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1.伊織と伊吹
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桜木伊織(さくらぎいおり)、4歳。
雫ヶ丘幼稚園の年中さん。
「伊織」
幼稚園には、伊織が1番大好きな人がお迎えに来てくれる。
「伊吹っ!」
大好きな、大好きな、伊吹。
走って行くと、ぎゅってしてくれる。
伊吹のぎゅっが、伊織は好き。
「帰ろうか」
「帰る! かえるがなくからかーえろっ!」
伊吹と手を繋いで、帰る。
伊織より大きい、伊吹の手。
「伊吹、伊吹! 今日ね!」
伊織は伊吹にたくさん話す。
幼稚園のこと。
先生のこと。
みほちゃんのこと。
けんた君のこと。
伊吹と話したいこと。
伊吹に聞いてほしいこと。
伊吹に教えてあげたいこと。
たくさん、たくさん、言葉があふれてくる。
ひとつもこぼしたくなくて、ぜんぶ、ぜんぶ、聞いてほしくて、たくさん、たくさん、伊織は話す。
伊吹はいつも、伊織の話を聞いてくれる。
「伊吹じゃん」
その声は、伊織が知らない声だった。
伊吹とふたりの帰り道、伊織の知らない人が伊吹の名前を呼んだ。
「おー、大輔」
伊吹は、知ってる人みたいだった。
「これからサッカーやるんだ。伊吹も来いよ」
伊吹は、伊織の話を聞くのをやめて、その人の話を聞く。
伊織と話していたのに。
伊吹を、とられた気がした。
「ごめん、妹と留守番だから」
伊吹がそう言ったから、嬉しくなった。
伊吹の1番は、伊織ってことだから。
「お前いっつもそればっかじゃん。ツキアイ悪いぞ」
「僕は兄貴だからね。また今度誘ってよ。昼休みだったら遊ぶし」
伊吹が『僕』って言うの、初めて聞いた。
『兄貴』って言うのも、初めて聞いた。
その人と話す伊吹は、伊織の知らない人みたいで邪魔したくなった。
「伊吹、誰?」
言うと、伊吹とその人が伊織を見た。
「学校の友達」
「ふーん」
友達より、伊織が1番。
それが、嬉しい。
「その子は?」
学校の友達が、今度は聞いた。
「妹」
「お前、妹に伊吹って呼ばれてんの?」
可笑しそうに言う学校の友達にムッとした。
伊吹は伊吹だもん。
「いいでしょ。伊織まだ4歳だし、僕伊吹だし、なにも間違ってないよ」
「まあ、そうだけど」
「ほら、もう行きなよ。早く行かないと夜になっちゃうよ」
「そんなわけないだろ。じゃあな、また明日」
「うん、明日」
背中を向けて走って行く学校の友達。
よかった、伊吹をとられなくて。
でも、学校の友達の背中を見る伊吹が寂しそうに見えた。
「伊吹?」
「ん、帰ろうか。かえるがなくからかーえろ」
伊吹は繋いだ手をぎゅってして、でもやっぱり寂しそう。
「伊吹、伊吹は兄貴?」
伊織が伊吹を伊吹って呼ぶのが、学校の友達に笑われたのがヤだったのかも。
「ん。伊吹は伊織の兄貴だよ」
「伊吹! 兄貴!」
そう言うと、伊吹が笑った。
「兄貴!」
伊吹の呼び方は兄貴に変える。
伊吹が――兄貴が笑ってくれたから。
雫ヶ丘幼稚園の年中さん。
「伊織」
幼稚園には、伊織が1番大好きな人がお迎えに来てくれる。
「伊吹っ!」
大好きな、大好きな、伊吹。
走って行くと、ぎゅってしてくれる。
伊吹のぎゅっが、伊織は好き。
「帰ろうか」
「帰る! かえるがなくからかーえろっ!」
伊吹と手を繋いで、帰る。
伊織より大きい、伊吹の手。
「伊吹、伊吹! 今日ね!」
伊織は伊吹にたくさん話す。
幼稚園のこと。
先生のこと。
みほちゃんのこと。
けんた君のこと。
伊吹と話したいこと。
伊吹に聞いてほしいこと。
伊吹に教えてあげたいこと。
たくさん、たくさん、言葉があふれてくる。
ひとつもこぼしたくなくて、ぜんぶ、ぜんぶ、聞いてほしくて、たくさん、たくさん、伊織は話す。
伊吹はいつも、伊織の話を聞いてくれる。
「伊吹じゃん」
その声は、伊織が知らない声だった。
伊吹とふたりの帰り道、伊織の知らない人が伊吹の名前を呼んだ。
「おー、大輔」
伊吹は、知ってる人みたいだった。
「これからサッカーやるんだ。伊吹も来いよ」
伊吹は、伊織の話を聞くのをやめて、その人の話を聞く。
伊織と話していたのに。
伊吹を、とられた気がした。
「ごめん、妹と留守番だから」
伊吹がそう言ったから、嬉しくなった。
伊吹の1番は、伊織ってことだから。
「お前いっつもそればっかじゃん。ツキアイ悪いぞ」
「僕は兄貴だからね。また今度誘ってよ。昼休みだったら遊ぶし」
伊吹が『僕』って言うの、初めて聞いた。
『兄貴』って言うのも、初めて聞いた。
その人と話す伊吹は、伊織の知らない人みたいで邪魔したくなった。
「伊吹、誰?」
言うと、伊吹とその人が伊織を見た。
「学校の友達」
「ふーん」
友達より、伊織が1番。
それが、嬉しい。
「その子は?」
学校の友達が、今度は聞いた。
「妹」
「お前、妹に伊吹って呼ばれてんの?」
可笑しそうに言う学校の友達にムッとした。
伊吹は伊吹だもん。
「いいでしょ。伊織まだ4歳だし、僕伊吹だし、なにも間違ってないよ」
「まあ、そうだけど」
「ほら、もう行きなよ。早く行かないと夜になっちゃうよ」
「そんなわけないだろ。じゃあな、また明日」
「うん、明日」
背中を向けて走って行く学校の友達。
よかった、伊吹をとられなくて。
でも、学校の友達の背中を見る伊吹が寂しそうに見えた。
「伊吹?」
「ん、帰ろうか。かえるがなくからかーえろ」
伊吹は繋いだ手をぎゅってして、でもやっぱり寂しそう。
「伊吹、伊吹は兄貴?」
伊織が伊吹を伊吹って呼ぶのが、学校の友達に笑われたのがヤだったのかも。
「ん。伊吹は伊織の兄貴だよ」
「伊吹! 兄貴!」
そう言うと、伊吹が笑った。
「兄貴!」
伊吹の呼び方は兄貴に変える。
伊吹が――兄貴が笑ってくれたから。
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