるぞ。よく飽きないよな」
「記憶喪失だから世の中には焼きそばパンとナポリタンドックしかないと勘違いする痛い子なんだよ竹田」
「やめておけよ木下、あれでも俺らの二つ年上のパイセンなんだぜ。敬意は払うべきだろ」
 奴らは日常的に悪口を繰り返している。
 敬意の対極に位置する失礼な輩でありながら、軽々しく敬意なんて言葉を使うなと思った。
 イライラを焼きそばパンにぶつけて齧りついた。
「敬意なんて必要はないだろ竹田。新学期早々に担任の浜口先生が口を滑らせたじゃん。記憶喪失で、意識を取り戻してから半年間の記憶しかないってよ。つまり生後半年の赤ちゃんが俺等と同級生なのはおかしくね?」
「確かに木下の言う通りだな。ならロダンちゃんは何で高校生なんでちゅかね? 早くお家へ帰ってママのオッパイでも飲んでろっての」
「ははは、馬鹿にしすぎだ竹田」
 ガツンと言ってやりたいが残念ながら奴らの言う通りで、昏睡状態から奇跡的な回復をしてから半年分の記憶しかないのは事実だ。
 それ以前の記憶は家族から聴かされたもののみ。
 なので僕自身がバカにされるのは百歩譲って我慢しよう。
 けれど焼きそばパンとナポリタンドックに罪はない。
 パンを製造した人への冒涜なので謝れ。
 だいたい僕が何を食べようともそれは僕の勝手であり、誰からも文句を言われる筋合いはない。
 一発ど突いて道理を分からせてやろうか。
 いや停学になるから止めておこう。
 焼きそばパンをガツガツ食べ、ナポリタンドック袋を乱暴に破り豪快に齧り付いた。
 食べながらふと考える。
 なぜ僕がロダンという妙なあだ名をつけられたのだろうか。
 僕の名前は月島至恩つきし ましおんで、ロダン的な要素はないはずだけど。
 ナポリタンドックを食べ終え、指についたケチャップをしゃぶった。
 落ちついて冷静にあだ名の由来を考えてみる。
 さっぱりわからん。
 なんだかモヤモヤしてきた。
 右肘を机の上に置き、軽く握った拳の上に顎を乗せて真剣に考えていた。
 すると周囲の生徒たちが僕を指をさして「ロダン」と言っていた。
 ああ、なるほど理由が分かった気がする。
 馬鹿にされたくないので背筋を伸ばす。
 気分を変えようと鞄からラノベを取り出し、しおりを挟んだページを開いた。
 読み始めてからしばらく、廊下側の席から下品に笑う女子たちの声が聞こえた。
 本を読みながら聞き耳を立てる。
「ねえねえ、今度はロダンが二宮金次郎になったよ」
「記憶喪失の分際で、字は理解できるんだ。猿以下の知識しかないと思ってたわ」
 僕を馬鹿にする女子をチラリと見た。
 教室の前の出入口近くの席、机を並べて弁当を食べているギャル風の三人がいた。
 その内の二人と目と目が合うと、あからさまに嫌そうな雰囲気を醸し出した。
「うわっ、ロダンがこっち見てる」
「やばいよ記憶喪失が移るかも。町田は見ちゃだめよ」
「……もうその辺にしとけっての。アイツの話をしても楽しくないから話題を変えるよ」
 町田という子の一言で僕の悪口は止まった。
 正直ほっとした。
 けれど心は晴れない。
 今の僕はこの教室にいるだけで馬鹿にされ、笑われる存在なんだと思い知る。

 高校一年の秋、事故に遭いずっと昏睡状態だった僕は半年前に目覚めたばかり。
 長いリハビリを経てようやく復学した僕は、家族と学校の勧めで高校一年生をやり直す事になった。
 しかし担任の浜口先生のあり得ないうっかりミスで僕の記憶喪失と年齢がばれてしまい、今ではクラスの皆から除け者にされている。
 僕の二度目の高校一年生は最悪の形でスタートすることになった。
 
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