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第2章 イトコの家の、ご近所さん
第3話 自分に返る、言葉 *加瀬彩梨*
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ぎゅう、と掴まれた私の服の袖は放される気配がない。
「……そっか」
呟いた、皐月君。
「やっぱり、桜ちゃん探すのやめる」
意を決したように言うその言葉は、お姉ちゃんを想う皐月君の精一杯。
会いたくなくて、逃げ出した桜ちゃんの気持ちがわかる。
今の皐月君の気持ちも、わかる。
でも。
「それは違うよ、皐月君」
その方法は間違ってる。
「イヤだからって、逃げてるだけじゃダメなんだよ」
自分が言うその言葉に、耳が痛い。
頭では、わかっているんだ。
「人と人との繋がりは、向き合ってみないとわからないから」
私とじゃ、重ねられる現実は違うけどどこか似ている私たち。
「向き合ってみて、それでもダメだって思ったら、そのときはイヤだって言えばいいんだよ。受け入れなくてもいい。嫌いになったっていいんだから。でも、向き合う前から逃げちゃダメ」
家族の誰かがいなくなった空席に、別の人間が入り込んできた現実。
私は、お父さんと直樹がいなくなる空席に、従兄が従兄としてやってきた。
でも、桜ちゃんはお父さんの居場所に赤の他人がお父さんとしてやってくる。
桜ちゃんに比べれば、私の抱えている問題なんてちっぽけで、問題のうちにも入らないけど……。
どこか、今の私と似ていると思ってしまった。
「だからね、桜ちゃんがちゃんと向き合えるように、皐月君は桜ちゃんの傍にいてあげて?」
「……うん」
そっと放された、小さな手。
「僕、ずっと桜ちゃんの傍にいるよ」
じっと見上げてくる、皐月君の瞳。
「うん」
その瞳に、私は頷いた。
皐月君がいれば、桜ちゃんはきっと大丈夫だから。
桜ちゃんは誰よりも、お姉ちゃんだから。
「んじゃ、桜ちゃん迎えに行って来るから待っててね」
皐月君の傍を離れて、早川家の玄関へと向かう。
小さい頃から見慣れている玄関のインターホンを押すと、出て来たのは予想通り雪乃君。
ここで、「桜ちゃんを出して」とは言わない。
そんなことを言ったら追い返されて最悪の場合、桜ちゃんに逃げられる。
「雪音先輩いる?」
まずは雪音先輩を呼んでもらって、あくまでも先輩に用事があって来たように見せる。
「ちょっと待ってて」
怪しまれることなく、雪乃君は家の中へと入って行った。
カチャリと後ろ手に閉まるドアの音を聞いて、外で待たせている皐月君に心の中で謝った。
――まだ寒いのに、ごめん……。
玄関に、桜ちゃんのものと思われるクツはない。
どうやら部屋にまで持っていっているようで、知恵をつけたなぁ……なんて思う。
「彩梨ちゃん? どうしたの?」
奥から現れた雪音先輩。
雪乃君の姿は、ない。
「雪乃君は……」
「え? 呼ぶ?」
「結構です!」
危ない。
雪乃君は私の企みには気づいていないようで、こっちに来る気配はない。
「あのですね……」
かくかくしかじか……。
ことの経緯を説明する。
私から話すのもどうかとも思ったけど、再婚の話も伝えた。
桜ちゃんがいなくなって、皐月君が探しに来たこと。
1度来たけど、雪乃君に「いない」と言われ他を探したこと。
でも、心当たりは探し尽くしてしまったこと。
それでもまだ、見つからないこと。
「うん。ウチだね」
雪音先輩はサクッと理解してくれた。
「通りで今日はよく玄関に飛んで行くと思ったら……。ちょっと待ってて」
そう言って、家の中へと入って行った雪音先輩を待つこと数分。
――皐月君、本当にごめん……。
戻って来た雪音先輩。
と、桜ちゃん。
そして、雪乃君。
思った通り、やっぱり雪乃君がかくまっていた。
周到に、クツを部屋の中に持ち込んで。
「桜ちゃん」
「……彩梨、お姉ちゃん」
声をかけると、うるうると泣きそうな目で子ウサギのように見つめられた。
何コレ、可愛いっ!!
私、女だけど女の私でもトキメクよホレるよノックアウトだよ!!
テンションが爆上がりする心中を押し込めて、桜ちゃんに言葉をかける。
「せっかく可愛くオシャレしたのに、お出かけしないなんてもったいないよ?」
そう言うと、途端に桜ちゃんの目が余計にうるうる度を増して、今にもその大きな目から涙がこぼれ落ちてしまいそうで……。
ヤバイ。
新高2が新中1を泣かせる図ができあがっている。
わかってる。
そのおでかけ先は、決して楽しめる場所じゃないってこと。
会いたくない人に会わなきゃいけない場所だってこと。
でも……。
「逃げてちゃダメだよ。嫌いになったっていいんだから、1度くらい向き合ってみないと。桜ちゃんは1人じゃないんだから」
桜ちゃんに言いながら、自分の心臓がグサグサと突き刺される気分。
私は1度でも、加瀬拓哉に向き合ったことがあっただろうか……。
「皐月君、心配してたよ? 桜ちゃんが急にいなくなっちゃったから」
「皐月君」の名前で、桜ちゃんの目から涙が消えた。
「皐月君、心配してた?」
「それはもう、泣きそうになってウチに来たよ?」
「すぐ、帰らなきゃっ!!」
急いでクツを履く桜ちゃん。
「ごめんね、雪乃君。ありがとう。お邪魔しました!」
ドアを開けて、パタパタと走って行く桜ちゃん。
「桜、大丈夫かな……」
小さくなっていく、桜ちゃんのうしろ姿を見つめながら雪乃君がポツリと呟いた。
「こればっかりは、家族の問題だからね……」
答えるように呟いたのは、雪音先輩。
ヘタに口出しはできない、よね……。
「じゃあ私も帰……」
はたと気が付く。
家には、加瀬拓哉がいるっ!!
桜ちゃんにあんなことを言っておきながら私は。
「……帰りたくなーい」
「は?」
雪音先輩の鋭い声。
「雪乃くーん、彩梨お姉ちゃんと遊ぼー?」
「え゛……」
「え゛……」って、え?
濁音になるくらいイヤなの?
お姉さん、悲しい……。
「何? 彩梨ちゃんも家族問題? ダメだよ逃げてちゃ」
「う゛……」
皐月君や桜ちゃんに言った言葉が、雪音先輩の口から飛んできた。
「それにお迎えが来てるし」
「お迎え?」
雪音先輩の言葉に、その視線を辿ると……門のところからひょこりと顔を覗かせる清花と目が合った。
「ちわー。廃品回収でーす。あ姉ちゃん回収しに来ましたー」
「お疲れ様でーす。そうぞー。持ってってー」
え? え? 廃品?
清花、今、廃品って言った? ねえ?
雪音先輩もスルーなんですか? むしろ同意?
「じゃ、回収しまーす。帰るよ、お姉ちゃん」
にぎっ! と、手をとられてにぎにぎされて。
……ああ、私幸せだ。
もう、廃品でいいや……。
「……そっか」
呟いた、皐月君。
「やっぱり、桜ちゃん探すのやめる」
意を決したように言うその言葉は、お姉ちゃんを想う皐月君の精一杯。
会いたくなくて、逃げ出した桜ちゃんの気持ちがわかる。
今の皐月君の気持ちも、わかる。
でも。
「それは違うよ、皐月君」
その方法は間違ってる。
「イヤだからって、逃げてるだけじゃダメなんだよ」
自分が言うその言葉に、耳が痛い。
頭では、わかっているんだ。
「人と人との繋がりは、向き合ってみないとわからないから」
私とじゃ、重ねられる現実は違うけどどこか似ている私たち。
「向き合ってみて、それでもダメだって思ったら、そのときはイヤだって言えばいいんだよ。受け入れなくてもいい。嫌いになったっていいんだから。でも、向き合う前から逃げちゃダメ」
家族の誰かがいなくなった空席に、別の人間が入り込んできた現実。
私は、お父さんと直樹がいなくなる空席に、従兄が従兄としてやってきた。
でも、桜ちゃんはお父さんの居場所に赤の他人がお父さんとしてやってくる。
桜ちゃんに比べれば、私の抱えている問題なんてちっぽけで、問題のうちにも入らないけど……。
どこか、今の私と似ていると思ってしまった。
「だからね、桜ちゃんがちゃんと向き合えるように、皐月君は桜ちゃんの傍にいてあげて?」
「……うん」
そっと放された、小さな手。
「僕、ずっと桜ちゃんの傍にいるよ」
じっと見上げてくる、皐月君の瞳。
「うん」
その瞳に、私は頷いた。
皐月君がいれば、桜ちゃんはきっと大丈夫だから。
桜ちゃんは誰よりも、お姉ちゃんだから。
「んじゃ、桜ちゃん迎えに行って来るから待っててね」
皐月君の傍を離れて、早川家の玄関へと向かう。
小さい頃から見慣れている玄関のインターホンを押すと、出て来たのは予想通り雪乃君。
ここで、「桜ちゃんを出して」とは言わない。
そんなことを言ったら追い返されて最悪の場合、桜ちゃんに逃げられる。
「雪音先輩いる?」
まずは雪音先輩を呼んでもらって、あくまでも先輩に用事があって来たように見せる。
「ちょっと待ってて」
怪しまれることなく、雪乃君は家の中へと入って行った。
カチャリと後ろ手に閉まるドアの音を聞いて、外で待たせている皐月君に心の中で謝った。
――まだ寒いのに、ごめん……。
玄関に、桜ちゃんのものと思われるクツはない。
どうやら部屋にまで持っていっているようで、知恵をつけたなぁ……なんて思う。
「彩梨ちゃん? どうしたの?」
奥から現れた雪音先輩。
雪乃君の姿は、ない。
「雪乃君は……」
「え? 呼ぶ?」
「結構です!」
危ない。
雪乃君は私の企みには気づいていないようで、こっちに来る気配はない。
「あのですね……」
かくかくしかじか……。
ことの経緯を説明する。
私から話すのもどうかとも思ったけど、再婚の話も伝えた。
桜ちゃんがいなくなって、皐月君が探しに来たこと。
1度来たけど、雪乃君に「いない」と言われ他を探したこと。
でも、心当たりは探し尽くしてしまったこと。
それでもまだ、見つからないこと。
「うん。ウチだね」
雪音先輩はサクッと理解してくれた。
「通りで今日はよく玄関に飛んで行くと思ったら……。ちょっと待ってて」
そう言って、家の中へと入って行った雪音先輩を待つこと数分。
――皐月君、本当にごめん……。
戻って来た雪音先輩。
と、桜ちゃん。
そして、雪乃君。
思った通り、やっぱり雪乃君がかくまっていた。
周到に、クツを部屋の中に持ち込んで。
「桜ちゃん」
「……彩梨、お姉ちゃん」
声をかけると、うるうると泣きそうな目で子ウサギのように見つめられた。
何コレ、可愛いっ!!
私、女だけど女の私でもトキメクよホレるよノックアウトだよ!!
テンションが爆上がりする心中を押し込めて、桜ちゃんに言葉をかける。
「せっかく可愛くオシャレしたのに、お出かけしないなんてもったいないよ?」
そう言うと、途端に桜ちゃんの目が余計にうるうる度を増して、今にもその大きな目から涙がこぼれ落ちてしまいそうで……。
ヤバイ。
新高2が新中1を泣かせる図ができあがっている。
わかってる。
そのおでかけ先は、決して楽しめる場所じゃないってこと。
会いたくない人に会わなきゃいけない場所だってこと。
でも……。
「逃げてちゃダメだよ。嫌いになったっていいんだから、1度くらい向き合ってみないと。桜ちゃんは1人じゃないんだから」
桜ちゃんに言いながら、自分の心臓がグサグサと突き刺される気分。
私は1度でも、加瀬拓哉に向き合ったことがあっただろうか……。
「皐月君、心配してたよ? 桜ちゃんが急にいなくなっちゃったから」
「皐月君」の名前で、桜ちゃんの目から涙が消えた。
「皐月君、心配してた?」
「それはもう、泣きそうになってウチに来たよ?」
「すぐ、帰らなきゃっ!!」
急いでクツを履く桜ちゃん。
「ごめんね、雪乃君。ありがとう。お邪魔しました!」
ドアを開けて、パタパタと走って行く桜ちゃん。
「桜、大丈夫かな……」
小さくなっていく、桜ちゃんのうしろ姿を見つめながら雪乃君がポツリと呟いた。
「こればっかりは、家族の問題だからね……」
答えるように呟いたのは、雪音先輩。
ヘタに口出しはできない、よね……。
「じゃあ私も帰……」
はたと気が付く。
家には、加瀬拓哉がいるっ!!
桜ちゃんにあんなことを言っておきながら私は。
「……帰りたくなーい」
「は?」
雪音先輩の鋭い声。
「雪乃くーん、彩梨お姉ちゃんと遊ぼー?」
「え゛……」
「え゛……」って、え?
濁音になるくらいイヤなの?
お姉さん、悲しい……。
「何? 彩梨ちゃんも家族問題? ダメだよ逃げてちゃ」
「う゛……」
皐月君や桜ちゃんに言った言葉が、雪音先輩の口から飛んできた。
「それにお迎えが来てるし」
「お迎え?」
雪音先輩の言葉に、その視線を辿ると……門のところからひょこりと顔を覗かせる清花と目が合った。
「ちわー。廃品回収でーす。あ姉ちゃん回収しに来ましたー」
「お疲れ様でーす。そうぞー。持ってってー」
え? え? 廃品?
清花、今、廃品って言った? ねえ?
雪音先輩もスルーなんですか? むしろ同意?
「じゃ、回収しまーす。帰るよ、お姉ちゃん」
にぎっ! と、手をとられてにぎにぎされて。
……ああ、私幸せだ。
もう、廃品でいいや……。
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