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第5章 姫神子と王子
第1話 夢のお話
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結局、また已樹のお屋敷に戻って来てしまった。
慣れたくないけど、見慣れてきてしまった景色。
私、これからどうなるんだろう。
どうすれば、いいんだろう……。
答えのでない悩みが、グルグルと頭の中をかき回す。
「姫神子様、そう難しく考える必要などありませんよ」
已樹が言う。
「アナタはアナタのしたいようにすればいいのです。アナタが望むなら、いつまでもここにいてくださって構いません。私としても、アナタにはここにいていただきたい。この国の姫神子として」
また……。
已樹も龍王も紅炎も、私のことを姫神子だと言う。
「姫神子って、なんなの……」
得体の知れない姫神子という存在。
「教えて」
「アナタがそれを望むなら」
已樹は笑って頷いた。
「姫神子とは、神に愛された子。生まれながらに、神から特別な力を授けられた者のことです」
『神ニ愛サレシ神ノ乙女』
龍王の言葉が思い出される。
「主な力は、浄化や癒し。アナタも見たでしょう。荒れたこの土地に命が芽吹く様子を」
「でもあれは龍王が……」
枯れた灰色の土地に緑が芽吹くあの情景は、龍王が目覚めたから起こったできごと。
龍王が成せる、龍王の力。
「キッカケをつくったのはアナタです。国1つ浄化する力はないかもしれませんが、そのキッカケをつくる力はある。それに、アナタ自身にもご自分の身の周りを浄化する力を持っているではありませんか」
「私が?」
私がそんな力を使った覚えは、1度たりともない。
なのに已樹は、私に本当にそんな力があるように言う。
「ご自身では、気づけないのかもしれませんね」
已樹は笑う。
「姫神子様は穢れを浄化し、生命を癒し、大いなる力と渡り合うことのできる、言わば人と神とを繋ぐ橋渡しですよ。どんな力も、アナタを傷つけることを拒む。だからみんな、アナタを欲しがるんですよ。国の姫神子として、いてくださるだけでその繁栄は約束されるのですから」
ドクンと、心臓が波打つ。
「じゃあ……」
聞きたくない。
そう思うのに、言葉は紡がれる。
ギュウと、心臓が締め付けられるようで、苦しい……。
『桜ノには、恋人、いないよね?』
『俺の恋人になって?』
今まで忘れていた、彼の言葉を今頃になって思い出す。
『桜ノは今から俺の恋人』
『桜ノが満足する以上に愛してみせるから』
彼は言ってくれたのに。
彼が言ってくれた言葉は全部。
『やっと会えた、桜ノ』
『桜ノに会えるこの時間が楽しみでたまらない』
『毎日毎日待ち遠しいんだ』
彼が私にくれた優しさは。
「彼は……私が姫神子、だから……?」
「他になにか理由があると?」
さも当然と言うように、已樹が告げた言葉は私の心臓を突き刺すように簡単に貫いた。
「ふふっ」
自然と込み上げてきた笑いを、抑えようなんて思わなかった。
「バカみたい……」
本当に、バカみたい。
ばか。
ただの貧しい村娘の私が、一国の王子様である彼の恋人になんてなるわけがない。
彼は私を好きなんじゃなくて、私が姫神子だから傍においておきたかっただけ。
最初から、おかしな話だったんだ。
わかっていた。
おかしいって。
わかっていたはずなのに、彼のくれる言葉を、優しさを、信じた自分がバカで、おかしくて、笑えてきて……。
涙がでてきた。
自分が泣いていることに気づいたのは、少し時間が経ってから。
「泣かないでください」
已樹が言う。
「そんなに悲しいことなら、忘れてしまえばいいんです」
頬に触れる手は、彼のものじゃなくて……。
已樹の指先が、そっと涙をぬぐってくれる。
「はじめから、アナタはこの国で生まれこの国で育ち、余所の国の者とは関わってなどいません」
已樹の緑色の瞳が、私の世界を侵食する。
塗り替えられる。
「はじめから、アナタを惑わす人物などいなかったのですよ。悪い夢です。すべて」
夢。
すべてが、夢。
彼とすごした時間、交わした言葉、彼という存在。
それらのすべてが悪い夢なのだとしたら。
「夢は、終わる……?」
「ええ。目が覚めたら、幸せな1日が訪れるでしょう」
その言葉に安堵して、そっと目の前の緑色に手を伸ばした。
「綺麗な緑ね……」
なに、言ってるんだろう……?
でも、それでいいと思った。
「やっと、堕ちてくださいましたね」
已樹が、笑う。
嬉しそうに笑うから、意味はわからなくてもいいかと思った。
「先々代と同じ過ちは繰り返しません」
「あやまち?」
首を傾げ、已樹を見つめる。
けど、已樹は私を気にせずに言葉を続けた。
「きっと私が幸せにして差し上げます。約束しますよ」
――約束……。
誰かと昔、交わした気がする約束が頭の隅をよぎった。
『桜ノが一緒に来てくれるなら、家族の生活は保障する』
『約束するよ』
誰と、交わした約束だっけ……?
思い出せない私の手を、已樹が取ってその口元に持っていく。
触れる唇。
落とされるキス。
まあ、いいか。
きっと、夢のお話だから。
慣れたくないけど、見慣れてきてしまった景色。
私、これからどうなるんだろう。
どうすれば、いいんだろう……。
答えのでない悩みが、グルグルと頭の中をかき回す。
「姫神子様、そう難しく考える必要などありませんよ」
已樹が言う。
「アナタはアナタのしたいようにすればいいのです。アナタが望むなら、いつまでもここにいてくださって構いません。私としても、アナタにはここにいていただきたい。この国の姫神子として」
また……。
已樹も龍王も紅炎も、私のことを姫神子だと言う。
「姫神子って、なんなの……」
得体の知れない姫神子という存在。
「教えて」
「アナタがそれを望むなら」
已樹は笑って頷いた。
「姫神子とは、神に愛された子。生まれながらに、神から特別な力を授けられた者のことです」
『神ニ愛サレシ神ノ乙女』
龍王の言葉が思い出される。
「主な力は、浄化や癒し。アナタも見たでしょう。荒れたこの土地に命が芽吹く様子を」
「でもあれは龍王が……」
枯れた灰色の土地に緑が芽吹くあの情景は、龍王が目覚めたから起こったできごと。
龍王が成せる、龍王の力。
「キッカケをつくったのはアナタです。国1つ浄化する力はないかもしれませんが、そのキッカケをつくる力はある。それに、アナタ自身にもご自分の身の周りを浄化する力を持っているではありませんか」
「私が?」
私がそんな力を使った覚えは、1度たりともない。
なのに已樹は、私に本当にそんな力があるように言う。
「ご自身では、気づけないのかもしれませんね」
已樹は笑う。
「姫神子様は穢れを浄化し、生命を癒し、大いなる力と渡り合うことのできる、言わば人と神とを繋ぐ橋渡しですよ。どんな力も、アナタを傷つけることを拒む。だからみんな、アナタを欲しがるんですよ。国の姫神子として、いてくださるだけでその繁栄は約束されるのですから」
ドクンと、心臓が波打つ。
「じゃあ……」
聞きたくない。
そう思うのに、言葉は紡がれる。
ギュウと、心臓が締め付けられるようで、苦しい……。
『桜ノには、恋人、いないよね?』
『俺の恋人になって?』
今まで忘れていた、彼の言葉を今頃になって思い出す。
『桜ノは今から俺の恋人』
『桜ノが満足する以上に愛してみせるから』
彼は言ってくれたのに。
彼が言ってくれた言葉は全部。
『やっと会えた、桜ノ』
『桜ノに会えるこの時間が楽しみでたまらない』
『毎日毎日待ち遠しいんだ』
彼が私にくれた優しさは。
「彼は……私が姫神子、だから……?」
「他になにか理由があると?」
さも当然と言うように、已樹が告げた言葉は私の心臓を突き刺すように簡単に貫いた。
「ふふっ」
自然と込み上げてきた笑いを、抑えようなんて思わなかった。
「バカみたい……」
本当に、バカみたい。
ばか。
ただの貧しい村娘の私が、一国の王子様である彼の恋人になんてなるわけがない。
彼は私を好きなんじゃなくて、私が姫神子だから傍においておきたかっただけ。
最初から、おかしな話だったんだ。
わかっていた。
おかしいって。
わかっていたはずなのに、彼のくれる言葉を、優しさを、信じた自分がバカで、おかしくて、笑えてきて……。
涙がでてきた。
自分が泣いていることに気づいたのは、少し時間が経ってから。
「泣かないでください」
已樹が言う。
「そんなに悲しいことなら、忘れてしまえばいいんです」
頬に触れる手は、彼のものじゃなくて……。
已樹の指先が、そっと涙をぬぐってくれる。
「はじめから、アナタはこの国で生まれこの国で育ち、余所の国の者とは関わってなどいません」
已樹の緑色の瞳が、私の世界を侵食する。
塗り替えられる。
「はじめから、アナタを惑わす人物などいなかったのですよ。悪い夢です。すべて」
夢。
すべてが、夢。
彼とすごした時間、交わした言葉、彼という存在。
それらのすべてが悪い夢なのだとしたら。
「夢は、終わる……?」
「ええ。目が覚めたら、幸せな1日が訪れるでしょう」
その言葉に安堵して、そっと目の前の緑色に手を伸ばした。
「綺麗な緑ね……」
なに、言ってるんだろう……?
でも、それでいいと思った。
「やっと、堕ちてくださいましたね」
已樹が、笑う。
嬉しそうに笑うから、意味はわからなくてもいいかと思った。
「先々代と同じ過ちは繰り返しません」
「あやまち?」
首を傾げ、已樹を見つめる。
けど、已樹は私を気にせずに言葉を続けた。
「きっと私が幸せにして差し上げます。約束しますよ」
――約束……。
誰かと昔、交わした気がする約束が頭の隅をよぎった。
『桜ノが一緒に来てくれるなら、家族の生活は保障する』
『約束するよ』
誰と、交わした約束だっけ……?
思い出せない私の手を、已樹が取ってその口元に持っていく。
触れる唇。
落とされるキス。
まあ、いいか。
きっと、夢のお話だから。
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