2 / 2
違う未来(後半)
しおりを挟む
昼休みに、僕はめぐみを呼び出して、この奇跡のような体験について話をした。
「じゃあ、はると君だけが二回目の今日を生きているってこと?」
めぐみが目を丸くしている。驚くのも無理はない。
「そうなんだよ。登校してからここまで、すべて同じことが繰り返されているんだよね」
めぐみが斜め上を見つめ、混乱した頭の中を必死に整理している。
「ホントなんだって。そうだ、五時間目の体育は体育館でマット運動のはずが、持久走になるんだよ」
「うーん。信じてあげたいけど、ちょっと信じられない」
めぐみが困惑している。
仲のいいクラスメートとはいえ、驚きを隠せないようすだった。
「一回目の今日は、こうやって私に話をしていないんだよね?」
「そうだよ。一回目だから」
「ということは、一回目の今日とは違う未来にできるんじゃない?」
もう少しめぐみの意見を聞きたかったが、昼休み終了を告げるチャイムが鳴って、僕たちは急いで体育館に向かった。
体育館の前で、担任の先生が
「昨日の雨で、体育館が雨漏りして使えなくなってしまった。今日は体育館の周りを使って持久走をします」
と、集まった僕たちに向かって言った。
クラスメートからは悲鳴が上がった。持久走は人気がない。「最悪だよ」「休めばよかった」など皆が口走った。
ただ、めぐみだけが驚いたようすで、僕のほうを見ていた。
ふたつのグループに分かれて、5分間走をすることになった。僕といつきは、最初のグループだった。
長い五分間が始まった。体育館の周りを走る。
最初は集団で走り始めたが、あっという間にばらばらになった。
僕の前をいつきが走っている。三分を過ぎて、首筋が赤くなっていた。多分、顔全体が赤くなっているのだろう。
その姿を見ながら、めぐみが言った「一回目の今日とは違う未来にできる」という言葉を考えていた。
学校のそばの交差点で、飛び出してきた自転車を避けることができた。
どうして避けることができたのか。たまたまではない。一回目の今日、道の真ん中を歩いていたからぶつかりそうになった。だから二回目の今日は、道の端を選んだのだった。
一回目のことを思い出す。持久走が終わると、いつきの顔は真っ赤になる。僕はその姿を見て「リンゴみたいだね」と言った。
しかし、その一言が逆鱗に触れてしまった。嫌な思い出があるらしい、リンゴは避けよう。
違う未来にするために。
長い五分間が終わった。僕もいつきも、ぜぇぜぇと息を切らしている。
その場で止まるよりも、少し歩いているほうが楽だった。
「疲れたね。持久走ってしんどいよね」
顔を真っ赤にしたいつきが呟いた。両手を腰に当てて下を向いて歩いている。
「いつき君、顔真っ赤だね。トマトみたい」
いつきは急に顔を上げて、鋭い目つきで僕を見た。
唇はわなわなと震え、顔はさらに赤くなっていた。昨日と全く同じ顔になっていた。
「はると君、ひどい。僕はトマトって言われるのが一番嫌いなんだよ」
「ちょっと、待ってよ。昨日リンゴって言ったときと同じくらい怒っているじゃん」
「何をわけわからないこと言っているんだよ。赤くなった僕をトマトやリンゴになんて例えるなよ。前の学校でそうやって言われてからかわれたことを思い出すじゃないか」
ものすごい形相で睨まれて、僕から離れていった。
その後姿が、だんだんと白くなる。そして、朧げになって消えていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
真冬の頬を刺すような空気の中、学校までの道のりをとぼとぼと歩く。
朝日がきらきらと降り注いでいるが、僕の気持ちは晴れなかった。
昨日のできごとをまだ引きずっていたからだった。できることならば、昨日に戻ってやり直したい。
住宅街を歩いていく。後ろから来た原付バイクが僕を追い越していく。
道路の向こう側の歩道には、六十代くらいの女性が犬を連れて歩いている。どこかで見たようないつもの朝の風景だった。
学校のすぐそばの交差点は、最近建て直した住宅の壁のせいで、見通しが悪い。昨日はこの交差点で、自転車に乗った高校生とぶつかりそうになった。
違う未来にできる。
僕はそう信じて、三回目の今日も警戒して歩道の端を歩く。
住宅の壁から顔を覗かせたのは、自転車に乗った男子高校生ではなかった。
女子高校生ふたり組が楽しそうにおしゃべりをしながら歩いていた。
「ねぇ、バレンタインデーだよ。チョコ用意した?」
「もちろん。部活の先輩にあげちゃおうかなって」
学校に着いた。下駄箱で上靴に履き替える。下駄箱の中に、何かが入っていた。
「はると君へ、って書いてある。誰からだろう」
綺麗な包装紙に包まれた長方形の箱を、丁寧に開けていく。
小さな手紙には、差出人がめぐみと書かれていて、思わず頬が緩んだ。
一回目の朝も二回目の朝も、僕の登校時間を確認していたのだろう。
違う未来にできる。
それは二回目や三回目の今日だからではない。自分から行動すれば、新しい今日でも必ず変えられる。
教室に入る。
黒板の端には、確かに二月十四日と書かれていた。
もうすぐいつきが登校してくる。今度こそ、素直に謝ろう。
(終わり。読了ありがとうございました)
「じゃあ、はると君だけが二回目の今日を生きているってこと?」
めぐみが目を丸くしている。驚くのも無理はない。
「そうなんだよ。登校してからここまで、すべて同じことが繰り返されているんだよね」
めぐみが斜め上を見つめ、混乱した頭の中を必死に整理している。
「ホントなんだって。そうだ、五時間目の体育は体育館でマット運動のはずが、持久走になるんだよ」
「うーん。信じてあげたいけど、ちょっと信じられない」
めぐみが困惑している。
仲のいいクラスメートとはいえ、驚きを隠せないようすだった。
「一回目の今日は、こうやって私に話をしていないんだよね?」
「そうだよ。一回目だから」
「ということは、一回目の今日とは違う未来にできるんじゃない?」
もう少しめぐみの意見を聞きたかったが、昼休み終了を告げるチャイムが鳴って、僕たちは急いで体育館に向かった。
体育館の前で、担任の先生が
「昨日の雨で、体育館が雨漏りして使えなくなってしまった。今日は体育館の周りを使って持久走をします」
と、集まった僕たちに向かって言った。
クラスメートからは悲鳴が上がった。持久走は人気がない。「最悪だよ」「休めばよかった」など皆が口走った。
ただ、めぐみだけが驚いたようすで、僕のほうを見ていた。
ふたつのグループに分かれて、5分間走をすることになった。僕といつきは、最初のグループだった。
長い五分間が始まった。体育館の周りを走る。
最初は集団で走り始めたが、あっという間にばらばらになった。
僕の前をいつきが走っている。三分を過ぎて、首筋が赤くなっていた。多分、顔全体が赤くなっているのだろう。
その姿を見ながら、めぐみが言った「一回目の今日とは違う未来にできる」という言葉を考えていた。
学校のそばの交差点で、飛び出してきた自転車を避けることができた。
どうして避けることができたのか。たまたまではない。一回目の今日、道の真ん中を歩いていたからぶつかりそうになった。だから二回目の今日は、道の端を選んだのだった。
一回目のことを思い出す。持久走が終わると、いつきの顔は真っ赤になる。僕はその姿を見て「リンゴみたいだね」と言った。
しかし、その一言が逆鱗に触れてしまった。嫌な思い出があるらしい、リンゴは避けよう。
違う未来にするために。
長い五分間が終わった。僕もいつきも、ぜぇぜぇと息を切らしている。
その場で止まるよりも、少し歩いているほうが楽だった。
「疲れたね。持久走ってしんどいよね」
顔を真っ赤にしたいつきが呟いた。両手を腰に当てて下を向いて歩いている。
「いつき君、顔真っ赤だね。トマトみたい」
いつきは急に顔を上げて、鋭い目つきで僕を見た。
唇はわなわなと震え、顔はさらに赤くなっていた。昨日と全く同じ顔になっていた。
「はると君、ひどい。僕はトマトって言われるのが一番嫌いなんだよ」
「ちょっと、待ってよ。昨日リンゴって言ったときと同じくらい怒っているじゃん」
「何をわけわからないこと言っているんだよ。赤くなった僕をトマトやリンゴになんて例えるなよ。前の学校でそうやって言われてからかわれたことを思い出すじゃないか」
ものすごい形相で睨まれて、僕から離れていった。
その後姿が、だんだんと白くなる。そして、朧げになって消えていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
真冬の頬を刺すような空気の中、学校までの道のりをとぼとぼと歩く。
朝日がきらきらと降り注いでいるが、僕の気持ちは晴れなかった。
昨日のできごとをまだ引きずっていたからだった。できることならば、昨日に戻ってやり直したい。
住宅街を歩いていく。後ろから来た原付バイクが僕を追い越していく。
道路の向こう側の歩道には、六十代くらいの女性が犬を連れて歩いている。どこかで見たようないつもの朝の風景だった。
学校のすぐそばの交差点は、最近建て直した住宅の壁のせいで、見通しが悪い。昨日はこの交差点で、自転車に乗った高校生とぶつかりそうになった。
違う未来にできる。
僕はそう信じて、三回目の今日も警戒して歩道の端を歩く。
住宅の壁から顔を覗かせたのは、自転車に乗った男子高校生ではなかった。
女子高校生ふたり組が楽しそうにおしゃべりをしながら歩いていた。
「ねぇ、バレンタインデーだよ。チョコ用意した?」
「もちろん。部活の先輩にあげちゃおうかなって」
学校に着いた。下駄箱で上靴に履き替える。下駄箱の中に、何かが入っていた。
「はると君へ、って書いてある。誰からだろう」
綺麗な包装紙に包まれた長方形の箱を、丁寧に開けていく。
小さな手紙には、差出人がめぐみと書かれていて、思わず頬が緩んだ。
一回目の朝も二回目の朝も、僕の登校時間を確認していたのだろう。
違う未来にできる。
それは二回目や三回目の今日だからではない。自分から行動すれば、新しい今日でも必ず変えられる。
教室に入る。
黒板の端には、確かに二月十四日と書かれていた。
もうすぐいつきが登校してくる。今度こそ、素直に謝ろう。
(終わり。読了ありがとうございました)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
綺麗な話ですね
教訓も入ってて和みます
ありがとうございます😊