【完結】姫神子と王子

桐生千種

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第4章 白羽桜ノ

第4話 裏切り

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 龍王のいた山を飛び立って、空を駆ける馬車。

「もうすぐですよ」

 已樹が外を見るので、私も見てみるとそこには緑が広がるばかりでなにもない。

 それなのに、馬車はどんどん下へと降りて行く。

 地面について、降り立った場所は深い森の中。

 でも、わかる。

 この場所には見覚えがある。

 私が生まれた村の、近くの森の中。

「ここからは、歩いて行きましょう。場所はアナタの方が詳しいでしょう?」

 なぜか已樹を案内することになってしまったけど、本当に已樹は連れて来てくれたんだと嬉しくなる。

 変わっていない。

 森の緑も、風の匂いも、懐かしいまま。

「私は村の外で待っていますから」

 そんなことを言う已樹に「そのまま私が逃げる」なんて考えないのかとも思ったけど……。

 逃げたところで私1人が彼のところまで、都まで行くなんてできないんだったと思い返す。

 土を踏む感触、音。
 歩くたびに懐かしさを感じる。

 大きな木々。
 吹き抜ける風。

 匂い。

 なにもかもが、私の知っている懐かしいもののはずなのに、なにか違和感を覚える。

 なにかが違うと、引っかかる。

 そんなに長い間、離れていたわけではないと思うけど、なにかが変わってしまっている。

 変わることのないはずの、なにか。

 それが、わからない……。

 引っかかりを覚えながらも、村への道を歩き続けて……。

 そして、見えてきた。

「うそ……」

 目の前に広がる光景が信じられなくて、声をこぼした。

 そんなはずない。

 私が辿って来た道は、たしかに私が生まれた村へと続く道のはずで、毎日歩き慣れた、見慣れた道だった。

 間違えるはずがない。

 でも、今、目の前にあるのは……。

 村の入り口であるはずの目印がそこにはなくて、その先にあるはずの景色の代わりに広がっているのは……。

「おや……」

 已樹が呟く。

「昔の習わしを、今も続けているんですね。この国は」

「ならわしって、なに……」

 なにもないその場所に呆然としながら、已樹に聞く。

「ご存じないんですか? 昔は、姫神子様をみつけたら、王の屋敷へ迎え入れ、姫神子様を囲うためにゆかりの地を焼き払っていたんですよ」

「やき……はらう……?」

 已樹が、なにを言っているのか、わかりたくない。

 信じたくない。

 でも、それが現実だと突き付けるように已樹は言う。

「そう、この場所のようにね」

 なにもない、私が生まれた村があったはずの場所。

 そこには、なにひとつ残ってはいなかった。

『桜ノが俺と一緒に来てくれるなら、家族の生活は保障する』

 どうしてか、今、思い出す。

 私がまだ村にいて、彼が村まで足を運んでいたころの彼の言葉。

 たしかに彼は言ったんだ。

 なのに……。

 彼のことが、信じられなくなる。

「姫神子って、なんなの……?」

 座り込んで、なにも考えられなくなる。

 彼のことが信じられなくなって、村もなくなって、帰る場所もない。

 私はこれから、どうすればいいの……?

「いい度胸だな、已樹」

 ――っ!!

 それは怒りを孕んだ、彼の声。

 今までに聞いたことのないような声で、彼は已樹の名前を口にした。

「おや、氷利。思ったより、早かったですね」

 已樹はクツクツと笑っている。

 彼は怒っていて、今までに見たことのないくらいに怒っていて、身体がカタカタと震えるのを抑えられない。

「お可哀想な姫神子様。身体が震えていらっしゃいますね」

 そっと、已樹の手が私へと伸ばされる。

「触るなっ!!」

 ――っ!?

 彼がそう言ったと同時。

 はじめは彼の怒鳴り声に驚いて、そして。

 ――っ!!

 青々としていた木が、勢いよく燃え上がるのを見て言葉を失った。

 信じたくはなかった。

 でも、こんなことができてしまう彼なのだから、それが事実なのだと理解せざるを得ない。

 私の村を、消してしまったのは彼なのだと。

 この焼け野原をつくったのは、彼なのだと。

 私の家族も、故郷も、思い出も、すべて彼が消してしまった。

「桜ノは俺のものだ!! 気安く触れるなっ!!」

 ――っ!!

 彼の怒鳴り声で、もうひとつ木が燃えた。

 ――こわいっ……!!

 彼が、怖い……。

「桜ノ」

 彼が、呼ぶ。

「こっちへ」

 彼が「来い」と言っている。

 前にも同じことがあったなと、思い出す。

 同じように彼は私を呼んで、私は彼のもとへ行った。

 でも、今は……。

「いや……」

 イヤ。

 彼のところには、行きたくなかった。
 彼のことが、信じられない。

 彼を、信じることができない。

「已樹、お願い」

 こんなときに、こんなふうに、已樹を利用するのは都合が良すぎる話だとは思うけど。

「はい」

 已樹は、この場にそぐわないほどに穏やかな声音で返事を返してきた。

「私を、連れて行って……。彼のいないところに……」

「仰せのままに」

 已樹が私を抱きしめて、空高く飛び上がった。

 彼はなにもしてこなくて、そのときに見た蹴れの表情がとても驚いていて、信じられないものを見たように見開かれた両目の、綺麗な紅い瞳が鮮明に脳裏に焼き付いた。
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