【完結】EACH-アイラが愛した世界-

桐生千種

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01 小さな世界

06 カイト(02)

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 朝、カイトとレイナが起きてから、アイラが目を覚ますまではおよそ5時間。

 アイラの身体には大きすぎる、強すぎる能力のせいで人よりも多くの睡眠を必要とするアイラは、そのことがとても不満そうだったけれど、身体が睡眠を必要としているのだから無理に起こすことなどできない。

 毎日アイラは、アイラの身体がもういいというまで眠り続けていた。

 今よりもずっと幼い頃――それこそ「はじまりの日」から数ヶ月の間は、ほんの少しの時間しか起きていられなかった。

 目が覚めて、食事をしている途中で眠ってしまうほどに、アイラの身体はアイラ自身の能力の大きさに負けていた。

 その頃から考えれば、お昼時に起きられるようになったことは大きな進歩だ。

「アイラは、自分の名前がわかるかい?」
「アイラ」
「それじゃあ、僕の名前は?」
「リン」

 カイトとレイナが座るテーブルとは少し離れたベッドで、起きたばかりのアイラとリンがいつもの会話を繰り返す。

「アイラは何歳かな?」
「10歳」

 それに何の意味があるのだろうと、カイトは考えるけれど、必要なことらしい。
 今まで、そんなことにはならなかったけれど、アイラの持つ能力が自分を見失わせる可能性のあるものだから、と毎日の会話は必ず繰り返される。

「それじゃあ、顔を洗って着替えてから、向こうにいこうね」

 今日の会話は終わったようで、リンがそう言うとカイトの方を見るアイラと目が合った。

 そして、不満そうに頬を膨らませた。

「……どうして起こしてくれないの?」

 「そんな顔もかわいい」などと思ってしまう心は、幼少期から変わらない。

 カイトはアイラを初めて見たときから気になっていた。
 初めて目が合ったときにはかわいいと思った。
 初めてその笑顔を見たときには愛おしいと思った。

 叶うなら、その笑顔を自分だけに向けてほしい。
 自分に興味を示してほしい。

 ずっと一緒にいたい。

 その想いは揺らぐことなく、今現在に至るまで続いている。

 カイトはそのために――アイラとずっと一緒にいるために教育プログラムを受け、あらゆる資格を取ろうと勉学に励んでいる。

「おはよう、カイト。おはよう、レイナ」

 着替えて、カイトたちのいるところに来たアイラ。

 その服装は、朝のうちにレイナが見つけやすく取りやすいところにおいて用意していたもの。

「おはよ」

 アイラと話すときはいつも、嬉しいはずなのに言葉少なになってしまう。
 けれど、アイラはそれを気にしていないようでよかったと思う。

「おはよう」

 レイナからのあいさつを聞いて、アイラはレイナの隣のイスへと腰を下ろした。

「ちゃんと残さず食べるんだよ」

 そう言うリンは、いつものようにテーブル近くで端末を触っている。
 四角いボード型のそれは、アイラやカイトやレイナの生体情報を確認するためのもので、今はアイラの情報を確認しているところだろう。

 子供には全員取り付けられている首のリング。

 そこから、体温や心拍数、脳波や精神状態、能力の強さや安定性など、さまざまな情報がリンの持つ端末へと送られている。

 実際に画面を見せてもらったことはないけれど、本当にいろんなことがわかるらしい。

 カイトが悪夢をみた日も、リンにはバレてしまう。

 今日だって、リンは何か言いたそうにしていたけれどカイトは何も言わせなかった。

 カイトのみた夢も記憶も心も、カイトのものだから勝手に覗かせたりはしない。

 レイナと同じ精神感応の能力を持つリンは、レイナと違って対象が広い。
 その手で触れれば、触れた人の心の中が筒抜けになる。

 「カイトの心に勝手に入って来ないで」なんて言ったのは、たしかカイトが5歳のときだった。

 あれ以来、リンはカイトの心を視ようとはしなくなった。

 リンを傷つけたと、当時からわかっていたけれど、これだけは譲れなかった。

 この悪夢は、カイトとサイトを繋ぐ唯一の絆で。
 サイトを裏切る、カイトの罰なのだから。

「アイラ、ブロッコリーもちゃんと食べるんだよ。レイナも、ニンジンを残さないの」

 ふいに、リンがかけた言葉は、アイラとレイナに向けられたもの。

 端末をいじっているようで、しっかりとカイトたちのことを確認していた。

「わかってるもん……」

 そう言うアイラは、お皿の上にこぼれ落ちたパンくずをフォークでいじいじしていた。

「最後に食べるんだもん……」

 往生際悪く、手を出せずにいるアイラをおいてカイトは言った。

「ごちそうさまでした」

 こうすれば、アイラが覚悟を決めるとわかっていた。

 ただでさえ食事量の少ないアイラだから、きちんと食べてほしい。

 慌ててブロッコリーを頬張るアイラに、笑みがこぼれそうになるのをカイトはすんでのところで堪えた。

 ブロッコリー1つ。
 アイラが食べ終わるのを見届けて、カイトは部屋を出た。

「カイト、いってらっしゃい」

 かつて交わした約束を果たしてくれているアイラの言葉を聞いて。

「いってきます」

 カイトもまた、アイラに告げて。

 ――必ず、アイラのいる場所に帰って来るから。
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