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第5章 姫神子と王子
第3話 優しい嘘
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激しい怒りに肩を震わせる。
どうして、この人がこんなに怒っているのかわからない。
「テメェ!! サクになにした!?」
怒りに震えるその姿が、その白銀の髪が、誰かを思い起こさせる。
掴まれた腕に、恐怖を覚える。
「いや……いじゅ……」
どんなに手を伸ばしても、求めても、已樹には届かない。
「私はなにも。ただ、彼女が姫神子様である事実とその価値を教えて差し上げただけですよ」
穏やかな口調で話す已樹に、荒々しく怒鳴りつけるその人。
「ウソつけ! そんだけでこんなんなるかよ!! おいサクっ! しっかりしろよ!!」
イヤだ。
イヤだ、イヤだ。
この人の言う「サク」という言葉は、思い出したくないなにかを、私に思い出させようとする。
――聞きたくない。
「いじゅ……いじゅ……」
思い出してしまったら、また苦しくなる。
已樹なら、その苦しいものを消してくれるって、知っている……。
「そうだ、コレ。映してきたんだ」
「……おや。わざわざそのようなものを用意するとは」
その人が見せてきたのは。氷の塊。
でも、それはただの氷の塊ではなくて……。
氷の中に見えるソレに、目を見開く。
「見た景色をそのまま、氷の中に映す、俺にしか使えない特別な術だよ。俺が見てきた景色、そのままここに映ってる」
「おと、さん……おかあ、さん……」
もう見ることはないと、いつの日か思ってしまったお父さんとお母さんの姿。
村のみんな。
「サクの故郷はなくなったかもしれないけど、みんな元気だよ」
「どうして……」
みんなが無事でいるのなら、どうして村が焼かれていたの……?
どうして、そんなことをする必要があったの……?
「サクが、いなくなったから」
その人は言う。
「元々、サクのいた村の周辺は汚染がひどくて、流行り病もあったし、とても人が住めるような状態じゃなかったんだ。でも、不思議なことにサクがいた村だけは違った。村人は普通に暮らしていたし、汚染されているはずの川の水を使って生活していた。サクがいたから」
見つめられる。
蒼い瞳。
「サクがいなくなった途端、汚染が進んで……。だから、村の人を安全な場所に移して、村は焼くしかなかった。2度と人が住めなくなる前に。もう1度、人が住めるようにするために」
『約束するよ』
交わした約束。
ちゃんと、守ってくれていた……。
「帰ってやってよ。氷利のところに」
――ひょうり……。
彼の名前。
ぎゅっと締め付けられて、私はこんなにも彼のことが好きになってしまっている。
でも……。
私は首を振る。
「どうして……!」
「だって、彼は私のことを好きなわけじゃないもの」
自分で言って悲しくなる。
自分の言葉で傷ついて、でもそれが現実なんだ。
「は?」
「わけがわからない」とでも言いたげなその人に苛立った。
こんな残酷なことを、きちんと言葉にしないとわかってもらえないのかと。
「彼が傍におきたいのは、私じゃなくて姫神子の力だもん! 私のことが好きだからじゃないっ!」
叫ぶように、そう口にした。
直後……。
ピンと空気が張り詰めたような気がした。
「本気で言っているのか」
「あ……」
どうして……。
彼が、いる……。
会いたくて、でも、会いたくなかった、彼……。
「本気なのか桜ノ。本気で俺が、姫神子の力のためだけに、桜ノを傍においておきたいのだと、本気で思っているのか」
声が出なくて、答えられなくて、うつむく。
「くくっ」
彼が、笑う。
「おい、氷利? ここ、笑うとこか?」
「ああ! だって桜ノが初めて、俺に好きだと、言葉で示してくれたんだ! こんなに嬉しいことはないだろう?」
彼はとても嬉しそうで、楽しそうだ。
「桜ノ」
その声はとても優しく、甘く、口にする。
『キミ、名前は?』
『さくらの……白羽桜ノ』
『そう。いい名前だ』
彼が褒めてくれた、私の名前。
「桜ノ」が、私の名前だ。
「俺は桜ノが好きだよ。桜ノが姫神子だからじゃない。桜ノが桜ノだから、好きになったんだ。ただの姫神子なら、わざわざ恋人にしたりしないよ」
歩み寄る彼が、ひざまずく。
「姫神子がイヤなら、俺の言葉が信じられないなら、姫神子なんて捨てればいい。桜ノが姫神子でも、姫神子でなくても、俺は桜ノを愛するよ」
伸ばされた腕。
それが私に届くことはない。
「俺のもとに、帰って来て?」
その手を掴むのは、私だ。
私は、こんなにも。
こんなにも、こんなにも。
「ひょうり……」
彼のことが。
「すき……っ」
好きだ。
掴んだ手はあたたかくて、抱きしめてくれる手は優しかった。
「なんでこうなるんですかねぇ。せっかく、姫神子様をお迎えできると思ったのに」
不服そうに、已樹が呟いた。
「弱った心につけこんで、懐柔しようなんて、やることが姑息なんだよ。先々代となんも変わってねぇじゃん」
紅炎が言う。
でも、已樹をあまり責めないでほしい。
だって已樹は……。
「緑龍」
私の口が、言葉を紡ぐ。
「もう、過去の過ちを悔いることはないのです。私はアナタを許します」
その言葉を発したのは私だけど、私じゃない。
これはきっと、遠い昔、この地に生きた姫神子様の言葉だ。
「まったく……。アナタという人は……」
自らの手で瞼を覆ってしまった已樹は泣いているようで、でもその口元は笑っていた。
とても、穏やかな様子だった。
どうして、この人がこんなに怒っているのかわからない。
「テメェ!! サクになにした!?」
怒りに震えるその姿が、その白銀の髪が、誰かを思い起こさせる。
掴まれた腕に、恐怖を覚える。
「いや……いじゅ……」
どんなに手を伸ばしても、求めても、已樹には届かない。
「私はなにも。ただ、彼女が姫神子様である事実とその価値を教えて差し上げただけですよ」
穏やかな口調で話す已樹に、荒々しく怒鳴りつけるその人。
「ウソつけ! そんだけでこんなんなるかよ!! おいサクっ! しっかりしろよ!!」
イヤだ。
イヤだ、イヤだ。
この人の言う「サク」という言葉は、思い出したくないなにかを、私に思い出させようとする。
――聞きたくない。
「いじゅ……いじゅ……」
思い出してしまったら、また苦しくなる。
已樹なら、その苦しいものを消してくれるって、知っている……。
「そうだ、コレ。映してきたんだ」
「……おや。わざわざそのようなものを用意するとは」
その人が見せてきたのは。氷の塊。
でも、それはただの氷の塊ではなくて……。
氷の中に見えるソレに、目を見開く。
「見た景色をそのまま、氷の中に映す、俺にしか使えない特別な術だよ。俺が見てきた景色、そのままここに映ってる」
「おと、さん……おかあ、さん……」
もう見ることはないと、いつの日か思ってしまったお父さんとお母さんの姿。
村のみんな。
「サクの故郷はなくなったかもしれないけど、みんな元気だよ」
「どうして……」
みんなが無事でいるのなら、どうして村が焼かれていたの……?
どうして、そんなことをする必要があったの……?
「サクが、いなくなったから」
その人は言う。
「元々、サクのいた村の周辺は汚染がひどくて、流行り病もあったし、とても人が住めるような状態じゃなかったんだ。でも、不思議なことにサクがいた村だけは違った。村人は普通に暮らしていたし、汚染されているはずの川の水を使って生活していた。サクがいたから」
見つめられる。
蒼い瞳。
「サクがいなくなった途端、汚染が進んで……。だから、村の人を安全な場所に移して、村は焼くしかなかった。2度と人が住めなくなる前に。もう1度、人が住めるようにするために」
『約束するよ』
交わした約束。
ちゃんと、守ってくれていた……。
「帰ってやってよ。氷利のところに」
――ひょうり……。
彼の名前。
ぎゅっと締め付けられて、私はこんなにも彼のことが好きになってしまっている。
でも……。
私は首を振る。
「どうして……!」
「だって、彼は私のことを好きなわけじゃないもの」
自分で言って悲しくなる。
自分の言葉で傷ついて、でもそれが現実なんだ。
「は?」
「わけがわからない」とでも言いたげなその人に苛立った。
こんな残酷なことを、きちんと言葉にしないとわかってもらえないのかと。
「彼が傍におきたいのは、私じゃなくて姫神子の力だもん! 私のことが好きだからじゃないっ!」
叫ぶように、そう口にした。
直後……。
ピンと空気が張り詰めたような気がした。
「本気で言っているのか」
「あ……」
どうして……。
彼が、いる……。
会いたくて、でも、会いたくなかった、彼……。
「本気なのか桜ノ。本気で俺が、姫神子の力のためだけに、桜ノを傍においておきたいのだと、本気で思っているのか」
声が出なくて、答えられなくて、うつむく。
「くくっ」
彼が、笑う。
「おい、氷利? ここ、笑うとこか?」
「ああ! だって桜ノが初めて、俺に好きだと、言葉で示してくれたんだ! こんなに嬉しいことはないだろう?」
彼はとても嬉しそうで、楽しそうだ。
「桜ノ」
その声はとても優しく、甘く、口にする。
『キミ、名前は?』
『さくらの……白羽桜ノ』
『そう。いい名前だ』
彼が褒めてくれた、私の名前。
「桜ノ」が、私の名前だ。
「俺は桜ノが好きだよ。桜ノが姫神子だからじゃない。桜ノが桜ノだから、好きになったんだ。ただの姫神子なら、わざわざ恋人にしたりしないよ」
歩み寄る彼が、ひざまずく。
「姫神子がイヤなら、俺の言葉が信じられないなら、姫神子なんて捨てればいい。桜ノが姫神子でも、姫神子でなくても、俺は桜ノを愛するよ」
伸ばされた腕。
それが私に届くことはない。
「俺のもとに、帰って来て?」
その手を掴むのは、私だ。
私は、こんなにも。
こんなにも、こんなにも。
「ひょうり……」
彼のことが。
「すき……っ」
好きだ。
掴んだ手はあたたかくて、抱きしめてくれる手は優しかった。
「なんでこうなるんですかねぇ。せっかく、姫神子様をお迎えできると思ったのに」
不服そうに、已樹が呟いた。
「弱った心につけこんで、懐柔しようなんて、やることが姑息なんだよ。先々代となんも変わってねぇじゃん」
紅炎が言う。
でも、已樹をあまり責めないでほしい。
だって已樹は……。
「緑龍」
私の口が、言葉を紡ぐ。
「もう、過去の過ちを悔いることはないのです。私はアナタを許します」
その言葉を発したのは私だけど、私じゃない。
これはきっと、遠い昔、この地に生きた姫神子様の言葉だ。
「まったく……。アナタという人は……」
自らの手で瞼を覆ってしまった已樹は泣いているようで、でもその口元は笑っていた。
とても、穏やかな様子だった。
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