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第4章 白羽桜ノ
第3話 龍の目覚め
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――傷ハ……癒エタノカ? ――
問いかけてくる言葉に首を傾げる。
――なんのことだろう……?
直接、頭に響いてくる声にも疑問を抱くけど、それに恐怖はない。
地を這うような低音のしわがれた声だけど、とても優しく、あたたかな声だ。
「アナタが、龍?」
声を、かけてみた。
――龍王――
「りゅう、おう……?」
どこか、遠い昔に覚えがあるような音の並びに懐かしさを覚える。
――カツテ……ソナタガ私ニ名付ケタデハ……ナイカ――
「私が?」
そんなはずはない。
だって、この龍に会ったのは間違いなく今が初めてだから。
「それは、私じゃない」
きっと、誰かと間違えている。
たぶん已樹が話していた、この国で亡くなってしまった姫神子様と。
――ソナタダ――
龍王は断言した。
――姿ハ違エド……心ハ違エド……ソノ魂ハ変ワラヌ――
「たましい……?」
――ソナタハ……神ニ愛サレシ……神ノ乙女……何度……輪廻ヲ繰リ返ソウトモ……ソナタガ……姫神子ト呼バレル存在デアルコトニ……変ワリハナイ――
また、姫神子。
「姫神子って、なんなの」
龍王の目が細められるのを。感じた。
――ナニモ、知ラヌカ――
――緋王――
ドキリとした。
突然、龍王から彼の名前が飛び出してきたから。
――ソナタカラハ、緋王ノ匂イガスル――
――コノ国ノ王ハ、再ビ同ジ過チヲ繰リ返ソウト言ウノカ――
ゾワリ、ゾワリ、と龍王の怒りを感じる。
――オトメ……ソナタハ、緋王ノ地デ生マレタノデアロウ? ――
――コノ地ヘ、帰ッテ来タワケデハナイ――
龍王の怒りと、悲しみが押し寄せてくる。
――私ハ、モウ1度眠リニツコウ――
――イツカソナタが、帰ルソノ日マデ――
光が、淡くなっていく。
龍王は眠りについて、もう2度と私とも話してくれない。
そう思った。
「待って」
光が、消えいくのをやめた。
けど、光が戻るわけじゃない。
今にも消えていってしまいそうなまま、留まる。
「龍王が眠りについてから、この国の土地は枯れていったと聞いたの」
――アア、心優シイ……神ノ乙女――
――私ガ眠レバ、コノ土地ハ枯レ果テ、滅ビルダロウ――
――ソレモイイ……乙女ガ、コノ地ヲ、国ヲ、王ヲ、許サヌト言ウノナラ――
――滅ビテシマエバイイ――
ゾクリとした。
それはこの国のすべてを、世界のすべてを呪っているようで……。
きっと、私じゃない姫神子というその人のことが、心から大好きで愛していたんだ。
だから、その人を傷つけたこの国が、その人を死なせてしまった王が、許せないんだ。
でもそれと同じくらい、自分自身を許せない。
「お願い、龍王」
死に向かう姫神子の姿を見ていながら、それを止められなかった自分が許せない。
「もう、自分を責めないで」
――ナニヲ、言ウ……神ノ乙女――
「龍王は、もう充分に罰を受けた」
滅びればいいと言いながら、本当はこの土地が大好きで、でもそれが枯れていく様子をただただ見ていた。
それはとても、苦しいことだと思う。
「私はもう、大丈夫だから」
心の底から、そう思った。
言葉が、あふれてきた。
「今世の私は、きっと幸せになれるわ」
見開かれる、龍王の瞳。
この金色が、いつも綺麗だと思っていた。
そして優しく、細められる。
――オカエリ……神ノ乙女――
その言葉と共に、光は消え、気が付くと私は洞窟の中で、龍王に手を添えていた。
――私、なんであんなこと……。
自分はたしかに龍王に言った。
「私はもう大丈夫」と。
――どうして……?
あのときは、本当にそう思ったんだ。
私が、私じゃなくなったみたいで……。
グググっと、どこかで大きななにかが動いた。
それは形のあるものではなく、大きな力のようなものが動く気配。
眠っていた龍王が、目覚める。
ゆっくりと、その身体が動き出してその動きに呼応するように大地がいななく。
蛇のように長い長い身体。
けど、蛇とは違う4本の手足からは鋭い爪。
魚のような鱗が光沢を帯びて、その瞼が開かれる。
鋭い眼光は作り物とは違って、生気を感じられる。
怖くはない。
金色の瞳がとても綺麗だと、そう思う。
龍王は私をじっと見下ろして、私も龍王を見上げる。
少しの間見つめ合って、そして……。
龍王は飛び立った。
長い眠りから目覚めて、空を駆けて。
*****
「本当に、アナタはすごい姫神子様だ……」
来た道を引き返し、洞窟を出ると已樹がそう言って私を迎えた。
「本当は、龍が目覚める手がかりをなにか掴めればと思ったんです。龍が目覚めてさえくれれば、少なくともなにも知らない、幼い世代の民たちが飢えに苦しむこの現状を、変えられる思っていたんです。ですが結果は……」
已樹が見据える先。
そこには、来たときとはまるで違う景色が広がっていた。
枯れた土地は消え、緑が芽吹き始めている。
「まさかここまでとは……」
強い風が、吹き付けてきた。
「――――、――――――――――――」
「え……?」
風の音にかき消されて、已樹の言葉のすべてを聞き取ることができなかった。
「何でもありません」
もう1度、言ってくれる気はないようで、已樹は静かに笑みを浮かべた。
*****
「ますます、アナタがホシクなりました」
問いかけてくる言葉に首を傾げる。
――なんのことだろう……?
直接、頭に響いてくる声にも疑問を抱くけど、それに恐怖はない。
地を這うような低音のしわがれた声だけど、とても優しく、あたたかな声だ。
「アナタが、龍?」
声を、かけてみた。
――龍王――
「りゅう、おう……?」
どこか、遠い昔に覚えがあるような音の並びに懐かしさを覚える。
――カツテ……ソナタガ私ニ名付ケタデハ……ナイカ――
「私が?」
そんなはずはない。
だって、この龍に会ったのは間違いなく今が初めてだから。
「それは、私じゃない」
きっと、誰かと間違えている。
たぶん已樹が話していた、この国で亡くなってしまった姫神子様と。
――ソナタダ――
龍王は断言した。
――姿ハ違エド……心ハ違エド……ソノ魂ハ変ワラヌ――
「たましい……?」
――ソナタハ……神ニ愛サレシ……神ノ乙女……何度……輪廻ヲ繰リ返ソウトモ……ソナタガ……姫神子ト呼バレル存在デアルコトニ……変ワリハナイ――
また、姫神子。
「姫神子って、なんなの」
龍王の目が細められるのを。感じた。
――ナニモ、知ラヌカ――
――緋王――
ドキリとした。
突然、龍王から彼の名前が飛び出してきたから。
――ソナタカラハ、緋王ノ匂イガスル――
――コノ国ノ王ハ、再ビ同ジ過チヲ繰リ返ソウト言ウノカ――
ゾワリ、ゾワリ、と龍王の怒りを感じる。
――オトメ……ソナタハ、緋王ノ地デ生マレタノデアロウ? ――
――コノ地ヘ、帰ッテ来タワケデハナイ――
龍王の怒りと、悲しみが押し寄せてくる。
――私ハ、モウ1度眠リニツコウ――
――イツカソナタが、帰ルソノ日マデ――
光が、淡くなっていく。
龍王は眠りについて、もう2度と私とも話してくれない。
そう思った。
「待って」
光が、消えいくのをやめた。
けど、光が戻るわけじゃない。
今にも消えていってしまいそうなまま、留まる。
「龍王が眠りについてから、この国の土地は枯れていったと聞いたの」
――アア、心優シイ……神ノ乙女――
――私ガ眠レバ、コノ土地ハ枯レ果テ、滅ビルダロウ――
――ソレモイイ……乙女ガ、コノ地ヲ、国ヲ、王ヲ、許サヌト言ウノナラ――
――滅ビテシマエバイイ――
ゾクリとした。
それはこの国のすべてを、世界のすべてを呪っているようで……。
きっと、私じゃない姫神子というその人のことが、心から大好きで愛していたんだ。
だから、その人を傷つけたこの国が、その人を死なせてしまった王が、許せないんだ。
でもそれと同じくらい、自分自身を許せない。
「お願い、龍王」
死に向かう姫神子の姿を見ていながら、それを止められなかった自分が許せない。
「もう、自分を責めないで」
――ナニヲ、言ウ……神ノ乙女――
「龍王は、もう充分に罰を受けた」
滅びればいいと言いながら、本当はこの土地が大好きで、でもそれが枯れていく様子をただただ見ていた。
それはとても、苦しいことだと思う。
「私はもう、大丈夫だから」
心の底から、そう思った。
言葉が、あふれてきた。
「今世の私は、きっと幸せになれるわ」
見開かれる、龍王の瞳。
この金色が、いつも綺麗だと思っていた。
そして優しく、細められる。
――オカエリ……神ノ乙女――
その言葉と共に、光は消え、気が付くと私は洞窟の中で、龍王に手を添えていた。
――私、なんであんなこと……。
自分はたしかに龍王に言った。
「私はもう大丈夫」と。
――どうして……?
あのときは、本当にそう思ったんだ。
私が、私じゃなくなったみたいで……。
グググっと、どこかで大きななにかが動いた。
それは形のあるものではなく、大きな力のようなものが動く気配。
眠っていた龍王が、目覚める。
ゆっくりと、その身体が動き出してその動きに呼応するように大地がいななく。
蛇のように長い長い身体。
けど、蛇とは違う4本の手足からは鋭い爪。
魚のような鱗が光沢を帯びて、その瞼が開かれる。
鋭い眼光は作り物とは違って、生気を感じられる。
怖くはない。
金色の瞳がとても綺麗だと、そう思う。
龍王は私をじっと見下ろして、私も龍王を見上げる。
少しの間見つめ合って、そして……。
龍王は飛び立った。
長い眠りから目覚めて、空を駆けて。
*****
「本当に、アナタはすごい姫神子様だ……」
来た道を引き返し、洞窟を出ると已樹がそう言って私を迎えた。
「本当は、龍が目覚める手がかりをなにか掴めればと思ったんです。龍が目覚めてさえくれれば、少なくともなにも知らない、幼い世代の民たちが飢えに苦しむこの現状を、変えられる思っていたんです。ですが結果は……」
已樹が見据える先。
そこには、来たときとはまるで違う景色が広がっていた。
枯れた土地は消え、緑が芽吹き始めている。
「まさかここまでとは……」
強い風が、吹き付けてきた。
「――――、――――――――――――」
「え……?」
風の音にかき消されて、已樹の言葉のすべてを聞き取ることができなかった。
「何でもありません」
もう1度、言ってくれる気はないようで、已樹は静かに笑みを浮かべた。
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「ますます、アナタがホシクなりました」
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