【完結】イトコに恋して

桐生千種

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第5章 サヨナラ、弟

第4話 何も言わずに行かないで *加瀬拓哉*

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 05年3月31日木曜日。

「直樹、早く用意しなさいよ? 9時に出るんだから」
「はーい」

 忙しなく、叔母さんが動き回る。
 余所行きの服。
 お化粧もバッチリ。

 あれは持った、これは持ったと確認。

 俺はというと。
 清花ちゃんに頼まれてクジを作っている。

 部活で使うらしい。

 清花ちゃんは清花ちゃんで、なにやら工作中。
 ノリとハサミとカラフルな画用紙。

 それも部活で使うらしい。

 清花ちゃんは演劇部だから、きっと劇で使う小道具なんだろう。

 ちなみに彩梨ちゃんも演劇部。

 春休み中も学校へ行き、部活動をしている。
 だけど、そんな彩梨ちゃんが今日は部活が休みなのか起きてこない。

 直樹君が行ってしまう日だというのに、彩梨ちゃんが、起きてこない。

「……彩梨ちゃん、起きてこないね」

 四角い紙の1枚1枚に番号を書きながら、清花ちゃんに言ってみた。

「お姉ちゃんなら起きてても9時過ぎまでおりてこないよ」

 サラリと清花ちゃんが言った。

 「9時過ぎ」とはずいぶんとハッキリした時間だ。
 どうして、「9時」なんだろう……?

 清花ちゃんのその手と目は、目の前の工作に熱中している。

「なんで? 見送りは? 直樹君、9時に行っちゃうんだよ?」

 9時に直樹君が行ってしまうというのに、9時過ぎにおりてきたんじゃ、見送りができない。

「だから、行くまで顔合わせないためにおりてこないの。前もそうだったし」

「前も、って?」

「前のお父さんの転勤。お姉ちゃん、部屋にこもって出てこなかったの。お父さんが行ってから、ケロッとおりてきたから今回もそんな感じだよ」

「そう……、なんだ……」

 清花ちゃんは変わらず、工作に夢中。

 だけど、いいのかな……。
 心配じゃ、ないのか?

 いや、これが普通?

 でも、直樹君のほうは?

 何も言わずに……、いや、昨日『今生の別れ』を言われたんだっけ。

 だとしても『いってらっしゃい』がないなんて。

 彩梨ちゃん、らしくない……。

 そして、時間が過ぎる。 

 8時半。

 8時45分。

 8時50分。

 8時55分。

 56分、57分、58分、59分……。

 ……9時。

 本当に、彩梨ちゃんはおりてこなかった。

「じゃあね、たっくん、日曜までよろしくね。なるべく早く帰ってくるから」
「はい。留守中の警備は任せてください」

 玄関で、叔母さんに言う。

 今日から日曜日まで、直樹君の付き添いで叔母さんも家を空ける。
 その間、留守を任されることになったわけだけど……。

「いってらっしゃーい」

 清花ちゃんが言う。
 右手にハサミ、左手に液体ノリを持って。

「じゃあね、お兄たん行って来るからね。いい子にしてるんだよ」

 ふざけた調子で言ってみせる直樹君。

「さっさとイけ」
「待って、やめて、構えないでっ! しかも今のイけは、天に召されよ的なイけだったよ!」

 ……これは、ブラックジョークととっていいのか?

 ハサミを突き刺さんが如くの構えをとっていた清花ちゃんが手を下した。

「じゃ、いってきます」

 そう言って出て行く、直樹君と叔母さん。

 本当に、いいのか?
 これで……。

 ……いや、ダメだ!
 やっぱり、よくないよ!

 俺は、彩梨ちゃんの部屋へと向かった。
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