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01 小さな世界
01 アイラ(01)
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アイラの世界はとっても小さい。
目が覚めて、1番最初に目に映るのは、見慣れた真っ白な天井。
アイラが初めて瞼を開いたそのときから、変わることのない天井。
「おはよう、アイラ」
毎朝、最初に「おはよう」と言うのはリン。
真っ黒な髪のリンは、アイラの真っ白な髪とは対照的。
長い、長い、アイラの髪とは違ってリンの髪は短い。
身長だってずっと高くて、簡単にアイラのことを抱き上げる。
「おはよう、リン」
リンに言われたようにアイラも「おはよう」を返すとリンはいつもみたいにゆるりと笑った。
眠っていたベッドから身体を起こし、起きたばかりでぽやぽやする瞳をリンへと向けた。
「アイラは、自分の名前がわかるかい?」
「アイラ」
「それじゃあ、僕の名前は?」
「リン」
毎日、毎朝繰り返される質問に、アイラは答えていく。
「アイラは何歳かな」
「10歳」
自分が誰で何歳なのか、ちゃんと認識できているのかを確認するようにリンは毎日同じ質問を繰り返す。
リンの質問に答えていくうちに、アイラの目はすっかり覚める。
「よくできました。えらい、えらい」
一通り質問し終えると、またいつものようにリンはアイラを褒める。
そっと撫でる手は、いつも変わらず優しい。
「それじゃあ、顔を洗って着替えてから、向こうにいこうね」
「向こう」と言われて、その場所に視線を向けると、2人――カイトとレイナの姿があった。
リンと同じ、真っ黒な髪のカイト。
リンともカイトともアイラとも違う、薄い茶色の髪のレイナ。
2人とも、すでにしっかり服を着て、テーブルの前のイスに座ってアイラが来るのを待っている。
今日もまた、アイラはカイトよりもレイナよりも長く長く眠っていた。
「仕方のないこと」だと、リンは言うけれど、アイラだけが眠っているのは不服だ。
アイラが眠っている間、カイトとレイナが過している時間をアイラは知らない。
何をしているのかも教えてはくれなくて、それがどうしようもなく不満だった。
「……どうして起こしてくれないの?」
そんなことを口にすれば、リンは困ったように言う。
「アイラの身体には眠ることが必要なんだよ」
そんなやり取りも、もう何度も繰り返した。
「アイラの身体には眠ることが必要だ」と、何度となく言われてきた。
それはアイラの持つ、カイトにもレイナにもリンにも持ち得ない特別な能力が原因だと。
――こんな能力、なくなっちゃえばいいのに……。
そう思っても、アイラはそれを口には出さない。
そう言うと、リンはとても悲しそうに「ごめんね」と言った。
「どうしてリンがごめんなさいをするの?」と、聞いてもリンが答えてくれることはなかった。
リンが悲しそうな顔をすると、アイラの心も苦しくなった。
リンのことは嫌いじゃない。
たくさんのことを教えてくれるリンのことは大好きで、リンに悲しい顔をしてほしくなくて、「能力がなくなればいい」なんて言わないと決めた。
少なくとも、リンの前では。
言葉にはしないけれど、なくなってほしいと思う気持ちは変わらなくて、ずっと心の中に仕舞ってある。
小さなアイラの世界の中で、アイラが知っている人の中で、アイラと同じことができる人はいなかった。
リンもカイトもレイナも、窓や壁にヒビを入れることはしない。
ましてや、壊すことなんてしない。
近くのものを遠くに吹き飛ばすこともしない。
そんなことをするのは、アイラだけだった。
それに、アイラと同じような白い髪の女の人がみえたりもしない。
彼女のことがみえるのはアイラだけ。
アイラにだけみえるその彼女は、何なのかアイラ自身もよくわかっていない。
自分と同じお友達がほしいんじゃないか。
だから、みえない友達をつくっているんじゃないか。
そんなことを話しているのを聞いた。
アイラの小さな世界の中で、真っ白な髪はアイラだけ。
真っ赤な瞳もアイラだけ。
だから、同じ髪と瞳を持つお友達をつくりだしている。
みえるだけで、話すことはできない。
触れることもできない。
それでも、たしかにその人はそこにいる。
ずっと、ずっと、アイラと同じ赤い瞳でアイラのことをみている。
「おはよう」
答えは返ってこないけれど、アイラにしかみえない彼女にも「おはよう」と言う。
彼女はいつものように返事は返さず、いつものようにアイラを見つめているだけだった。
それでもいつか、答えてくれる日が来る。
いつか、アイラだけじゃなく、みんなにもみれて、話せて、触れ合える。
そんな日が来るような気がしていた。
これがアイラの、小さな世界。
大きく変わることのない、穏やかな日常――
目が覚めて、1番最初に目に映るのは、見慣れた真っ白な天井。
アイラが初めて瞼を開いたそのときから、変わることのない天井。
「おはよう、アイラ」
毎朝、最初に「おはよう」と言うのはリン。
真っ黒な髪のリンは、アイラの真っ白な髪とは対照的。
長い、長い、アイラの髪とは違ってリンの髪は短い。
身長だってずっと高くて、簡単にアイラのことを抱き上げる。
「おはよう、リン」
リンに言われたようにアイラも「おはよう」を返すとリンはいつもみたいにゆるりと笑った。
眠っていたベッドから身体を起こし、起きたばかりでぽやぽやする瞳をリンへと向けた。
「アイラは、自分の名前がわかるかい?」
「アイラ」
「それじゃあ、僕の名前は?」
「リン」
毎日、毎朝繰り返される質問に、アイラは答えていく。
「アイラは何歳かな」
「10歳」
自分が誰で何歳なのか、ちゃんと認識できているのかを確認するようにリンは毎日同じ質問を繰り返す。
リンの質問に答えていくうちに、アイラの目はすっかり覚める。
「よくできました。えらい、えらい」
一通り質問し終えると、またいつものようにリンはアイラを褒める。
そっと撫でる手は、いつも変わらず優しい。
「それじゃあ、顔を洗って着替えてから、向こうにいこうね」
「向こう」と言われて、その場所に視線を向けると、2人――カイトとレイナの姿があった。
リンと同じ、真っ黒な髪のカイト。
リンともカイトともアイラとも違う、薄い茶色の髪のレイナ。
2人とも、すでにしっかり服を着て、テーブルの前のイスに座ってアイラが来るのを待っている。
今日もまた、アイラはカイトよりもレイナよりも長く長く眠っていた。
「仕方のないこと」だと、リンは言うけれど、アイラだけが眠っているのは不服だ。
アイラが眠っている間、カイトとレイナが過している時間をアイラは知らない。
何をしているのかも教えてはくれなくて、それがどうしようもなく不満だった。
「……どうして起こしてくれないの?」
そんなことを口にすれば、リンは困ったように言う。
「アイラの身体には眠ることが必要なんだよ」
そんなやり取りも、もう何度も繰り返した。
「アイラの身体には眠ることが必要だ」と、何度となく言われてきた。
それはアイラの持つ、カイトにもレイナにもリンにも持ち得ない特別な能力が原因だと。
――こんな能力、なくなっちゃえばいいのに……。
そう思っても、アイラはそれを口には出さない。
そう言うと、リンはとても悲しそうに「ごめんね」と言った。
「どうしてリンがごめんなさいをするの?」と、聞いてもリンが答えてくれることはなかった。
リンが悲しそうな顔をすると、アイラの心も苦しくなった。
リンのことは嫌いじゃない。
たくさんのことを教えてくれるリンのことは大好きで、リンに悲しい顔をしてほしくなくて、「能力がなくなればいい」なんて言わないと決めた。
少なくとも、リンの前では。
言葉にはしないけれど、なくなってほしいと思う気持ちは変わらなくて、ずっと心の中に仕舞ってある。
小さなアイラの世界の中で、アイラが知っている人の中で、アイラと同じことができる人はいなかった。
リンもカイトもレイナも、窓や壁にヒビを入れることはしない。
ましてや、壊すことなんてしない。
近くのものを遠くに吹き飛ばすこともしない。
そんなことをするのは、アイラだけだった。
それに、アイラと同じような白い髪の女の人がみえたりもしない。
彼女のことがみえるのはアイラだけ。
アイラにだけみえるその彼女は、何なのかアイラ自身もよくわかっていない。
自分と同じお友達がほしいんじゃないか。
だから、みえない友達をつくっているんじゃないか。
そんなことを話しているのを聞いた。
アイラの小さな世界の中で、真っ白な髪はアイラだけ。
真っ赤な瞳もアイラだけ。
だから、同じ髪と瞳を持つお友達をつくりだしている。
みえるだけで、話すことはできない。
触れることもできない。
それでも、たしかにその人はそこにいる。
ずっと、ずっと、アイラと同じ赤い瞳でアイラのことをみている。
「おはよう」
答えは返ってこないけれど、アイラにしかみえない彼女にも「おはよう」と言う。
彼女はいつものように返事は返さず、いつものようにアイラを見つめているだけだった。
それでもいつか、答えてくれる日が来る。
いつか、アイラだけじゃなく、みんなにもみれて、話せて、触れ合える。
そんな日が来るような気がしていた。
これがアイラの、小さな世界。
大きく変わることのない、穏やかな日常――
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