16 / 20
第4章 白羽桜ノ
第4話 裏切り
しおりを挟む
龍王のいた山を飛び立って、空を駆ける馬車。
「もうすぐですよ」
已樹が外を見るので、私も見てみるとそこには緑が広がるばかりでなにもない。
それなのに、馬車はどんどん下へと降りて行く。
地面について、降り立った場所は深い森の中。
でも、わかる。
この場所には見覚えがある。
私が生まれた村の、近くの森の中。
「ここからは、歩いて行きましょう。場所はアナタの方が詳しいでしょう?」
なぜか已樹を案内することになってしまったけど、本当に已樹は連れて来てくれたんだと嬉しくなる。
変わっていない。
森の緑も、風の匂いも、懐かしいまま。
「私は村の外で待っていますから」
そんなことを言う已樹に「そのまま私が逃げる」なんて考えないのかとも思ったけど……。
逃げたところで私1人が彼のところまで、都まで行くなんてできないんだったと思い返す。
土を踏む感触、音。
歩くたびに懐かしさを感じる。
大きな木々。
吹き抜ける風。
匂い。
なにもかもが、私の知っている懐かしいもののはずなのに、なにか違和感を覚える。
なにかが違うと、引っかかる。
そんなに長い間、離れていたわけではないと思うけど、なにかが変わってしまっている。
変わることのないはずの、なにか。
それが、わからない……。
引っかかりを覚えながらも、村への道を歩き続けて……。
そして、見えてきた。
「うそ……」
目の前に広がる光景が信じられなくて、声をこぼした。
そんなはずない。
私が辿って来た道は、たしかに私が生まれた村へと続く道のはずで、毎日歩き慣れた、見慣れた道だった。
間違えるはずがない。
でも、今、目の前にあるのは……。
村の入り口であるはずの目印がそこにはなくて、その先にあるはずの景色の代わりに広がっているのは……。
「おや……」
已樹が呟く。
「昔の習わしを、今も続けているんですね。この国は」
「ならわしって、なに……」
なにもないその場所に呆然としながら、已樹に聞く。
「ご存じないんですか? 昔は、姫神子様をみつけたら、王の屋敷へ迎え入れ、姫神子様を囲うためにゆかりの地を焼き払っていたんですよ」
「やき……はらう……?」
已樹が、なにを言っているのか、わかりたくない。
信じたくない。
でも、それが現実だと突き付けるように已樹は言う。
「そう、この場所のようにね」
なにもない、私が生まれた村があったはずの場所。
そこには、なにひとつ残ってはいなかった。
『桜ノが俺と一緒に来てくれるなら、家族の生活は保障する』
どうしてか、今、思い出す。
私がまだ村にいて、彼が村まで足を運んでいたころの彼の言葉。
たしかに彼は言ったんだ。
なのに……。
彼のことが、信じられなくなる。
「姫神子って、なんなの……?」
座り込んで、なにも考えられなくなる。
彼のことが信じられなくなって、村もなくなって、帰る場所もない。
私はこれから、どうすればいいの……?
「いい度胸だな、已樹」
――っ!!
それは怒りを孕んだ、彼の声。
今までに聞いたことのないような声で、彼は已樹の名前を口にした。
「おや、氷利。思ったより、早かったですね」
已樹はクツクツと笑っている。
彼は怒っていて、今までに見たことのないくらいに怒っていて、身体がカタカタと震えるのを抑えられない。
「お可哀想な姫神子様。身体が震えていらっしゃいますね」
そっと、已樹の手が私へと伸ばされる。
「触るなっ!!」
――っ!?
彼がそう言ったと同時。
はじめは彼の怒鳴り声に驚いて、そして。
――っ!!
青々としていた木が、勢いよく燃え上がるのを見て言葉を失った。
信じたくはなかった。
でも、こんなことができてしまう彼なのだから、それが事実なのだと理解せざるを得ない。
私の村を、消してしまったのは彼なのだと。
この焼け野原をつくったのは、彼なのだと。
私の家族も、故郷も、思い出も、すべて彼が消してしまった。
「桜ノは俺のものだ!! 気安く触れるなっ!!」
――っ!!
彼の怒鳴り声で、もうひとつ木が燃えた。
――こわいっ……!!
彼が、怖い……。
「桜ノ」
彼が、呼ぶ。
「こっちへ」
彼が「来い」と言っている。
前にも同じことがあったなと、思い出す。
同じように彼は私を呼んで、私は彼のもとへ行った。
でも、今は……。
「いや……」
イヤ。
彼のところには、行きたくなかった。
彼のことが、信じられない。
彼を、信じることができない。
「已樹、お願い」
こんなときに、こんなふうに、已樹を利用するのは都合が良すぎる話だとは思うけど。
「はい」
已樹は、この場にそぐわないほどに穏やかな声音で返事を返してきた。
「私を、連れて行って……。彼のいないところに……」
「仰せのままに」
已樹が私を抱きしめて、空高く飛び上がった。
彼はなにもしてこなくて、そのときに見た蹴れの表情がとても驚いていて、信じられないものを見たように見開かれた両目の、綺麗な紅い瞳が鮮明に脳裏に焼き付いた。
「もうすぐですよ」
已樹が外を見るので、私も見てみるとそこには緑が広がるばかりでなにもない。
それなのに、馬車はどんどん下へと降りて行く。
地面について、降り立った場所は深い森の中。
でも、わかる。
この場所には見覚えがある。
私が生まれた村の、近くの森の中。
「ここからは、歩いて行きましょう。場所はアナタの方が詳しいでしょう?」
なぜか已樹を案内することになってしまったけど、本当に已樹は連れて来てくれたんだと嬉しくなる。
変わっていない。
森の緑も、風の匂いも、懐かしいまま。
「私は村の外で待っていますから」
そんなことを言う已樹に「そのまま私が逃げる」なんて考えないのかとも思ったけど……。
逃げたところで私1人が彼のところまで、都まで行くなんてできないんだったと思い返す。
土を踏む感触、音。
歩くたびに懐かしさを感じる。
大きな木々。
吹き抜ける風。
匂い。
なにもかもが、私の知っている懐かしいもののはずなのに、なにか違和感を覚える。
なにかが違うと、引っかかる。
そんなに長い間、離れていたわけではないと思うけど、なにかが変わってしまっている。
変わることのないはずの、なにか。
それが、わからない……。
引っかかりを覚えながらも、村への道を歩き続けて……。
そして、見えてきた。
「うそ……」
目の前に広がる光景が信じられなくて、声をこぼした。
そんなはずない。
私が辿って来た道は、たしかに私が生まれた村へと続く道のはずで、毎日歩き慣れた、見慣れた道だった。
間違えるはずがない。
でも、今、目の前にあるのは……。
村の入り口であるはずの目印がそこにはなくて、その先にあるはずの景色の代わりに広がっているのは……。
「おや……」
已樹が呟く。
「昔の習わしを、今も続けているんですね。この国は」
「ならわしって、なに……」
なにもないその場所に呆然としながら、已樹に聞く。
「ご存じないんですか? 昔は、姫神子様をみつけたら、王の屋敷へ迎え入れ、姫神子様を囲うためにゆかりの地を焼き払っていたんですよ」
「やき……はらう……?」
已樹が、なにを言っているのか、わかりたくない。
信じたくない。
でも、それが現実だと突き付けるように已樹は言う。
「そう、この場所のようにね」
なにもない、私が生まれた村があったはずの場所。
そこには、なにひとつ残ってはいなかった。
『桜ノが俺と一緒に来てくれるなら、家族の生活は保障する』
どうしてか、今、思い出す。
私がまだ村にいて、彼が村まで足を運んでいたころの彼の言葉。
たしかに彼は言ったんだ。
なのに……。
彼のことが、信じられなくなる。
「姫神子って、なんなの……?」
座り込んで、なにも考えられなくなる。
彼のことが信じられなくなって、村もなくなって、帰る場所もない。
私はこれから、どうすればいいの……?
「いい度胸だな、已樹」
――っ!!
それは怒りを孕んだ、彼の声。
今までに聞いたことのないような声で、彼は已樹の名前を口にした。
「おや、氷利。思ったより、早かったですね」
已樹はクツクツと笑っている。
彼は怒っていて、今までに見たことのないくらいに怒っていて、身体がカタカタと震えるのを抑えられない。
「お可哀想な姫神子様。身体が震えていらっしゃいますね」
そっと、已樹の手が私へと伸ばされる。
「触るなっ!!」
――っ!?
彼がそう言ったと同時。
はじめは彼の怒鳴り声に驚いて、そして。
――っ!!
青々としていた木が、勢いよく燃え上がるのを見て言葉を失った。
信じたくはなかった。
でも、こんなことができてしまう彼なのだから、それが事実なのだと理解せざるを得ない。
私の村を、消してしまったのは彼なのだと。
この焼け野原をつくったのは、彼なのだと。
私の家族も、故郷も、思い出も、すべて彼が消してしまった。
「桜ノは俺のものだ!! 気安く触れるなっ!!」
――っ!!
彼の怒鳴り声で、もうひとつ木が燃えた。
――こわいっ……!!
彼が、怖い……。
「桜ノ」
彼が、呼ぶ。
「こっちへ」
彼が「来い」と言っている。
前にも同じことがあったなと、思い出す。
同じように彼は私を呼んで、私は彼のもとへ行った。
でも、今は……。
「いや……」
イヤ。
彼のところには、行きたくなかった。
彼のことが、信じられない。
彼を、信じることができない。
「已樹、お願い」
こんなときに、こんなふうに、已樹を利用するのは都合が良すぎる話だとは思うけど。
「はい」
已樹は、この場にそぐわないほどに穏やかな声音で返事を返してきた。
「私を、連れて行って……。彼のいないところに……」
「仰せのままに」
已樹が私を抱きしめて、空高く飛び上がった。
彼はなにもしてこなくて、そのときに見た蹴れの表情がとても驚いていて、信じられないものを見たように見開かれた両目の、綺麗な紅い瞳が鮮明に脳裏に焼き付いた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。
鏑木 うりこ
恋愛
クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!
茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。
ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?
(´・ω・`)普通……。
でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる