【完結】EACH-ハジマリの旅路-

桐生千種

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04 接触 ジンルイ

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 何たることか。
 「チキュウ」は、その姿を一変させてしまった。そこには緑ももはやなく、生き物の鼓動は存在しない。溢れていた緑は消え失せ、広がるのは剥き出しになった大地が続く荒野。土煙が視界を遮り、あんなにも青く澄んでいた空が、今はくすむ。

 冷たい、虚無の世界。

 そうしたのは、まぎれもなく「ワタシ」だ。「ワタシ」がこの「チキュウ」へと降り立ったことで、この土地の命は死んでしまった。

 何も、残ってはいない。

 「ワタシ」が、降り立ってしまったから。

 「ワタシ」が、この惑星へ、「チキュウ」へ、地上へと、降り立ったその衝撃に生き物たちは耐えることができなかった。
 あの美しい姿を、「ワタシ」が壊してしまった。

 降りるべきではなかったのだ。この世界を壊してしまうくらいなら、「ワタシ」が壊れてしまえばよかった。

 自身に絶望し、それでも「ワタシ」はココにいる。

 「ワタシ」はヒトリ。
 けれど、旅をしていたときとは違う。
 こんなにも孤独が哀しいと思う日がくるとは思ってもいなかった。
 ココには、「ワタシ」が視続けていた美しい世界はない。生き物の鼓動も、鮮やかな彩(いろどり)も何もかもが失われている。

 「ワタシ」はヒトリ。

 ヒトリ。
 ヒトリ……。
 ……。

 生き物の気配を感じ取ったのは、「ワタシ」が「チキュウ」へと降り立った翌日のこと。

 太陽が沈み、月と星を視た。宇宙と変わらない輝きを、「チキュウ」からでも視ることができるのだと知った。
 いつものように、あの星々へ近づきたいと思った。けれど、いつものようにはカラダは動かなかった。
 たまには、動かずに見上げて視るのもいいかと思った。
 月が沈むのを視て、太陽が昇るのを視た。宇宙では視ることのできないその景色は、とても美しかった。

 そうして、初めて地上で夜を明かして向かえた朝。初めて生き物の気配を感じ取った。
 それは迷うことなく「ワタシ」へと近づいて来る。白い防護服でその身をしっかりと守っている生き物は「ニンゲン」だった。幾人もの「ニンゲン」たちが、「ワタシ」の周りへと集まる。

 テントを張り、たくさんの機械を設置し、「ワタシ」を見る。「ワタシ」を見るが、一定の距離を保ってそれ以上は近づかない。

 「ニンゲン」たちは、「ワタシ」を見ながら目の前の機械を見ている。
 モニターに映し出された波形。それが意味するものは、大気の様子。どの物質がどの程度の割合で存在しているか。
 例えば酸素。あるいは窒素。

 または、それ以外の地球上には存在し得なかったはずの、未知の物質――

 日が沈んで、夜がきた。

 2度目の夜は、「ニンゲン」たちと共に過ごした。「ニンゲン」たちは「ワタシ」のことを宇宙空間から地球上に落ちて来た物体――『隕石』と呼んだ。

 その夜は「ニンゲン」たちの灯した明かりで、昨夜のような星空を見ることはできなかったけれど、初めて誰かと共に過ごす時間を経験した。

 月が空を渡り、日が昇る。
 2度目の朝がきた。

 「ニンゲン」が2人、「ワタシ」へと近づく。男が1人と、女が1人。けれど女はもう1つ、その身に小さな命を宿していた。
 男と女は「ワタシ」に触れた。
 初めて「ワタシ」は「ニンゲン」に触れた。これが初めての、「ワタシ」が生き物に触れた瞬間だった。

 男と女は「ワタシ」に触れ、そして削った。

 「ワタシ」のカラダは2つに分かれ、そしてカラダの内から何かが失われていくのを感じる。その失われる何かは、女の中へと向かって行った。女の中の小さな命に、溶けていく。
 それは「ニンゲン」にはわからないようで、男と女は、削り取った私の一部を持って仲間の元へと戻って行った。

 「ワタシ」の内からは何かが失われ続ける。

 向かう先を失ったそれは、大気を漂い空へと向かう。「ワタシ」をおいて、宇宙へと帰って行く。
 夜がきて、朝がきた。

 3日目の朝は、多くの「ニンゲン」たちが近づいて来た。

 昨日の「ニンゲン」の手は温かかった。
 今日の「ニンゲン」たちの手からは、何も感じない。

 そういえば、初めは暖かいと感じていた太陽の光が、今はそうでもない。
 夜がきて、朝がきた。

 何度も夜を過ごして、朝を迎えて、「ワタシ」の意識は2つに分かれ始めた。
 消え始めている「ワタシ」の自我と、芽生え始める女の中のもう1つの「わたし」の自我。
 もう、太陽の光が暖かいとは感じなくなっていた。夜の寒さも、昼の暖かさも、何も「ワタシ」は感じない。以前はよく視えていた景色も、今はほとんど視えていない。
 それが何故なのか、考えることさえもそう長く時が経たないうちにやめてしまった。

 ただ、そこに在るだけの存在。それが「ワタシ」になっていた。

 そんな「ワタシ」に反して、女の中の「わたし」の意識ははっきりしていく。
 初めは微睡みのような、あるのかないのかわからないような不安定な意識だったものが、しっかりとした個としての自我を形成していく。

 その心は安らかだ。
 その場所は温かく、心地良い。
 よく聞こえる女の声も、時折聞こえる男の声も、「わたし」に安らぎを与える。

 「ワタシ」は悟った。
 「ワタシ」は消える。

 それは生物でいうところの死だ。宇宙を旅した、宇宙を視続けた、「ワタシ」という存在は消え、もう2度と現れることはない。「ワタシ」は、2度と旅に出ることはない。

 視ることはない。
 宇宙へとは帰れない。

 かつて、惑星へと降り立った星々が宇宙へと戻ることがなかったように、「ワタシ」も同じ運命を辿っている。
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