8 / 32
第2章 イトコの家の、ご近所さん
第4話 ご近所さん *加瀬拓哉*
しおりを挟む
本当にイヤそうな顔をする直樹君。
「そんな面倒臭そうな顔しないでさー」
「面倒臭そう、じゃなくて面倒臭いんだって……」
そう言いながら、ゲームを再開しようとコントローラーに手を伸ばそうとしている。
ここでチャンスを逃したら、もう直樹君からご近所さんの情報を聞き出すことはできなくなる。
彩梨ちゃんと仲良くなるためのカードはいくらだってほしい。
だから。
「昨日発売された新作ゲーム『モンスター・クエストV』、買った?」
ピタリと、直樹君の手は止まる。
直樹君の心の掴み方はバッチリ心得ているつもりだ。
「や、まだだけど……」
「ほしくない?」
「う゛……」
直樹君の心が揺れ動いている様が、手に取るようにわかる。
ここでもうひと押し。
「高校合格のお祝いに、プレゼントしてあげてもいいよ?」
「……」
数秒間の沈黙。
そして。
「……仕方ないな」
落ちた。
コントローラーに伸びかけていた手は引っ込められ、もう1度直樹君は俺と向き合う。
「チビがいるってことであげるなら、向かいの小野さん家、小6の桜ちゃんと、小5の皐月君。それから竜胆ちゃんが小4で、桔梗君が小3、末っ子の椿ちゃんが小2」
気持ちのいいくらいに学年が1つずつ違いかつ、男の子と女の子が交互に来ていて、全員が花の名前。
「お母さんは、花子さん?」
「それ本人の前で言うなよ?」
直樹君から冷たい視線が注がれた。
「ちなみに、お母さんはハナエさんね。花が咲く、でハナエさん」
「詳しいね」
「まあ、交流の賜物? 花咲さん、超若いし可愛い看護師だよ」
「ふーん」
「興味なさげじゃん」
「俺には彩梨ちゃんがいるから。それより他には?」
俺にとって可愛い女の子は世界でただ1人、
彩梨ちゃんだけ。
他の女がどんなに可愛いともてはやされていようと、彩梨ちゃん以外に興味はない。
「斜め向かいの早川さん家は、さっきも言った雪音先輩が高2で、弟の雪乃君が小6。桜ちゃんと同い年」
「……その雪乃君ってのは、彩梨ちゃんとどうなの?」
「雪乃君は桜ちゃんひと筋だよ。まあ、片想いだけど。その辺、たっくんと似てるかもね」
片想いの苦しさは、よくわかる。
うん。
雪乃君とは仲良くなれるかもしれない。
「あと、隣の相沢さん家は高2の章兄ちゃんと俺と同い年の栞だけだから、チビはいないよ」
ふむ。
聞く限り、小野さんと早川さんをチビッ子要因でチェックするとして……。
「章兄ちゃんてどんなヤツ?」
こんな近くに要注意人物がいたなんて。
近所で交流があるなら、彩梨ちゃんを落とすチャンスなんていくらでもあったはずだし、もしかして彩梨ちゃん、ソイツのことが好きなんじゃ!?
年上幼馴染なんて美味しすぎるポジションだし!!
隣の家同士、窓を隔てて「おはよう」とか。
部屋を渡って来たりとか!?
なんて美味しい立場!!
羨ましい!!
「たっくん、楽しそうな妄想してるとこ悪いけど、姉ちゃんの部屋の窓、外見ても隣の家じゃないから。家の裏だから。畑だから」
あ、そうか。
昨日見た彩梨ちゃんの部屋には窓が1つだったし、窓に向かうように机があったし、家の裏で家庭菜園してるって聞いたし。
……でも、年上幼馴染の美味しいポジションのヤツがいることに変わりはない!!
「それに、章兄ちゃんのことなら心配しなくてもいいよ。彼女持ちだから。雪姉ちゃんにゾッコンだから」
「彼女がいたとしてもだよ!! いつ何が起こって、どう転がるかわからないよ!? 彩梨ちゃんがすでに片想い中だったりしたら! そうじゃなくてもあんなに可愛い彩梨ちゃんだよ!? いつこころ変わりして言い寄ってくるかわからないじゃないか!!」
なんで直樹君はこんなにのん気にしていられるんだ!!
「大丈夫だよ。章兄ちゃん、学校違うのに毎日送り迎えとかしてたくらいだよ? さすがに今は雪姉ちゃんに止められてもうしてないけど。あ、雪姉ちゃんに妙な手出したら、多分たっくん今言った人たち全員敵に回すから気を付けて」
「出さないよ!!」
……まあ、章兄ちゃんよやらが心配ないような感じだということはわかった。
油断はできないけどねっ!
でも、章兄ちゃんが結構な権力者っぽいから、ソイツを味方にできれば上手く溶け込めるのかもしれない……。
よしっ!
媚は売っとこう!
「あ、ところでさ」
唐突に、直樹君が言う。
「明々後日なんだけど、水曜日。夕方以降って空いてる?」
「水曜日は夕方まで仕事の予定だけど、延びるかも。何かあった?」
「その日、俺の壮行会と俺と栞の中学卒業祝い兼高校入学祝いと、桜ちゃんと雪乃君の小学校卒業祝いと中学入学祝いと、その他進級祝いってことで、今話した近所の連中と集まってウチでわいわいしようって企画があるんだけど」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 誰が卒業で誰が入学で誰が進級?」
こういうお祝いことは、お近づきになるチャンスだよね!
しっかり覚えておかないとっ!
「わざわざ書くの?」
「書くよ!」
常備している愛用の手帳を開く。
仕事のこととか、仕事のこととか、仕事のこととか書いてる手帳の、まっさらなページを使う。
「俺と栞が中学の卒業と高校の入学」
「うんうん」
「桜ちゃんと雪乃君が小学校卒業の中学入学」
「うんうん」
「章兄ちゃんと雪姉ちゃんと、ウチの姉ちゃんと清花と皐月君と、竜胆ちゃん、桔梗君、椿ちゃんが進級。以上」
「了解。ありがとう」
なにかお祝いに、お菓子なんてどうかな?
直樹君だったらゲームなんだけど、好きなものとかわからないし、小さなお菓子の詰め合わせとか?
子供用のファンシーなやつあったよな……。
ひとまずはそれであいさつして、ちょっとずつ距離を縮めて……。
「でさ、せっかくならたっくんの歓迎会も一緒にやっちゃえば近所の付き合いある人たちに紹介もできて楽じゃん? って思ったんだけど、参加できないならいっか」
「するよ! 参加する! 誰がなんと言おうと! 仕事放り出してでも帰って来るから!」
これは、ご近所さんに会えて、チビッ子ちゃんたちと仲良くなれる絶好のチャンス!!
逃すわけにはいかないよっ!
何が何でも参加してみせる!!
「……途中で仕事投げ出す人ってサイテー」
……彩梨ちゃんが帰って来た、第一声がソレだった。
途中で仕事投げ出す人ってサイテー。
彩梨ちゃんの言葉が、脳内で木霊する。
サイテー。
サイテー。
サイテー。
サイテー。
「前言撤回!」
脳内の木霊を振り払うように、俺は宣言する。
「きっちり終わらせて帰って来るよっ!」
「そんな面倒臭そうな顔しないでさー」
「面倒臭そう、じゃなくて面倒臭いんだって……」
そう言いながら、ゲームを再開しようとコントローラーに手を伸ばそうとしている。
ここでチャンスを逃したら、もう直樹君からご近所さんの情報を聞き出すことはできなくなる。
彩梨ちゃんと仲良くなるためのカードはいくらだってほしい。
だから。
「昨日発売された新作ゲーム『モンスター・クエストV』、買った?」
ピタリと、直樹君の手は止まる。
直樹君の心の掴み方はバッチリ心得ているつもりだ。
「や、まだだけど……」
「ほしくない?」
「う゛……」
直樹君の心が揺れ動いている様が、手に取るようにわかる。
ここでもうひと押し。
「高校合格のお祝いに、プレゼントしてあげてもいいよ?」
「……」
数秒間の沈黙。
そして。
「……仕方ないな」
落ちた。
コントローラーに伸びかけていた手は引っ込められ、もう1度直樹君は俺と向き合う。
「チビがいるってことであげるなら、向かいの小野さん家、小6の桜ちゃんと、小5の皐月君。それから竜胆ちゃんが小4で、桔梗君が小3、末っ子の椿ちゃんが小2」
気持ちのいいくらいに学年が1つずつ違いかつ、男の子と女の子が交互に来ていて、全員が花の名前。
「お母さんは、花子さん?」
「それ本人の前で言うなよ?」
直樹君から冷たい視線が注がれた。
「ちなみに、お母さんはハナエさんね。花が咲く、でハナエさん」
「詳しいね」
「まあ、交流の賜物? 花咲さん、超若いし可愛い看護師だよ」
「ふーん」
「興味なさげじゃん」
「俺には彩梨ちゃんがいるから。それより他には?」
俺にとって可愛い女の子は世界でただ1人、
彩梨ちゃんだけ。
他の女がどんなに可愛いともてはやされていようと、彩梨ちゃん以外に興味はない。
「斜め向かいの早川さん家は、さっきも言った雪音先輩が高2で、弟の雪乃君が小6。桜ちゃんと同い年」
「……その雪乃君ってのは、彩梨ちゃんとどうなの?」
「雪乃君は桜ちゃんひと筋だよ。まあ、片想いだけど。その辺、たっくんと似てるかもね」
片想いの苦しさは、よくわかる。
うん。
雪乃君とは仲良くなれるかもしれない。
「あと、隣の相沢さん家は高2の章兄ちゃんと俺と同い年の栞だけだから、チビはいないよ」
ふむ。
聞く限り、小野さんと早川さんをチビッ子要因でチェックするとして……。
「章兄ちゃんてどんなヤツ?」
こんな近くに要注意人物がいたなんて。
近所で交流があるなら、彩梨ちゃんを落とすチャンスなんていくらでもあったはずだし、もしかして彩梨ちゃん、ソイツのことが好きなんじゃ!?
年上幼馴染なんて美味しすぎるポジションだし!!
隣の家同士、窓を隔てて「おはよう」とか。
部屋を渡って来たりとか!?
なんて美味しい立場!!
羨ましい!!
「たっくん、楽しそうな妄想してるとこ悪いけど、姉ちゃんの部屋の窓、外見ても隣の家じゃないから。家の裏だから。畑だから」
あ、そうか。
昨日見た彩梨ちゃんの部屋には窓が1つだったし、窓に向かうように机があったし、家の裏で家庭菜園してるって聞いたし。
……でも、年上幼馴染の美味しいポジションのヤツがいることに変わりはない!!
「それに、章兄ちゃんのことなら心配しなくてもいいよ。彼女持ちだから。雪姉ちゃんにゾッコンだから」
「彼女がいたとしてもだよ!! いつ何が起こって、どう転がるかわからないよ!? 彩梨ちゃんがすでに片想い中だったりしたら! そうじゃなくてもあんなに可愛い彩梨ちゃんだよ!? いつこころ変わりして言い寄ってくるかわからないじゃないか!!」
なんで直樹君はこんなにのん気にしていられるんだ!!
「大丈夫だよ。章兄ちゃん、学校違うのに毎日送り迎えとかしてたくらいだよ? さすがに今は雪姉ちゃんに止められてもうしてないけど。あ、雪姉ちゃんに妙な手出したら、多分たっくん今言った人たち全員敵に回すから気を付けて」
「出さないよ!!」
……まあ、章兄ちゃんよやらが心配ないような感じだということはわかった。
油断はできないけどねっ!
でも、章兄ちゃんが結構な権力者っぽいから、ソイツを味方にできれば上手く溶け込めるのかもしれない……。
よしっ!
媚は売っとこう!
「あ、ところでさ」
唐突に、直樹君が言う。
「明々後日なんだけど、水曜日。夕方以降って空いてる?」
「水曜日は夕方まで仕事の予定だけど、延びるかも。何かあった?」
「その日、俺の壮行会と俺と栞の中学卒業祝い兼高校入学祝いと、桜ちゃんと雪乃君の小学校卒業祝いと中学入学祝いと、その他進級祝いってことで、今話した近所の連中と集まってウチでわいわいしようって企画があるんだけど」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! 誰が卒業で誰が入学で誰が進級?」
こういうお祝いことは、お近づきになるチャンスだよね!
しっかり覚えておかないとっ!
「わざわざ書くの?」
「書くよ!」
常備している愛用の手帳を開く。
仕事のこととか、仕事のこととか、仕事のこととか書いてる手帳の、まっさらなページを使う。
「俺と栞が中学の卒業と高校の入学」
「うんうん」
「桜ちゃんと雪乃君が小学校卒業の中学入学」
「うんうん」
「章兄ちゃんと雪姉ちゃんと、ウチの姉ちゃんと清花と皐月君と、竜胆ちゃん、桔梗君、椿ちゃんが進級。以上」
「了解。ありがとう」
なにかお祝いに、お菓子なんてどうかな?
直樹君だったらゲームなんだけど、好きなものとかわからないし、小さなお菓子の詰め合わせとか?
子供用のファンシーなやつあったよな……。
ひとまずはそれであいさつして、ちょっとずつ距離を縮めて……。
「でさ、せっかくならたっくんの歓迎会も一緒にやっちゃえば近所の付き合いある人たちに紹介もできて楽じゃん? って思ったんだけど、参加できないならいっか」
「するよ! 参加する! 誰がなんと言おうと! 仕事放り出してでも帰って来るから!」
これは、ご近所さんに会えて、チビッ子ちゃんたちと仲良くなれる絶好のチャンス!!
逃すわけにはいかないよっ!
何が何でも参加してみせる!!
「……途中で仕事投げ出す人ってサイテー」
……彩梨ちゃんが帰って来た、第一声がソレだった。
途中で仕事投げ出す人ってサイテー。
彩梨ちゃんの言葉が、脳内で木霊する。
サイテー。
サイテー。
サイテー。
サイテー。
「前言撤回!」
脳内の木霊を振り払うように、俺は宣言する。
「きっちり終わらせて帰って来るよっ!」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。


そのご令嬢、婚約破棄されました。
玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。
婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。
その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。
よくある婚約破棄の、一幕。
※小説家になろう にも掲載しています。

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。


断罪されそうになった侯爵令嬢、頭のおかしい友人のおかげで冤罪だと証明されるが二重の意味で周囲から同情される。
あの時削ぎ落とした欲
恋愛
学園の卒業パーティで婚約者のお気に入りを苛めたと身に覚えの無いことで断罪されかける侯爵令嬢エリス。
その断罪劇に乱入してきたのはエリスの友人である男爵令嬢ニナだった。彼女の片手には骨付き肉が握られていた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる