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水面を跳ねる(第2話)
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翌日も学校が終わると、すぐに山道を駆け上がった。
似たような山道であるのに不思議なもので、見慣れてくる。クヌギの木が現れたあたりで右に回って、しばらくすると川が姿を現した。
この日は翔子に会えなかった。
こういうことはたまにあった。どこかへ出かけているのだろうか。夕暮れまで待って、諦めて帰った。
その翌日も会えなかった。その次の日も会えなかった。何もすることはなく、水切りに使えそうな石を集めたりして暇を潰していたが、それにも飽きていた。
「こんにちは」
一週間後、もう会えないかもしれないと半ば諦めかけていた頃、ようやく翔子は姿を現した。
気のせいかも知れないが、細い顔がまたさらに細く、白い肌は青みがかっているようにすら見えた。
「久しぶり」
僕は笑顔になって、夢中で手を振った。
「また会えてよかった」
翔子も笑って手を振っていた。
「ごめんね。ちょっと体調が悪くて」
声も小さく、聞こえづらかった。まだ全快というわけではなさそうだった。
「水切り、上手くなったよ」
体調の話題を逸らすように、近くに集めておいた平らな石の中から、一番形の良い石を選んで投げた。
夕日に当たってキラキラと反射する水面を、嬉しそうに何度も跳ねていった。
「また上手くなったね」
「今度、教えてあげるよ」
「ありがとう。楽しみにしているね」
本当はもっといろいろなことを話したいのに、久しぶりに会えて頭が真っ白になったのか、他の言葉が出てこなかった。
あっという間に日が暮れて、僕たちは別れた。
翌日は猛烈な雨が降った。山道は危険で、家にこもることにした。
ずっと翔子のことを考え続けている。降り続ける雨がトタンの屋根に打ちつける音を聞きながら、雨が上がって天気が良くなったら、翔子の体調も良くなればいいのに、と思った。
翌日は学校の授業が早めに終わり、僕はまだ明るい時間から川沿いをうろついていた。昨日の雨で水位が上がり、流れも速くなっていた。
「こんにちは。今日は早いね」
ベランダから翔子が顔を覗かせた。太陽の光を浴びて、まぶしそうに目を細めている。この前よりは体調も良さそうだった。
「ねぇ、降りてきて一緒に遊ぼうよ」
思い切って誘ってみた。その姿を近くで見たいと思ったからだった。
首を横に振っている。やはり悲しそうな顔だった。
「ほら、水切りしやすいような石もこんなに集めたからさ。降りてきてよ」
「ごめんなさい」
そう言うと、ベランダから消えてしまった。
その背中が泣いているようで、いつまでも目に焼き付いて離れなかった。
「おい、こんなところで何をしているんだ」
後ろから声を掛けられて、とても驚いた。振り返ると近所に住むサワ先生がいた。
大きな顔に髭をたっぷりと蓄えている。村で生まれ育って、樹木医として働いている。
「水切りをしていただけです」
「こんな遠くに水切りをしに来たのか。今日は増水しているから川に近付かないほうがいい。あと、何か話し声がしなかったか?」
「いや、気のせいですよ」
そう答えると、そうか、早く帰れよ、と言いながらまた山に戻っていった。
日も沈みかけて影も長くなった頃に家へ帰ると、鬼の形相で母と祖母が待ち構えていた。
「こんな時間までどこへ行っていたの!」
母と祖母の声が重なった。さすが親子だ。
「友達と遊んでいて」
「嘘をつくんじゃない!どの友達に聞いても、最近は放課後に祭囃子の練習へ来ていないって言っていたわ」
母が言った。その声色から、本当に近所の友達に聞いて回ったようだった。
「サワ先生から聞いたけど、川上のほうまで行っていたらしいじゃないの」
今度は祖母が言った。祖母はサワ先生と仲が良い。サワ先生が今日の出来事を話したらしい。
「別にいいじゃん。日が暮れる前には帰ってきているんだし。祭囃子の練習だって、いつかするよ。うるさいなぁ」
そう言って、自分の部屋に逃げ込んだ。頬から涙がつたう。
なぜだかわからなかった。
(第3話へ続く)
似たような山道であるのに不思議なもので、見慣れてくる。クヌギの木が現れたあたりで右に回って、しばらくすると川が姿を現した。
この日は翔子に会えなかった。
こういうことはたまにあった。どこかへ出かけているのだろうか。夕暮れまで待って、諦めて帰った。
その翌日も会えなかった。その次の日も会えなかった。何もすることはなく、水切りに使えそうな石を集めたりして暇を潰していたが、それにも飽きていた。
「こんにちは」
一週間後、もう会えないかもしれないと半ば諦めかけていた頃、ようやく翔子は姿を現した。
気のせいかも知れないが、細い顔がまたさらに細く、白い肌は青みがかっているようにすら見えた。
「久しぶり」
僕は笑顔になって、夢中で手を振った。
「また会えてよかった」
翔子も笑って手を振っていた。
「ごめんね。ちょっと体調が悪くて」
声も小さく、聞こえづらかった。まだ全快というわけではなさそうだった。
「水切り、上手くなったよ」
体調の話題を逸らすように、近くに集めておいた平らな石の中から、一番形の良い石を選んで投げた。
夕日に当たってキラキラと反射する水面を、嬉しそうに何度も跳ねていった。
「また上手くなったね」
「今度、教えてあげるよ」
「ありがとう。楽しみにしているね」
本当はもっといろいろなことを話したいのに、久しぶりに会えて頭が真っ白になったのか、他の言葉が出てこなかった。
あっという間に日が暮れて、僕たちは別れた。
翌日は猛烈な雨が降った。山道は危険で、家にこもることにした。
ずっと翔子のことを考え続けている。降り続ける雨がトタンの屋根に打ちつける音を聞きながら、雨が上がって天気が良くなったら、翔子の体調も良くなればいいのに、と思った。
翌日は学校の授業が早めに終わり、僕はまだ明るい時間から川沿いをうろついていた。昨日の雨で水位が上がり、流れも速くなっていた。
「こんにちは。今日は早いね」
ベランダから翔子が顔を覗かせた。太陽の光を浴びて、まぶしそうに目を細めている。この前よりは体調も良さそうだった。
「ねぇ、降りてきて一緒に遊ぼうよ」
思い切って誘ってみた。その姿を近くで見たいと思ったからだった。
首を横に振っている。やはり悲しそうな顔だった。
「ほら、水切りしやすいような石もこんなに集めたからさ。降りてきてよ」
「ごめんなさい」
そう言うと、ベランダから消えてしまった。
その背中が泣いているようで、いつまでも目に焼き付いて離れなかった。
「おい、こんなところで何をしているんだ」
後ろから声を掛けられて、とても驚いた。振り返ると近所に住むサワ先生がいた。
大きな顔に髭をたっぷりと蓄えている。村で生まれ育って、樹木医として働いている。
「水切りをしていただけです」
「こんな遠くに水切りをしに来たのか。今日は増水しているから川に近付かないほうがいい。あと、何か話し声がしなかったか?」
「いや、気のせいですよ」
そう答えると、そうか、早く帰れよ、と言いながらまた山に戻っていった。
日も沈みかけて影も長くなった頃に家へ帰ると、鬼の形相で母と祖母が待ち構えていた。
「こんな時間までどこへ行っていたの!」
母と祖母の声が重なった。さすが親子だ。
「友達と遊んでいて」
「嘘をつくんじゃない!どの友達に聞いても、最近は放課後に祭囃子の練習へ来ていないって言っていたわ」
母が言った。その声色から、本当に近所の友達に聞いて回ったようだった。
「サワ先生から聞いたけど、川上のほうまで行っていたらしいじゃないの」
今度は祖母が言った。祖母はサワ先生と仲が良い。サワ先生が今日の出来事を話したらしい。
「別にいいじゃん。日が暮れる前には帰ってきているんだし。祭囃子の練習だって、いつかするよ。うるさいなぁ」
そう言って、自分の部屋に逃げ込んだ。頬から涙がつたう。
なぜだかわからなかった。
(第3話へ続く)
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