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01 小さな世界
08 カイト(04)
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レイナが教育プログラムを受ける初日。
予定通り、午前の間はカイトがレイナに講義を行った。
すぐ傍の同じ空間にはリンもいて、カイトは基礎教員としての講義を行うと同時に、評価も受けていた。
この評価が、カイトの成績にも反映されるのでカイト自身手は抜けない。
何より、ここで評価を落とされて、レイナに部屋で講義をする資格をはく奪されるわけにはいかなかった。
「よくできていたね」
リンの言葉に、しばらくは大丈夫そうだとひと安心した。
午後にはアイラの目が覚めて、一緒に昼食をとる。
いつもと変わらない朝に、いつもと違う光景がアイラの瞳には映っただろう。
いつもと同じテーブル、いつもと同じ位置で、カイトとレイナはアイラを待っているけれど、アイラの瞳に映るレイナは明らかにいつもとは違っているはずだった。
いつもなら着ていない、カイトの着ている衣服と似ている制服を着ていたのだから。
いつも、レイナの服を確認して、レイナと同じ服に着替えて来るアイラだけれど、制服ばかりは無理だった。
いつもレイナが用意するアイラの服も、制服ではなくいつも通りのよく見るアイラの服のひとつだった。
だから、以前のように泣いてしまうかと思ったけれど、アイラの様子はカイトの予想とは違っていた。
レイナが朝に用意していたワンピースを着て、いつもの通りに「おはよう」と駆け寄って来た。
いつも通りの昼食の光景は、ただレイナが制服を着ていることだけがいつもと違っている点だった。
「いってらっしゃい」
アイラは、いつも通りに見送ってくれた。
いつも通りに、少し寂しそうな表情で、けれど決して泣くことなく見送ってくれた。
「いってきます」
――必ずここに帰って来る。
そんな気持ちを込めて、アイラに背を向ける。
今日は、レイナと2人で部屋を出た。
「どんな感じ?」
部屋を出て、しばらくしてからカイトはレイナに聞いた。
レイナの特別な、アイラにだけ有効な精神感応の能力はアイラの近くにいなくても、作用するのだろうか……?
「落ち着いてる」
「何が」とは聞かなくても、カイトとレイナの間では何についての話なのか言葉にしなくてもわかっていた。
「シノが来たかも」
「来た」と断言できないのは、レイナはアイラの感情を感覚的に共有しているだけであって、リンのように考えを透視するようなことはしていないからだった。
感覚的に、シノと会っているときのような感じがするというだけだった。
「そう……」
シノはカイトにとって謎の多い人だった。
カイトたちが生まれたこのネオの施設では、1番偉いトップ。
最高権力者であることは、ある程度の年齢になれば誰もが理解できることだった。
この世界には、もとからこの世界に存在していた旧人類ヒトがいて、そのヒトが科学的に生み出したのが新人類ネオと呼ばれるカイトたちだった。
ネオが生み出されはじめてからの数年間は、ネオは人らしい権利を持たされない実験動物の扱いだったけれど、シノがそれを改めたのだとネオであれば自然と知識として入ってくる。
ネオの教育プログラムを確立させたのもシノだ。
乳幼児期のネオの死亡率が高かった原因を解明し、5歳頃の能力の大きさと身体的な強度が安定する時期まで、プールで過させるという制度をつくったのもシノだ。
そのおかげで、死亡率は格段に減った。
シノは、ネオにとっての救世主のような人だった。
そのシノが、どうしてかアイラを特別に気にかけているように思えてならなかった。
たしかにアイラはカイトたちとは違う、特別な能力を持っていることは間違いない。
プールで過ごす5年の年月が経過していても、アイラの身体は能力の大きさについていけていないようだった。
コントロールもまだまだで、何かある度に物を壊したり窓にヒビを入れたりしている。
けれど、たったそれだけの理由でアイラを特別扱いするというのは、根拠としては薄い。
他にも何か、重大な秘密があるのはないかと、カイトは疑っていた。
そうでもなければ、アイラの行動を監視するように仕掛けられた隠しカメラの存在も定期的にやって来てはアイラの記録を録っていくシノの行動も理由が説明できない。
ひとつだけ、思い当たる節があるけれど、それにしたって特別扱いし過ぎだと思う。
「シノがいるなら、今日は大丈夫そうか」
思うことは多々あるけれど、シノがアイラを傷つけないことはわかっていた。
アイラは今日、人生で初めてのカイトとレイナのいない日を過しているから。
シノがアイラの寂しさや不安を紛らわせてくれるなら、それに越したことはない。
「アイラは、強いよ」
「……」
レイナの言葉に、ほんの少し嫉妬した。
カイトはレイナのように、精神感応の能力は持っていない。
それどころか、ネオらしいわかりやすい能力を持っているわけではなかった。
だから、アイラと特別な絆を持っているようなレイナの言葉に、ときどき嫉妬心をかられる。
それを、言葉や態度に示すことはないけれど。
「そうだな……」
それだけを呟いて、カイトはレイナと共に教育棟へと向かった。
――早く、卒業したい。
カイトの心にはいつだって、そればかりがあり続けていた。
予定通り、午前の間はカイトがレイナに講義を行った。
すぐ傍の同じ空間にはリンもいて、カイトは基礎教員としての講義を行うと同時に、評価も受けていた。
この評価が、カイトの成績にも反映されるのでカイト自身手は抜けない。
何より、ここで評価を落とされて、レイナに部屋で講義をする資格をはく奪されるわけにはいかなかった。
「よくできていたね」
リンの言葉に、しばらくは大丈夫そうだとひと安心した。
午後にはアイラの目が覚めて、一緒に昼食をとる。
いつもと変わらない朝に、いつもと違う光景がアイラの瞳には映っただろう。
いつもと同じテーブル、いつもと同じ位置で、カイトとレイナはアイラを待っているけれど、アイラの瞳に映るレイナは明らかにいつもとは違っているはずだった。
いつもなら着ていない、カイトの着ている衣服と似ている制服を着ていたのだから。
いつも、レイナの服を確認して、レイナと同じ服に着替えて来るアイラだけれど、制服ばかりは無理だった。
いつもレイナが用意するアイラの服も、制服ではなくいつも通りのよく見るアイラの服のひとつだった。
だから、以前のように泣いてしまうかと思ったけれど、アイラの様子はカイトの予想とは違っていた。
レイナが朝に用意していたワンピースを着て、いつもの通りに「おはよう」と駆け寄って来た。
いつも通りの昼食の光景は、ただレイナが制服を着ていることだけがいつもと違っている点だった。
「いってらっしゃい」
アイラは、いつも通りに見送ってくれた。
いつも通りに、少し寂しそうな表情で、けれど決して泣くことなく見送ってくれた。
「いってきます」
――必ずここに帰って来る。
そんな気持ちを込めて、アイラに背を向ける。
今日は、レイナと2人で部屋を出た。
「どんな感じ?」
部屋を出て、しばらくしてからカイトはレイナに聞いた。
レイナの特別な、アイラにだけ有効な精神感応の能力はアイラの近くにいなくても、作用するのだろうか……?
「落ち着いてる」
「何が」とは聞かなくても、カイトとレイナの間では何についての話なのか言葉にしなくてもわかっていた。
「シノが来たかも」
「来た」と断言できないのは、レイナはアイラの感情を感覚的に共有しているだけであって、リンのように考えを透視するようなことはしていないからだった。
感覚的に、シノと会っているときのような感じがするというだけだった。
「そう……」
シノはカイトにとって謎の多い人だった。
カイトたちが生まれたこのネオの施設では、1番偉いトップ。
最高権力者であることは、ある程度の年齢になれば誰もが理解できることだった。
この世界には、もとからこの世界に存在していた旧人類ヒトがいて、そのヒトが科学的に生み出したのが新人類ネオと呼ばれるカイトたちだった。
ネオが生み出されはじめてからの数年間は、ネオは人らしい権利を持たされない実験動物の扱いだったけれど、シノがそれを改めたのだとネオであれば自然と知識として入ってくる。
ネオの教育プログラムを確立させたのもシノだ。
乳幼児期のネオの死亡率が高かった原因を解明し、5歳頃の能力の大きさと身体的な強度が安定する時期まで、プールで過させるという制度をつくったのもシノだ。
そのおかげで、死亡率は格段に減った。
シノは、ネオにとっての救世主のような人だった。
そのシノが、どうしてかアイラを特別に気にかけているように思えてならなかった。
たしかにアイラはカイトたちとは違う、特別な能力を持っていることは間違いない。
プールで過ごす5年の年月が経過していても、アイラの身体は能力の大きさについていけていないようだった。
コントロールもまだまだで、何かある度に物を壊したり窓にヒビを入れたりしている。
けれど、たったそれだけの理由でアイラを特別扱いするというのは、根拠としては薄い。
他にも何か、重大な秘密があるのはないかと、カイトは疑っていた。
そうでもなければ、アイラの行動を監視するように仕掛けられた隠しカメラの存在も定期的にやって来てはアイラの記録を録っていくシノの行動も理由が説明できない。
ひとつだけ、思い当たる節があるけれど、それにしたって特別扱いし過ぎだと思う。
「シノがいるなら、今日は大丈夫そうか」
思うことは多々あるけれど、シノがアイラを傷つけないことはわかっていた。
アイラは今日、人生で初めてのカイトとレイナのいない日を過しているから。
シノがアイラの寂しさや不安を紛らわせてくれるなら、それに越したことはない。
「アイラは、強いよ」
「……」
レイナの言葉に、ほんの少し嫉妬した。
カイトはレイナのように、精神感応の能力は持っていない。
それどころか、ネオらしいわかりやすい能力を持っているわけではなかった。
だから、アイラと特別な絆を持っているようなレイナの言葉に、ときどき嫉妬心をかられる。
それを、言葉や態度に示すことはないけれど。
「そうだな……」
それだけを呟いて、カイトはレイナと共に教育棟へと向かった。
――早く、卒業したい。
カイトの心にはいつだって、そればかりがあり続けていた。
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