【完結】イトコに恋して

桐生千種

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第6章 サヨナラ、じゃなくて

第1話 サヨナラなんて、しない *加瀬彩梨*

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 05年3月31日木曜日、午前9時。

 そろそろ、直樹が行く。
 この家からいなくなる。

 やっぱり、面と向かってサヨナラなんて悲しいよ……。

 だから、これでいい。
 会わなくて、いいんだ。

 お父さんのときも、そうだったんだから……。

 トン、トン、トン、トン、トン、トン……。

 足音。

 階段を上って来る、足音が聞こえる。

 誰だろう……?
 直樹が忘れ物?
 清花が部屋に来る?

 でも、どっちの足音とも違う、気がする。

 ピタリ、足音が止まった。

 そして。

 コンコン、とドアがノックされる。

「彩梨ちゃん、起きてる?」

 ――っ!?

「なっ……、なに?」

 なんで、来るの……?

「よかった。入っても、いい?」
「……どうぞ」

 ドアが開く。

 そこには、加瀬拓哉が立っていて。

「……なんの用?」

 そう聞くと、曖昧な笑みを浮かべる。
 いつもと違う、表情。

「うん。直樹君のこと。見送りしなくていいの? もう、家出ちゃったけど、走れば追いつけると思うよ」
「そう……」

 そんなこと……。

「行かないよ……。用は、それだけ?」
「どうしたの? 彩梨ちゃんらしくないよ?」

 ……らしく、ない?

「らしくないって、なに」

 私は、加瀬拓哉を見据える。

 驚いたような表情を見せる、加瀬拓哉。

 なんで、そんな顔をするの……。
 そんな表情にさえ、苛立つ。

「私が見送りしないのは、そんなにおかしい?」
「え、えっと……」
「私が木登りするのはおかしい? 雪合戦するのはおかしい? チャンバラするのもおかしいこと?」

 ダメ……。
 ダメだよ……。

 仲良くするって、決めたのに……。
 努力するって、決めたのに……。

 口が勝手に動いちゃう……。

「私だって木登りするし。雪合戦するし、チャンバラだって楽しい。見送りしない日だってある」

 止められない。

「勝手に私の人間像作り上げて、型にはめて勝手に縛りつけて」

 泣くな。

「そういうの……」

 泣くな、私。

「キライ」

 泣くなっ!!

 くるりと背を向けて、加瀬拓哉から顔を背ける。

 泣いてない泣いてない泣いてない。
 私は、泣いてなんか、いない。

「……彩梨ちゃん……。彩梨ちゃんは、俺がキライで、声も聞きたくないかもしれないけど」

 背中越しに聞く、加瀬拓哉の言葉に、なぜか心が痛む。

「これから先、ずっと先。一生、俺のことキライでいいから、好きにならなくていいから、今だけ、俺の話を聞いてほしい」

 私は、なにも答えない。
 答えられない。

「寂しいのはわかるけど、だからってなにも言わないのはダメだと思う。自分の気持ちに蓋をして、なかったことにするのはよくないと思うよ。直樹君のためにも、ちゃんと見送ってあげたほうがいいと思うんだ」

 わかってる。

 加瀬拓哉が言っていることは、自分でもちゃんとわかってること。

 でも……。

「サヨナラなんてしたくないっ……!!」

 「サヨナラ」なんて、ヤだよ……。

「違うよ」

 加瀬拓哉が言う。

「サヨナラじゃないよ。たしかに、毎日ここで生活しなくなるわけだけど」

 加瀬拓哉は続ける。

「でも、直樹君は帰って来るでしょ? この家に」

 ……。

「そうだな。ちょっと長い修学旅行だよ。それならどう? 彩梨ちゃん、いつも見送りしてるって聞いたよ?」

 修学旅行。

 その言葉が、妙に心にすっと入り込んで来た。

 そうだよ。
 直樹は泊りがけで勉強しに行くんだ。

 お泊り会や宿泊学習、修学旅行に合宿。
 それらといったい、なにが違うというんだろう?

 期間がちょっと長いだけじゃないか。

 あんなにわだかまっていた、「さみしい」がなくなった。

 けど、それと同時に押し寄せてきた、後悔。

「……今さら、見送りなんて」

 できっこない。

 もう、家を出ちゃったわけだし。

 私のバカ。

「そういえば、直樹君がぼやいてたんだけど。彩梨ちゃんに貸したゲームソフトが戻ってこないって」

 ――っ!!

 ソフト!!

 追いかける口実が、できた。

 机の上に置いていたゲーム機からソフトを取り出す。

「……私、ちょっと行って来る」
「うん。いってらっしゃい」

 私は、部屋を出る。
 階段を駆け下りて、玄関。

 スニーカーが遠い。

 足を伸ばして、乱雑にスニーカーに足を入れて。
 いつもはすぐに履いてしまえるスニーカーに手こずる。

 履けたっ!!

 その瞬間に、家を飛び出す。

 まだ、間に合う。
 まだ、そんなに時間は経っていない。

 私は走る。
 走る、走る、走る。

 そして、直樹とお母さんのうしろ姿が見えた。

 テクテク歩く、うしろ姿に向かって私は叫ぶ。

「直樹ーっ!!!!」

 全力で叫んだ。
 部活の発声よりも声が出た。

 私、こんなに声出るんだ……。

 直樹とお母さんは、私に気づいて立ち止まった。

 2人を目指して、私は走る。
 走る、走る、走る。

 直樹も、私に近づいてくれた。

「はあ……はあ……はあ……はあ……、これっ……」

 直樹の手に、ゲームソフトを渡す。

「ああ、おかえりー。俺の『Quest Adventure』。もう戻ってこないのかと思ったよー。ネコがババするのかと思ったー」

「ネコババって言いたいのか」

 直樹が、いつも通りに接してくれる。
 だからか、私もいつも通りでいられる。

「私、まだクリアしてないんだから、帰って来るときは持って来てよね」
「気が向いたら?」
「その気は向けろー」

 2人で軽口をたたいて笑いあう。

「じゃあ」

 直樹が告げて。

「うん。行って来い」

 なんて言ってみたり。

 なんだ全然、たいしたことないじゃん。

 遠退いて行く、直樹の姿を見ても私は泣かない。

 寂しい気持ちも、ほんの少しだけ。
 ほんの少しだけで、全然、平気だ。
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