【完結】EACH-アイラが愛した世界-

桐生千種

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04 終わる世界

06 孤独な彼女

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 彼女が生まれたことを、彼女は心の底から安堵していた。

 彼女が母親と離れたことで、母親を苦しめる原因は取り除かれた。

 けれど、ものごとはそう上手くは進まなかった。
 彼女が生まれた日、母親は亡くなっていた。

 彼女がそれを知ったのは、彼女が生まれた日の翌日。
 母親を亡くした、翌日だった。

「運が良かったな」

 その男は、水槽の中の彼女に向かってそう告げた。

 彼女の母親の父、彼女の祖父にあたる男だった。

「お前の両親は死んだよ」

 男は、言った。
 彼女のいるガラスを、男は撫でた。

「おかげで私はお前を手に入れることができた。本当に孝行者だよ、お前の両親は」

 その様子はどこか狂気じみていた。

 男は、科学者だった。
 空から飛来した未知の物質に魅了された科学者。

 自分の娘の命よりも、未知の可能性を秘めた子供を生かすことを優先した愚かな男。

 はじめこそ、男は熱心に彼女の様子を観察していた。
 けれど、それもはじめの内だった。

 男は、早々に彼女という存在に見切りをつけた。

 彼女は、人間のカタチにはなれない。
 意志を持ち、心を持ち、ヒトの言葉を理解できるようになっても、決してその肉体が人間のカタチに形作られることはない。

 それは、彼女自身が1番よくわかっていた。

 男も、それに気が付いた。

 男は、彼女の肉片を使って新たな個体をつくりだすことにした。
 より人間らしい、完璧な個体を求めた。

 ヒトにはないチカラを持っていても、ヒトのカタチでなければ意味がなかった。
 いくらヒトと同じ成分で構成されていようとも、男は――男たちはそのカタチにこだわった。

 そして、26個のアルファベットでは足りないくらいの生命がつくられていった。

 そのころには、男は彼女という存在に見向きもしなくなっていた。

 彼女はいつも男の背中を見ていた。
 叶うことのない夢、訪れることのない未来を胸に抱いて、男の背中を見ていた。

 たくさんつくられた彼女の分身たちは、時が経つにつれて消えていった。
 文字通り、消えていった。

 光の粒子となって、跡形もなく消えた。

 それが彼らの、ヒトでいうところの死だった。

 それを男たちが知ってから、彼女たちを見るレンズの数が増えた。
 ただ、死の瞬間を捉えるためだけのカメラが、何台も設置された。

 その記録に意味はあるのか。

 誰もその映像を見返すことはしなかった。

 誰もが、求めていた完璧な個体に夢中だった。

 腕が2本ある個体。
 足が2本ある個体。
 指は5本ずつ、多くも少なくもなく。
 目も2つ。
 瞼もある。
 鼻が、口が、1つずつ。

 その姿を手に入れた個体に、男たちの期待が集まった。

 それは彼女の最期の瞬間まで変わることはなかった。

 彼女が亡くなるときにはもう、彼女の分身たちはみんないなくなっていた。

 残っているのは、限りなくヒトに近い姿を持つことができた個体と、彼女だけだった。
 ヒトと異なる姿をしているのは、彼女だけだった。

 たったヒトリの孤独の中、彼女は消えた。
 誰にも――男たちの誰にも気づかれることなく、彼女は死を迎えた。
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