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01 小さな世界
09 レイナ(01)
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レイナには、決して忘れることのできない記憶があった。
それは、レイナがまだプールの中にいた頃の記憶。
人としての形を持って、レイナとしての自我も芽生えたその頃にはレイナにはある声が聞こえるようになっていた。
それは常に聞こえているというわけではなく、ときどき強い想いと共にレイナに届いているようだった。
――早く会いたいなぁ。
アイラの声だった。
アイラは、レイナに出会う前から、レイナと過ごすことを知らされたその瞬間からレイナと会うことを楽しみにしていた。
アイラの強い想いが自然と、アイラの心を感じ取ることのできるレイナのもとに届いていた。
それはとても幸せな瞬間で、アイラの声が届く度に、アイラの心を感じる度に、レイナはまだ出会っていないアイラのことが大好きになった。
レイナ自身も、早くアイラに会いたいと願うようになっていた。
けれど、その日は突然訪れた。
幸福な、平穏なまどろみの日々は突然壊されてしまった。
「お前がレイナ?」
その声は、いつものアイラから届いてくるような声とは違って、もっと近くで直接耳に入ってくる声だった。
「何でお前なの……?」
答えることのないレイナに、ひとり言葉をかけるその人はどこか苦しんでいるような気がした。
「僕は……存在することさえ否定されたのに……お前が望まれているなんて許せない……」
その言葉の意味を、レイナは理解することができなかった。
だってその人は、「存在することを否定された」といいながら、今ここに、レイナの前に確かに存在している。
けれど、レイナの思考はそこで止まった。
それ以上、考えることができなくなった。
――死んでしまえ。
それは、はっきりとした明確な憎悪。
本気で、心の底から、レイナに消えてほしいと願う強い力。
――消えろ、消えろ、消えろ、消えろ。
身を守るすべなど、何も持たないレイナはただ苦しむことしかできなかった。
されるがまま、なされるがままに、呪詛のような言葉を聞きながら、死への道を進もうとしていた。
ただ、たった1度でもいいからひとめだけでも、アイラに会いたかったと思った。
出会う前から、レイナという存在を望み、レイナに幸せを与えてくれたアイラに「ありがとう」と「大好き」を伝えたかった。
ああ、もう、あと少し……。
あとほんの数秒で、命の灯が尽きると覚悟したその瞬間だった。
――だめっ!!
悲鳴のような声が聞こえた。
アイラの、悲しみと、苦しみと、いっぱいいっぱいの声だった。
同時に、パリンッ! と何かが割れる音がした。
レイナのプールのガラス壁が割れた音だと理解できたのはしばらく経ってからだった。
レイナを苦しめていた強い力は消えた。
けれど、初めて触れたプールの外の空気に違和感を拭えなかった。
呼吸の仕方も、まだわからない。
身体もひどく衰弱していた。
ただ、「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟く声がすぐ傍で聞こえていた。
「きらいにならないで」と、すがるような声はここにはいない、アイラに向けられたものだとレイナは理解した。
この人にも聞こえたんだと……。
レイナを死へと追いやる力は消えたけれど、1度失いかけた生命の力は早々すぐには取り戻せない。
――いなくならないで。
もうろうとする意識の中で、アイラの声が聞こえた気がした。
それは、レイナがまだプールの中にいた頃の記憶。
人としての形を持って、レイナとしての自我も芽生えたその頃にはレイナにはある声が聞こえるようになっていた。
それは常に聞こえているというわけではなく、ときどき強い想いと共にレイナに届いているようだった。
――早く会いたいなぁ。
アイラの声だった。
アイラは、レイナに出会う前から、レイナと過ごすことを知らされたその瞬間からレイナと会うことを楽しみにしていた。
アイラの強い想いが自然と、アイラの心を感じ取ることのできるレイナのもとに届いていた。
それはとても幸せな瞬間で、アイラの声が届く度に、アイラの心を感じる度に、レイナはまだ出会っていないアイラのことが大好きになった。
レイナ自身も、早くアイラに会いたいと願うようになっていた。
けれど、その日は突然訪れた。
幸福な、平穏なまどろみの日々は突然壊されてしまった。
「お前がレイナ?」
その声は、いつものアイラから届いてくるような声とは違って、もっと近くで直接耳に入ってくる声だった。
「何でお前なの……?」
答えることのないレイナに、ひとり言葉をかけるその人はどこか苦しんでいるような気がした。
「僕は……存在することさえ否定されたのに……お前が望まれているなんて許せない……」
その言葉の意味を、レイナは理解することができなかった。
だってその人は、「存在することを否定された」といいながら、今ここに、レイナの前に確かに存在している。
けれど、レイナの思考はそこで止まった。
それ以上、考えることができなくなった。
――死んでしまえ。
それは、はっきりとした明確な憎悪。
本気で、心の底から、レイナに消えてほしいと願う強い力。
――消えろ、消えろ、消えろ、消えろ。
身を守るすべなど、何も持たないレイナはただ苦しむことしかできなかった。
されるがまま、なされるがままに、呪詛のような言葉を聞きながら、死への道を進もうとしていた。
ただ、たった1度でもいいからひとめだけでも、アイラに会いたかったと思った。
出会う前から、レイナという存在を望み、レイナに幸せを与えてくれたアイラに「ありがとう」と「大好き」を伝えたかった。
ああ、もう、あと少し……。
あとほんの数秒で、命の灯が尽きると覚悟したその瞬間だった。
――だめっ!!
悲鳴のような声が聞こえた。
アイラの、悲しみと、苦しみと、いっぱいいっぱいの声だった。
同時に、パリンッ! と何かが割れる音がした。
レイナのプールのガラス壁が割れた音だと理解できたのはしばらく経ってからだった。
レイナを苦しめていた強い力は消えた。
けれど、初めて触れたプールの外の空気に違和感を拭えなかった。
呼吸の仕方も、まだわからない。
身体もひどく衰弱していた。
ただ、「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟く声がすぐ傍で聞こえていた。
「きらいにならないで」と、すがるような声はここにはいない、アイラに向けられたものだとレイナは理解した。
この人にも聞こえたんだと……。
レイナを死へと追いやる力は消えたけれど、1度失いかけた生命の力は早々すぐには取り戻せない。
――いなくならないで。
もうろうとする意識の中で、アイラの声が聞こえた気がした。
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